27-3 聖王伝説のはじまり - 英雄とは名状し難い黒鬼 -
その後人間の世界北西部を掌握すると、魔王軍は主力を南に向けました。
残る魔王を含む精鋭は東へと進み、全てをメギドフレイムの焦土に変えては、精鋭で残存勢力を滅ぼすという方針を取りました。
お待たせいたしました。わたしが聖王と出会ったのはこの頃です。
聖王。いえ、不死の狂戦士クーガ、彼は恐るべき男でした。
オーク種に並ぶほどの巨体はどこの戦場に行っても目立ちました。
しかし俊敏性もまた桁違いで、瞬く間に魔族の血しぶきを生み出す。
それはわたしから見た限り、上位種族デーモンよりも恐ろしい凶暴な悪鬼でした。
「てめぇが魔王だな! てめぇのせいでこっちは商売上がったりだ、どうしてくれんだよっあぁっ?!」
人格もちょっとアレでした。
今では救世主、英雄なんて呼ばれてますけど、ヤクザかチンピラがお似合いの頭の悪そうなやつでしたよ……。
「ほう、それはすまないことをしたな。ふむ、貴様は傭兵だな?」
「そうだ! テメェッ、戦争を引き起こしてくれるのはいいけどよぉ、国を滅ぼすのは止めろやテメェ! それじゃ前金しか受け取れねーじゃねぇかよォ!!」
相手は人間の世界の4分の1を焼き払った絶対者です。
その魔王イェレミアに、大義とはほど遠い難癖でしかないものを突きつけてきたバカ。それが聖王の正体ですよ。
「クックックッ、それはすまないことをしたな。ふむ、貴様に名を名乗る許可をやろう。言え」
「クーガだ、俺は黒鬼のクーガ! てめぇをぶち殺しにきた男だ、あの世に行っても覚えておきやがれっ!」
「面白い、この魔王イェレミアの肉体に傷を付けてみせたら、貴様は新しい下僕にしてやろう……」
「地獄でほざいてろっ放火魔野郎ッ!!」
結果は最初から見えていました。
黒鬼のクーガはこれまで出会ったどんな人間よりも善戦しましたが、大きなツーハンドソードをもってしても、魔王様の肌に傷を付けることはできませんでした。
「どうした、クーガ」
「はっ、余裕こいてんじゃねーぞテメェ!」
普通ならそこで気づきます。
これはどうあがいても倒せない絶対の存在だと。もう武器を捨てて、今すぐ逃げるべきなのだと。
しかし周囲の味方が次々とやられていっても、彼は退きませんでした。
「ベレトート、リュートを持って勇ましい曲を奏でよ。これほどまでに強く、愚かな人間は我も初めてだ。相応しい死の舞台を整えてやれ」
「はい……魔王様……」
彼と最初に目が合ったのはその時だったでしょうか。
黒い髪の汚らしい傭兵が、わたしが奏でる戦神楽に反応して不敵に笑いました。
それから後に聖王と称された男は、絶対に勝てない相手との死闘に身を投じたのです。
両手剣と魔王様の爪がぶつかり合い、ヤツは力負けしては身体を切り刻まれました。
「一つ聞こう、なぜ逃げない? 貴様に勝ち目がないのはわかっているだろう……怯えた顔を見せてくれ、怖いだろう、恐ろしいだろう、この我が……!」
「はっ、帰りたいって言ったら逃がしてくれんのかよっ! んなわけねぇのはテメェが一番わかってるだろが! いいか、勝つまで俺は戦いを止めん、俺はテメェなんか怖くねぇっ!!」
「そうか。ならば終わりにしよう……」
邪神は黒鬼のクーガに飽きました。
どんな状況になろうと、当たれば必ず相手を滅ぼせる禁じ手、最強の火炎魔法メギドフレイムを手のひらの上に生み出したのです。
「同感だぜ! おら死ねっ、魔王イェレミア!!」
「ククク……その奮闘に称えてえ、1つ冥土のみやげをくれてやろう……。我は、|魔王イェレミアではない《・・・・・・・・・・・》……」
邪神はわかっててやったんです……。
ただちにわたしの演奏が途絶え、そこに深い沈黙が生まれる。
魔王様を乗っ取った者はわたしの絶望するさまをあざ笑い、そしてついに言い放ちました。
「覚えておけ、この肉体は魔族の王なれど、精神は魔王イェレミアにあらず。我は、魔族の神。魔神クヴァトゥ! 野に放たれた狂犬よ、地獄で神に逆らう愚行を悔いよ!」
「テメェの名なんて知るかボケッ、この後金泥棒がッッ!!」
邪神は避けませんでした。
魔王様の、大切な身体でツーハンドソードをその首で受け止め、まるでロウソクでも灯すかのように、メギドフレイムをクーガの腹に押し付けました。
そこから説明する間でもありません。
絶叫が上がり、黒鬼のクーガは腹から全身を焼き尽くされて、ただの灰へと変わり果てました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「ショックか? ショックだろうな、ベレトートよ」
「はい……。ですが、ならば魔王様は、どこに……」
「もういない、諦めろ。しかし貴様の演奏は存外に気に入った、これからも近くに置いてやる。亡き主人の面影を追って、これからも服従するがよい」
大切な人にもう会えない。
凍り付いたわたしの心はここまで落ちてなお、まだ絶望することができるようでした。
その全てを失ったネコヒトの目に、赤い線が映る。
「ならば……ならば手当をさせて下さい。その身体は、魔王様のものです……」
「手当? ぬ……!」
聖王は、魔王の肉体に傷を負わせて果てました。
信じられないことです。あんな、蛮族と変わらない野獣のような男が、わたしたちの魔王様に傷を与えたのです……。
「まあいい、ヤツは死んだ。手当をしろ、我のベレトート」
「はい、かしこまりました……」
わたしは魔王様の血を初めて見ました。
自分と同じ色のその赤い血を拭い、同じお側付きより止血剤を受け取るのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
ええ、もちろんそこで伝説は終わりませんでした。
ほんの数日が経つと、わたしたちの前にクーガと同じ顔をした男が立ちはだかったのです。
「よぅ、邪神様。この前は世話になったな、復讐に来たぜ。仲間と、俺自身のな」
「貴様、クーガ、なぜ生きている……」
その事実は邪神すら驚愕させました。
絶対勝利のメギドフレイムを受けて、生きている者がいたのですからね。
「変な女が力をくれてな、テメェを殺してくれと頼まれた。だから俺はいつも通り、依頼の前金をソイツからいただき、戦場に戻ってきたってわけだ。……今度こそ覚悟しな、最低のクズ野郎ッ!!」
「貴様、図に乗るなよこの劣等種が!!」
こうして、聖王と呼ばれた男は、焼かれては蘇る、果てしなく勝利の遠いループを繰り返すようになりました。
さすがの邪神も、己を傷つけることができるただ一人の存在を、脅威に思うようになったのか、容赦などしなくなります。
一方のわたしは死闘が始まるたびに楽器を奏で、彼の敗北を見届ける。
いつしか黒鬼のクーガとは顔見知りとなり、わたしが一方的に彼を嫌うようにもなりました。
魔王様の美しい身体に傷を付けにくる害虫。万一が起きれば、魔王様の肉体を殺すかもしれない存在。邪神と同様にわたしとは相容れません。
しかし思い返すと邪神は、もしかしたらクーガに恐怖していたのかもしれません。
殺しても殺しても蘇り、恐怖で支配しようとしても全く動じず不屈の蛮勇で跳ね返してくる男。そんなやつに付け狙われたら、邪神であろうとも身が縮むに決まってますから……。




