26-7 ネコの東方見聞録 - 歪められた肖像 -
都に到着すると、塔を3つも持つ1番大きなお屋敷に入りました。
そこが聖王の当主が住む家だそうで、エルリアナ法国の調査官という肩書き1つで、すぐに先方が会うと言ってくれました。
これから古の財宝を盗まれるとも知らずにです。
「私が聖王家13代目のヨハンネと申します。して、エルリアナの調査官様が、一体当家に何のご用命でしょうか」
「封印省のバタヴィアと申す。まずは突然押し掛けてしまったことのおわびを申し上げます」
13代目を名乗るその中年は、金髪碧眼、細身で中背の男でした。
うつむいたフードの中から、わたしはその顔にヤツの面影を探そうとしましたが、見つかりません。
「これはご丁寧に。それでご用件は?」
「魔王……その遺品を、聖王家が密かに保管されていると聞きました」
「おお、そのことですか。まあ知られてしまった以上は隠しても仕方ありません、確かに当家が所持しておりますよ」
「しかしその遺品が、何者かに狙われていると聞きました。確認のため、拙僧とこの鑑定士に、見せていただけませんかな?」
似ていません。あの男とは、似ても似付かない。
本当に同じ血が流れているのかと疑うほどにヤツの面影がありませんでした。
世代を重ねても残るものがあります。
血は薄まろうとも、しぐさや笑い方、生活から受け継がれる何かしらの癖が残るものです。それが彼からは全く感じられない。
「長くお待たせしました。こちらがあの、魔王と呼ばれた存在が身につけていたとされるブローチと、逆十字です」
「おお、これがあの伝説の……」
その当主が華美な応接間を離れ、やがて戻ってきました。
わたしはつい立ち上がり、テーブルに置かれた2つの化粧箱を見下ろします。いえ、ところが……。
「あの、どうされましたか、鑑定士殿?」
フードをかぶった鑑定士殿は部屋の出口へと振り返り、当主へと背を向けることになりました。
「本物です。すり替えられている節もありません、それは正真正銘の本物です」
「おお、それは良かった! どこの馬の骨かもわからん盗賊に、盗まれては宝も哀れというものだ! ああ良かった良かった、ありがとう調査官殿」
わたしは応接間の出口に歩き出す。
それを追いかけるように、バタヴィアも慌ててかけてきました。
「おやもう帰るのですかな? でしたら、当家直販の聖王まんじゅうをおつつみしましょう。もう食べましたかな、これは聖王も愛された一品でしてな」
「ほう! それは嬉しい、ぜひいただいていこう。鑑定士殿、そう時を焦らず待ってくれ、まんじゅうをそなたの分まで貰わねばならん」
わたしはバタヴィアのわがままに付き合わされて、まんじゅうの手提げ袋を片手に聖王の屋敷を出ることになりました。
聖王の暗殺のために、当時の殺戮派の前身はヤツの趣味を調べ尽くしました。
まんじゅうが好物だったなんて、わたしは聞いたこともありませんよ。
ヤツの好物は酒とつまみ全般、それと血したたるブルーレアの肉です。
●◎(ΦωΦ)◎●
丘にある屋敷から平地に降りて、そこから道を外れて茂みに入りました。
わたしはようやくそこで足を止めて、後ろの三白眼に振り返る。ここなら人に立ち聞きされる心配もありません。
「どうした、何が気に入らない。あれでは疑われるかもしれないぞ」
「構いません。あんなもの、盗む価値すらない」
わたしは心のどこかで期待していたようです。
あの方はもう取り戻せなくとも、せめてその所持品だけでも取り返せる日が来ると。
「まさか……あれは、偽物なのかッ!?」
目が熱く潤んでいるような気がして、わたしはフードを深く下ろすしかありませんでした。
「わたしは魔王様の隣で実物を見ました、あれは偽物です」
「なぜそう言える」
「逆十字は金ではなく白銀、ブローチにはトパーズではなく、術で硬質化させた琥珀が使われていました。調べるまでもありません」
「まさか既に敵に奪われ、すり替えられていただなんて言うなよ?」
彼女にとって、いえ封印省にとってそれは最悪の展開でした。
過去の自分たちが進めた研究で、魔神の器が生み出されるかもしれないのです。
「ご安心を、例えすり替えられたとしても、あんなお粗末なイミテーションでは当主は騙せません」
「それを聞いて安心した。もし本国の主流派閥に知られたら、封印省の存亡に関わる……」
そんな政治の話は興味ありません。
あの方の遺品を取り戻す。それこそがわたしの望みです。
「しかしアレはアレで、見ればわかるほどに古いものでした。すり替えられたとしても、それでは最近ではないでしょう」
「……! ならばむしろ、こう考えるべきではないか? 最初から、アレは、偽物だった!」
「きっとそうでしょう。あの当主、当時の聖王と血が繋がっているように見えません」
「……そうなのか? 拙僧にはそれらしく見えたな。容姿の整った金髪碧眼、いかにも英雄の末裔といった風貌だ」
なんて酷い冗談でしょう。わたしは息苦しさにフードを下ろして、それからため息を吐いていました。
「あなた方が彼の人物像を歪めたのですよ、自分たちの都合の良いようにね」
「ならそっちの知る彼とやらはどういった人間だったのだ?」
ええ、思い返すだけでムカつく男でした。
ですがあるべき肖像を歪められ、偽りの自分を崇拝されている末路を思えば、少しスッとしないでもありません。
「英雄とはとても言い難い野蛮な男。立てばオーク種と背丈が並ぶほどのむさい巨漢でした。わたしから言わせると[英雄]というより汚らしい[蛮族]そのものでしたよ」
「う、嘘だろう……。拙僧は、聖王様の冒険物語を何度も読み返した! もっと、キラキラした、神の子みたいなイメージだったのに……」
憧れの存在の真実に、敬虔な宗教家はショックを受けていました。
歴史は美化されるものです。歴史は、今の時代に生きている者のために存在するのですから。
しかし、困りましたね……。
「……はぁ」
「どうした、エレクトラム殿」
無意識に深いため息を吐いていたようです。
わたしがうっかり見せた弱味に、バタヴィアが三白眼をやさしくしてこちらを見ています。
「少しグチってもよろしいので?」
「うむ、ここまで一緒に来た仲だ、話くらいは聞こう」
「実はですね、寂しがりの娘を置いてきたのです。なのに、この遠征が無駄足だっただなんて、うんざりしますよ……」
大地の傷痕が遠い。
西を見ても魔界の暗雲はろくすっぽ見えず、地平線は山や建物に埋め尽くされている。
すみませんパティア、またこれと似たような長旅を、後日しなければならないようです……。




