26-7 ネコの東方見聞録 - まんじゅう -
遙か東方、自由都市地帯への遠征は、まだ朝日も上がらぬ翌日の未明に始まりました。
フードローブの旅人は門ではなくレゥムの東城壁を乗り越え、赤レンガの街道にそって道を進んでゆきます。
するとやがて現れたアカシアの一本木の下に、あの調査官バタヴィアと葦毛の馬がこちらを待っていました。
あの修道服は脱ぎ、いかにも聖堂関係者らしい白い気品のあるトーガとベレー帽をかぶって、また腕を組んでいました。
「そなたは早起きだな」
「バタヴィアさん、あなた本当に付いてくるのですか。まあ、馬に乗せていただけるのは、本音を漏らしてしまえばかなり嬉しいものですがね」
彼女と馬は立ち上がり、旅慣れた様子で颯爽と騎乗します。
それからわたしに手を差し伸べて、早く一緒に行こうと督促するのでした。
「当然だ、責任を持って拙僧が案内する。そなたの監視もかねているので遠慮はするな」
「フフ、そこは隠すべきでしょう。ではすみませんが、あちらまでお付き合い願いましょう」
●◎(ΦωΦ)◎●
調査官の銀色の毛並みをもった馬に乗せられて、わたしは東へと出発しました。
流通や警備の活発な王都を迂回して、パナギウム王国に属する貴族領を南回りで抜けるルートです。
三白眼の彼女は関所まで7日かかると言っていました。
しかしご存じの通り、わたしがバタヴィアと交代して手綱を握ると、そこからがイカサマの始まりです。
アンチグラビティにより馬体重と、積載物を軽量化した銀の馬は疲労知らず。
馬は一日千里を駆け抜けて、3日目の夕刻にパナギウム東の関所を通過しておりました。
さてそこから先は、いくつもの小国が集い庇い合う自由都市地帯と呼ばれる世界です。
聖王家の末裔はその小国ひしめく地域の中央の、エレベンという自由都市に住んでいるそうです。
ちなみにですが、圧倒的な速さと身軽さゆえの踏破能力、その前には街道警備隊など意味をなしません。
兵がちょっと怪しい2人組に疑惑をかけるよりも先に、圧倒的な速度でぶっちぎってしまえば誰も追いつけませんでしたので。
●◎(ΦωΦ)◎●
「顔がカサカサして、目がしばしばいたす……」
「風で乾燥したのでしょう。少し休みますか」
目当ての都市国家エレベンに到着しました。
何でも自由都市地帯では5本の指に入る発展をしている国だそうです。
「いつもの旅ではこうはならん、これはそなたのせいだぞ……」
「ですが楽しかったでしょう?」
「それは否定しない。だが最初の半日までだ、いくらなんでも早過ぎる、時間を食う関所を避けるために山を馬で突っ切るなど……拙僧は軍人ではござらんぞ……」
実際に入国してみると、確かにその通り。巡礼者や観光客、交易商、それらを相手にする商人などが多く目に付きました。
ここからもう少し進めば都です。わたしたちは一息入れるために、小さな茶屋に立ち寄ることにしました。
「目的を果たしたらこのまま本国に帰るのでしょう? ならもう終わったようなものですよ」
そこで彼女は手ぬぐいで砂埃だらけの顔を拭い、まんじゅうと呼ばれる強烈に甘い食べ物と、やたらと苦い茶をすすります。
「食べないのか? 要らないなら拙僧が貰うぞ」
「目ざといですね。まあ、わたしには少し甘すぎますし、それに名前がどうにも……」
「聖王の名を冠そうと、物はただのまんじゅうだ。はむ……っ」
わたしが少しかじって止めたまんじゅうを、バタヴィアがわたしの器から自分の口へと投げ込んでいました。
聖王様まんじゅう。どうにもこのネーミングが食欲を阻害するのですよ……。
「さあそろそろ行こう、明るいうちに下調べしておきたいところだ」
「そうですね。しかし、フフ……とんだシスター様もいたものですね」
馬も水と飼い葉を補給して元気いっぱいです。
とはいえ互いに食後ですし、そのたづなをしばらくは引いて歩きました。
「それで、どうやって盗む」
「それ、聖堂本国の者の言葉と思うと、笑ってしまいますね」
「そこはこういう商売だ、ときとして強引な行動を取るようでなければ、役目など果たせんよ」
「フフ……よくわかります、わたしもそういった任務が多かったですから」
各地の状況を視察して、問題があれば本国に報告する。
身の危険や腹のさぐり合い、疑ってかかることが必要な仕事です。こんなもの正直者にはつとまりませんでした。
「で、どう盗む」
「この書とわたし本来の力があれば、潜入と脱出は問題になりません。しかし詳細な保管場所がわからないとなると、闇雲に忍び込むわけにもいきません」
「ならこう聞こう。場所さえわかれば盗めるんだな?」
「可能です」
場所さえわかれば成功率は限りなく100%に近付きます。
しかしネコヒトであるわたしには難しい条件でした。
「わかった、拙僧に任せてくれ」
「それは願ってもない申し出です。しかしどうするおつもりで?」
「会ったときに言っただろう、封印省は各地の聖王家と関係が深い。理由を付けて、見せろと言えば向こうは応じる」
皮肉なもので聖王は、王という名を冠していますが実際の玉座にはつきませんでした。
人類の統一国家の王ともなれたはずなのに、ある日やつは、世界から突然消えてしまったのです。
平和な世界に英雄は要りません。
どうせ人間に裏切られて消されたのでしょう。
「ですがこれから盗むのです、それではあなたが疑われますよ」
「だから向こうにはこう言うのだ。こちらが得た情報によると、盗難の恐れがあるので、確認のために実物を見せてくれ、とな。場所さえ特定できれば、簡単なのだろう?」
その方法を使っても疑われるときは疑われてしまいます。
しかし魔王様の遺品の場所を特定したいならば、これほど有効な手はなかなかない。
「そなたが心配する必要などない。これは、拙僧ら封印省の意思だと思ってくれ。エドワード卿を殺した連中に渡っては、まずいものなのだろう……?」
「……わかりました、ではあなたを信じてお任せしますよ」
「任せてくれ。しかしもう成功したようなものだな。ここまでの旅で、そなたの技は嫌と言うほど見せられた。ナコトの書だったか、拙僧も一冊欲しいものだ」
「残念ですがこの書は持ち主を選ぶようです。一度ある不良騎士に渡してみましたが、書の中は白紙のままでした」
この書、よくよく考えると何なのでしょう。
バーニィには使えず、パティアとわたし、それとエドワード氏だけが扱えた規格外の魔導書。この3名の共通点がわかりません。
あるいは、本当にこの書そのものが意志を持ち、持ち主を選ぶとでもいうのでしょうかね……。
章の終わりに、里でのサイドエピソードを投入予定です。
パティアやバニーたんの出番は4話ほどお待ち下さい。




