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26-5 封印省から来た女 パティアとエドワード・パティントンの断片 - 調査員バタヴィア -

 会見場所はいつもと同じ、あの聖堂の屋根裏でした。

 また少し生活感が増した気がします。記憶をたぐると本棚が増えていることに気づきました。


「よくわかんないけど、がんばってね、ネコちゃん!」

「ええ、そちらも婚活、がんばって下さいね」


「う、その話は止めて……。それじゃね!」


 騒がしいヘザーが退室すると、フードをかぶった怪しいやつは部屋の奥に進みました。

 テーブルに腰掛けていたホルルト司祭と、同席していた見慣れぬシスターが立ち上がっています。


「騒がしくてすみませんね。それで、もしやその方が例の……」


 ホルルト司祭が静かにうなづきました。

 ただのシスターにはとても見えません。挙動や口調も別物でした。


「お初にお目にかかる、エレクトラム・ベル殿。拙僧はエル・リアナ法国封印省に所属する調査員、バタヴィアと申す。エドワード・パティントン卿の足跡について、何かご存じだそうですな」


 いかにもお堅い官僚といった風貌の女性でした。

 隠密行動のためか、全く似合わぬ修道服を着込んでいます。


 レンズの分厚い眼鏡をかけた三白眼の女、と言えばわかりやすいでしょうか。


「ええ。ところでこれは、あなた単独での調査ですか? いえ、修道女の姿をされていますが、とても頼もしそうな方だなと思いまして」


 他に調査員がいるならその者の人柄も把握しておきたいところです。

 わたしがネコヒトでなければ、しなくてもいい杞憂だったのですが。


「ふむ……もしやカマをかけているのか? なら質問の回答は肯定だ、それにこれでもな、そこそこの武芸と術をたしなんでいる」

「わかってしまいましたか、まあそんなところでして」


 お堅そうな人です。姿は見せない方が良いかもしれません。

 とはいえそれでこちらが欲する情報を得られないようなら、わざわざこちらに来た目的の半分が台無しになってしまいます。


 ところがわたしと調査官バタヴィアが静かに腹のさぐり合いをしていると、ホルルト司祭が間に入って話を進めてくれました。


「実はエレクトラム殿だが、うかつにフードを上げられない事情を持っている。本当のところね、私からしてもこれは、かなり危ない橋だ」

「それはご安心を。貴方がオーダーした通り、拙僧は貴方寄りの、穏健な見解を持った者です。犯罪に組みするようなことでなければ、必ず秘密をお守りしましょう」


 三白眼の調査員が眼鏡をかけ直す。

 なんと申しますか、ちょっと演技じみたところがあるかもしれません。


 それでもわたしたちが態度を決めかねていると、彼女はハッキリとした明朗な口調で言葉を続けました。


「逆に申しますと、それだけパティントン卿の足跡を我々は欲している。少しくらいのボタンのかけちがいは些細なことです。さ、詳細をお聞かせ下さい、エレクトラム・ベル殿」

「……わかりました。エレクトラム殿、貴方のフードの中を見せてやって下さい」


 わたしにとっては、あのエドワード氏が位を持っていたことに驚いていました。

 エルリアナ法国でもそれなりの地位をもっており、それを彼は捨てた。ならば何か理由があったのでしょう。


 いえ今はわたしの、フードと中身の話ですか。


「よろしいので? 場合によっては、その地位を失うことにもなりかねませんよ」

「ご心配ありがとう、ですがそうはなりません。封印省は聖堂の中では変わり種の窓際族でしてね、上に友人もいます。バタヴィア調査員が暴走しない限り、問題はないのです」


 三白眼のシスターに目を向けると、彼女は腕を組んでうなづきました。

 女性らしくはありません。しかし宗教国の官僚らしいといえば官僚らしい。


 こうなれば仕方ありません。

 わたしはホルルト司祭を信じて、フードを下ろしてみせました。


「……な、えッ?!」


 あまりの予想外の姿に、さすがに驚愕されておりましたよ。

 ところでこれはこれで、交渉の先手を取るにはちょうど良いかもしれません。


「さて、エドワード氏の居場所を語る前に、先に教えていただきましょう。エドワード・パティントン、彼はいったい何者なのです」

「それは……それは機密扱いだな。それもかなりレベルのだ」


「でしょうね、こっちだって頭を抱えるほどに存じていますよ。彼の秘密については、とても誰にも言えやしません」

「そなた、もしや……エドワード・パティントンに会ったのか……?!」


 わたしが欲しいのは彼の正体、彼が何をしようとしていたか、それからわたしの娘の真実です。

 バタヴィア調査員はよっぽど彼の情報に飢えていたのか、わたしの話に飛びついておりました。


「あなたの方は面識がなさそうですね」

「それはそうだ。拙僧はまだ21、彼が封印省から失踪したのは20年も昔、拙僧からすれば半分は都市伝説を追ってるような気分だよ。……それで、会ったのか?」


 21だそうです。しっかりしているということは、年齢以上に歳を取って見られる面がある。

 バタヴィアの姿形がそうわたしに証明しています。


「はい、会いました」

「本当か! なら今はどこにいる!?」


 その質問にわたしは即答せずに黙りました。

 ここで死んだと答えれば、情報を与えすぎてしまう。


 死んだと知れば、そこで満足してこの交渉のテーブルを立つ可能性もあります。

 ネコヒトはポーカーフェイスを貫き、彼女から背を向けて軽く伸びをしました。2日間も斥候を続ければ、疲労だってたまります。


「教えてくれ」

「はい、それは答えられません。彼はアサシンギルドに莫大な報酬で暗殺依頼を出された男です。まずはそちらの情報を下さい。彼は何者ですか?」


 情報が欲しければ情報を。

 譲らない意思をアピールするために、わたしは本棚に向かって一冊を手に取りました。


 聖堂の教えに関する本でした。こんなのを読んだら即寝てしまいますよ。


「……研究者だ」

「それはもう知っています。問題はその研究の内容なのです」


「だが、それは……それはそなたには言えない……」

「でしょうね。もし魔族の上層部が知れば、彼の研究を奪おうとするはずです。魔族は3つの軍閥に別れていますがね、この点だけは共通しています」


 殺戮派のニュクスはギガスラインのもたらす停滞を破壊し、人間を滅ぼすために。

 正統派のアガレスは野心家、都合の良い傀儡にするために。

 穏健派は魔界の秩序と安定のために。消えた魔王の復活を望んでいます。


 調査官バタヴィアは怖い顔をしました。

 元々おっかない三白眼が、さらにギラギラとネコヒトをにらんだのです。


「まさか、そなたは、それすらも知っている(・・・・・)のか……?」

「いいえ、仮説の域です。しかし魔神に属する者たちを封じる組織が、なぜこんな研究をしていたのでしょう」


 もしこの情報が魔界の中枢に流れれば、とんでもないことになる。

 バタヴィアはそのことを深く理解していたのでしょう、今はこれから起こり得る最悪の展開を計算しているのか、何も言いません。


「魔王を人工的に生み出す研究。そうとしか思えません。自分たちで自分たちの墓を掘るような、あまりに後先を考えない、愚行です」


 バタヴィアはようやく自分の考えから外側に意識を戻しました。

 腕を組み直して、その三白眼でしばらくをわたしの顔を睨んでばかりの沈黙に費やしました。


「司祭……」


 それが落ち着くと、彼女はホルルト司祭に歩み寄ってうやうやしく頭を下げました。


「言わなくともわかりましたよ。席を外す、それでいいのですかな?」

「はい、申し訳ありませんが、そうして下さることが、ここはお互いのためかと……」


「わかりました。エレクトラム殿、彼女にはお手柔らかにな」

「フフ……それはバタヴィアさん次第です」


 ホルルト司祭が去りました。

 本国から来た調査員は木のイスに腰掛けて、そのテーブルに肘をついて頭を抱えます。


 貧乏くじを引いたと、仕事の仮面の内側と外側をわたしに見せて下さいました。それから間をおいて、ようやくぽつりとつぶやきだします。


「彼の失踪と同時に、研究は打ち切られた……。記録にも残されない、何かとんでもない物を、盗んでいったらしい」


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