26-4 ネコは新しい連絡員を望む - こんかつ -
26-4 ネコは新しい連絡員を望む - こんかつ -
「何だろ……ずっと忘れてたのに、急に生きてるって言われて、幸せにやってるとか……言われても実感わかないな……」
「そういう部分はあるでしょうね、本人とあなたは会っていませんから」
しかしヘザーという女性は、いつまでもジメジメしているような人ではありませんでした。
急にテーブルからお尻をどかすと、今度はわたしの方に駆けてきて、いきなり詰め寄ってきたのです。
「えー、逃げないでよー」
「そう言われましても、わたしネコじゃありませんから」
わたしはフードを最初から下ろしています。
そのネコのように見えるネコヒトの、アゴを撫でようとしてきました。
ええ、今日までつちかってきた300年がけの回避技術の粋を尽くして、どんなアタックも避けてやりましたよ。
「よけないでよー、ねこちゃん!」
「だからネコじゃありませんよっ、というより、しつこい人ですねあなたも……!」
ヘザーは諦めませんでした。アゴへの乱舞を避けての、ドッタンバッタンな大騒ぎです。
ところがヘザーは気分屋、それがいきなり止まります。
「あっ、ところでさっ、噂のリセリの彼氏って、どんな人なのっ!?」
「ああ、ジョグのことですか」
「へー、ジョグっていうんだ! ちょ~っと、ここいらじゃない名前かなー。で、どんな人っ!?」
馴れ馴れしくまた詰め寄ってきたので、わたしというふかふかは一歩下がります。
しかしヘザーはどうやら、わたしのアゴよりジョグに興味が移っていたようでした。
「ねーっ教えてよネコちゃん!」
「どうと言われましても……」
なかなか説明しづらい相手です。
ここはワイルドオークであることは伏せて、他の事実を答えれば良いでしょうか。
「もったいぶらないでよー! いいから教えてよーっ!」
「……そうですね、一言で言えば……はい、ただのイケメンです」
「マッ、マジかぁぁぁぁぁぁぁーーっっ!!?」
そこまで驚くことなんでしょうか……。
ヘザーは絶叫を上げて、急にわたしの両肩をつかんで揺すってきました。
「大柄でとてもたくましく、少し不器用で押しが弱いところがありますが、素朴で心根のやさしい人です。それに子供好きで、暴力とは無縁の人物ですよ」
「パーフェクトッッ!!」
「……はい?」
「それっ、パーフェクトじゃん!! も~~、聞いてよエレクトラムのにゃんこちゃん! この前さ、私婚活したの、婚活! そしたらねーっ!」
この感覚どこかで覚えがあります。
そうでした。これは暇を持て余したおばちゃん特有の、話出したら止まらないアレです……。
「いえあの、そういうつもる話は、この店が閉まった後にでも……っ」
「ろくな男がいないの! あっ、顔はちょっといいかなー♪ って思ったらすっげぇぇっキモいマザコンだったりさ!」
「あの、ヘザー……」
「顔はいまいちだけどー、店持ってるところは親近感あるなぁぁ……。って思ったら、思ったらさーっ! 結婚するなら、花屋は辞めて欲しい、一緒に同じ夢を見ないか……? とか言い出したりさぁー!」
ああまずい。まずいですねこれは。
わたし彼女のグチを聞く都合の良い野良ネコちゃん扱いに今されかけています……。
こっちは大事な用件で人間の領土を踏んでいるのに、なんであなたの婚活話を聞かなきゃいけないんですか……。
「あの……ヘザーさん、なぜそんな話をこのわたしに……」
「だってこんなこと話せるのっ、ネコちゃんか行き遅れのタルトさんくらいなもんだよぉーっ! かわいい花屋のヘザーちゃんが、男に飢えてるみたいなこと、人に言えるわけないじゃん!!」
「いえその行き遅れという単語は、あまり彼女には使わない方が、身のためかと思いますが……」
それに男に飢えてるなんて事実、知りたくありませんでしたよわたし……。
よくわかりませんけど、結婚を前提で考えるから、おかしなことになるんじゃありませんか……?
「はぁぁぁーっ、いい男どっかにいないかなぁ……?! ねぇ、いい男知らないネコちゃん!?」
「ここの住民じゃない、わたしに聞かれても困りますよ……」
「あーそっかー、それもそうかー……はぁぁぁぁ……リセリに、イケメンの彼氏かぁ、はぁっ、焦るなぁ……」
いえこれは話を切り替えるチャンスだと考えましょう。
彼女は猪突猛進型、受け止めるのではなく、流れをそらすのです。
「そうですね、聖堂のホルルト司祭ならば親しいですが、彼はどうでしょうか?」
「えっ司祭様!? 無理無理っ、あの人もうお爺ちゃんの域じゃん!!」
「はい、実は彼と接触したいので、これから花束とカードを贈って下さいませんか?」
ガルド金貨を1枚、テーブルにパチリと置いてネコヒトは交渉を取り付けに入ります。
ええそうですね、ちょっとしたこのお使いで金貨1枚は破格です。
「きたっ、ぴかぴかの金貨! おっけーっ、カードには何て書けばいいの!?」
これはヘザーをこちら側の連絡員に登用するための、前金みたいなものでした。
「猫を預かって欲しい。つきましては、場所と時間のご用意を」
「あ、それってネコちゃんのことだよね! じゃあ猫のとこ波線引いとくね!」
誰かにそのメッセージカードを見られたらどうするんですか……。
「余計なことしないで下さい、困ります」
「ごめーん。あ、それで花は何を包む?」
「お任せします。……いえ、ハルシオンの花があるならそれを」
「おっけー、なかなか良い趣味してるねネコちゃん! 貧乏花って言う人いるけど、かわいくて綺麗な花だよね!」
ヘザーはホルルト司祭との連絡員としては、タルトよりずっと疑われにくい良い隠れ蓑でした。
今のその言葉、帰ったらハルシオン姫に話して差し上げるのも悪くありません。
「ええ、ハルシオンは貧乏花ではありません。酷い扱いを受けようと、一生懸命生きています」
「おお、詩的……いいねいいねっ、わたしそういうの好きだよー!」
その後、ヘザーはバタバタと大騒ぎで店の戸締まりをして、やがてホルルト司祭との会見のセッティングを済ませて下さいました。




