26-2 不在の里にて、玉虫色の小事件 - 泥色の猫 -
・ニャニッシュ
ところがその頃、里では小さな、いえ大事件が起きていました。
見送りと魔石採集にリックとバーニィ、アルスが出払ってしまったその日、子供が行方不明になってしまったのです。
発覚したのは昼食どき。いつまで経っても食堂に姿を現さないので、気になったキシリールとジョグが城と畑を見回ってみたところ、いなかったのです。
それから人員を増やして、捜索の手を広めてみたそうです。
それでもいくら探しても見つかりませんでした。
消えたのは年少組の男の子と女の子、それに真ん中の歳の女の子です。
「お、おおっ、ダン! いたかっ、子供らみつかったべかっ!?」
「い、いない……。ぅぅ……おいら、ま、また外、見てくる……」
ダンも食事の途中で席を立ってから、外と城内を行き来していました。
他の者も同じようなものです。見つからない子供3人を探して、昼食のスープを冷たく冷ましています。
「どうしよう、ジョグさん……っ」
「お、落ち着くべ、おらもパウルさんが戻ったら交代で……探しに行くからよぉ……」
蒼化病の隔離病棟ではたまにあることだったそうです。
食べ物を探しに行った仲間が、いつまで経っても帰ってこない。
それから忘れた頃に、別の仲間が森で遺品を見つけることになる。彼らはそんな過酷な世界からこの里に来ました。
「大変だ、西のバリケードにこんなものが! これ、あの子の服かっ?!」
そこに元逃亡兵のパウルが戻ってきました。
外にいるマドリの指示で、彼らは二手に別れて里外周のバリケードの確認をしたのです。
「ッ……! い、嫌……ッ、そんな、せっかく私たち……ッ、なんで……!」
パウルが持って来たちぎれた布切れは、隔離病棟の世界では死の証明と同一でした。
リセリが声に鳴らない声を上げて、ジョグにしがみついたことは容易に想像が付きます。
「ああ、あの子のだべ……」
「なら子供たちだけで、西の森に出たのではないか?!」
「そんな、あっち側は、危険だって私言ったのに……! あっ、もしかしてメープルの木!」
目的地に見当が付くと、リセリとジョグ、パウルが城を飛び出しました。
ちぎれた布がバリケードに引っかかっていたということは、その先に進んだということです。
彼らが子供3人の痕跡を探してみると、確かに足跡はメープルの木に向かっていました。
ところがしばらく進むと、先行していたはずのマドリが戻ってきて、行き当たりになっていたのです。
その青ざめた顔色からはとても朗報は聞けそうもなかったと、ジョグが言っていました。
「こっちじゃありません、メープルの木の方にはいませんでした!」
「いなかったんべかっ!?」
「なら途中で道を間違えたのかもしれないな……」
リセリの感知能力はこのときばかりは無力でした。
彼女には聴力の届く範囲までしかわからない。周囲に子供たちの音がない、それだけしか彼女にはわかりません。
「あったっ、これあの子らの足跡だべ! こっちだみんなぁっ!!」
「えっ……でも、こっちの方角は……」
ですがそれは良くない兆しでした。
その足跡の方角にこのまま進んでゆくと、メープルの木にはたどり着けないまま、ほぼ最短距離で結界の外側に出てしまう。
「急ぐしかない!」
「皆さんに加速魔法をかけます。リセリさんはジョグさんの肩に!」
駆除が進んでいる内側と、外側では危険度の桁が違いました。
「まずい、まずいべ! もしあの子らがモンスターになんかやられたら……っ、帰ってきたエレクトラムに、おらたちなんて言えばいい! バーニィが怒るべ! パティアが……ぁぁぁぁ、急がねぇと!」
「急ぎましょう!」
最悪の可能性を想定して、結界の目前まで彼らは走りました。
残念ながら痕跡は正しい針路を描いている。
色彩を失った外側の森、その向こう側に絶望の足跡が続いていたのです。
「行くしかねぇべ! わりぃが2人とも付き合ってくんろ!」
リセリは計算の外側で、ジョグにとっては必ず同行する身内の勘定なのでしょう。
外側の世界は危険な魔界の森そのもの。彼らは意を決して外に飛び出しました。
「待ってジョグさん、誰かこっちにくる……っ」
「それまずいべよっ!!」
ところがです、真っ先にリセリが感知していました。色彩のない外の森から、何者かがこちらに歩いてくるのを。
魔族やモンスターならば、子供たちの身が危ない。
ジョグはウォーハンマーを背から腕に握り、猛牛のように結界の外側へと駆け出しました。
マドリとパウルも当然それを追ったでしょう。
……しかし予想が外れました。
向かうべき前方から、突然場違いな声が響いてきたのです。
「みゃー」
もちろん最初に気づいたのは耳の良いリセリです。
聞き覚えのあるのんきでひょうひょうとした響きに、救いと熱い感激を覚えたそうでした。
「これはこれは、皆さんお揃いで。ニャハハ、遅かったにゃ~」
わたしの同族、泥色のゴワゴワとした毛並みを持つ問題児クレイです。
そのクレイが消えた子供たち3名を連れて、色彩を失った外側の森から現れたのでした。
「クレイ殿!?」
「お、おめぇ……?!」
「みんな! ああっ良かった、無事で本当に、良かったよぉ……ああっありがとうっ、クレイさんありがとう、本当にありがとうっ!!」
子供たちとクレイが結界の内側に入りました。
もうこれで安全です。さすがのジョグも安堵のあまり、ハンマーを落としてしまったそうですよ。
「後はみゃーらに任せたにゃ。は~、尻拭いも楽じゃないにゃー」
わたしだって予想もしませんでした。
まさかクレイが捜索を手伝ってくれていて、自ら危険な外側に出たことにです。
「リセリ!」
「マドリ先生!」
「怖かったよぉ……」
ジョグとリセリ、マドリに子供たちが飛びついて外の世界の恐怖を告げました。
無理な冒険をしたことを後悔して、堅くしがみついたまま離れなかったそうです。
「でも、みんな何で外になんか出たんですか……?」
「だって……。だってメープルシロップ……ハチミツのパンにかけて、食べたいって、みんな言ってたから……だから……僕たち……」
彼らは幼いですが知っていました。
どれだけ魔界の森が危険な場所であるかを。自らの命を危険にさらして、食べ物を探すのが彼らの日常でした。
「待つべクレイ! おめぇ、子供ら助けてくれたんべかっ?!」
「にゃーがそんなことするわけないにゃ。散歩してたら、たまたま見つけただけにゃ」
なるほど散歩ですか、下手な嘘です。
いえ照れ隠しの言い訳であってくれた方が、わたしとしては都合が良いのですがね。
「そんな照れ隠しなんてしないで下さい、ありがとうございますクレイさんっ! 一人の先生役として感謝します!」
「私っ、いっぱいお礼します! そうだ、お魚、お魚釣って、クレイさんにお礼しますから私っ!」
「にゃーは大先輩にゴマ擦りするチャンスが来たと思っただけにゃ。けどくれる物は拒まないにゃ、お魚お魚、たまに良いことするだけで感謝されるから、この里はちょろいにゃ~♪」
こうして今回の事件は事なきを得ました。
クレイはその日の晩からしばらくを、沢山の魚料理に囲まれて幸せににゃーにゃー、みゃーみゃー鳴いて過ごしたそうです。
●◎(ΦωΦ)◎●
いいえ、ですがわたしの目線から見ればこれは新たな事件の始まりです。
彼らにとっては安堵のハッピーエンドでも、これはこれで別の問題を抱えていたのです。
クレイ、これはどういうことでしょうか?
わたしたちは確かに、契約をしたはずです。
わたしの許可なく、あなたが勝手に結界の外に出たら、激痛を伴う苦痛を味わうことなる、という理不尽で一方的な契約を。
後からわたしが問いただしても、あなたが痛みを堪えていた様子はなかったと、彼らは答えていました。
ならばあなたは、契約の指輪の影響を受けずに、既に、自由に里と外を行き来できていたことになります。
なのになぜボロを出してまで子供たちを助けて、そのまま図太くこの里に居座っちゃってるんですか……。
どうやらこれは、わたしとクレイの契約は、何らかの形で不履行になっていたと見るしかありませんでした。
クレイは、自らの意思でこの里に止まり、自らの意思で子供たちを助けたいと思ったのです。
わたしに疑われることになろうとも、あなたはあの子たちが無惨に喰い殺されるのが嫌だった。そういうこともなります。
あるいは、これすらもわたしを信用させる罠なのか……。
わかりませんが1つだけ気づきました。
そういえばわたし、偽名エレクトラム・ベルの名でクレイと契約をしていたような……。
フフフ……わたしがそんなヘマをするはずがありません。気のせいです、気のせい……。
ネタに飢えています。
もし何か思い付きましたら感想欄にでもお願いします。




