26-1 木漏れ日の青、いつもよりずっと長い見送り(挿絵あり
前章のあらすじ
殺戮派の魔将ニュクスの命により、嫌われ者のミゴーは魔界の最果てにあるという禁忌の地より、邪神の欠片を持ち帰った。
ニュクスはかつて当事者であったネコヒトの言葉を覚えていた。
『邪神は最低の存在、魔族を救うような者ではない』と自らも口にする。
しかし莫大な危険性を知りながらも彼は邪神の回収を命じ、陰謀の糸をめぐらせた。
パナギウム王国のサラサールが魔軍殺戮派との取引をしたのもその一つ。これからパーティが始まるとミゴーは喜んだ。
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不穏な外界のことはさておき、里ではパティアがハチミツパンとゼリー作りを手伝っていた。
その晩になると賑やかでいつもより豪華な宴が始まる。
ネコヒトが楽器を奏で、バーニィとタルト口げんかを始め、男衆が売り物のワインを勝手に開けて騒ぎ出す。暖かく幸せな一晩が過ぎていった。
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後日、麗しの騎士アルストロメリアの指揮の下、空中庭園の制作プロジェクトが動き出した。
男衆たちが運んだ土を、パティアら女の子たちがバルコニー両翼にしき詰めて、種をまく。
ところがパティアはついつい昔のくせで、ひまわりの種を割って食べてしまっていた。青春の味だった。
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それから10日ほどの日々が過ぎ去り、ネコヒトがシスター・クークルスを菜の花狩りに誘った。
その際に、ここではそこまで人に尽くさなくてもいいとネコヒトが助言をするも、彼女は頑固にも聞こうとはしない。
ネコヒトは諦め、これから長い遠征になることクークルスに伝え、その間のパティアの面倒を彼女に頼むのだった。
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盗賊ネコヒトの東方見聞録
歪められた英雄の肖像と黒い渦
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26-1 木漏れ日の青、いつもよりずっと長い見送り
今より5日ほど前、男爵が里に現れました。
タルトと交易品の取引をするためにです。
「誤解すんなよ赤毛女、うちは慈善事業でこんなことしてんじゃ――」
「あ、ブルたんだー! もーみずくさいぞー、きたならっ、パティアのとこに……おわー!?」
「わっわふっ、わううっ、パッ、パパパパッ、パティアすわぁぁーんっっ!」
「ぶーるーたーーんっっ、いらっしゃーい♪ おおー、よしよしよしよしよしー! これはなー、よろこんでるんだよー、しってたかー?」
まあ言うまでもない動機も混じっていましたが、そこは触れずにおきましょう。
大きなブルドッグ野郎が9歳の女の子に飛びついて、地にはいつくばって腹を見せて、毛の薄いそこを撫で回されて甘い声を上げまくったそうでした。
「知ってるよ。ったく、これじゃ犬そのものじゃないかい……」
「うるせぇぞ赤毛っ! パティアさんは特別だっ、うちのママンに少し雰囲気も似ているんだよっ!」
「へへへー……それは、わるいき、しないなー。おーよしよし、ブルちゃん、パティアがママだぞー」
あまりわたしの娘に、妙なことを言わないでいただきたいものです。
ただでさえおかしな言葉ばかり覚える傾向があるのですから。
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まあそういうことです、それが5日前のことでした。
現在のタルトと男衆は、取引で得た魔界側の交易品を山のように荷台に乗せて、レゥムの街への帰り道についていました。
ネコヒトはそれに護衛として同行していたわけです。
といっても今回は少しばかしいつもとおもむきが異なる、変わった荷物を持っていたのですがね
「あそこと、あそこと、あの木の陰です。殲滅を」
「わかったー! がおぉぉ……ふぁいやー、ふぁいやー、とやー、せんめつ! したぞーねこたん!」
はい、いつものリュックにパティアが入っていました。
軽量化魔法アンチグラビティを使った親子の愉快な集団戦術です。
「パティア、お見事です、わたしの期待以上の――あそこもお願いします」
「あいすぼるとー! どやーっ、ゴブゴブやっつけたよーねこたーんっ」
わたしが移動と索敵をして、パティアが正確無比の射撃する。
隠れ里を旅立ってより少し試してみたところ、これがなかなか型にハマった威力偵察能力を持っていました。
「ふぅ、楽ですねこれ。あなたは素晴らしい孝行娘です」
「そういうねこたんもー、すばらしい、ふかふかです……はー、きもちいい……あたかい……」
パティアはリュックから手と頭だけ出して、わたし自慢のやわらかい毛並みにしがみ付いていました。
ねこたんのふかふかに触ってるだけで幸せだそうです。
ともかくこれで脅威の排除も終わりました。
なのでわたしは後続を待ちながら、懐に突っ込んだ採集物を取り出し物色します。
「これは?」
「うんっ、まずそうなきのこ!」
「魔界シメジです。美味しいのでしまっておいて下さい」
「えー……でも、これ……みどりいろだぞ……ぜったい、にがい……」
エメラルドベリーを口にしておいてよく言います。
パティアはいやいや緑のシメジを受け取って、リュックの中の自分のウサギリュックにしまったようでした。
「あっ、それはなにー!?」
「見た目は青いですが琥珀です。トレント、つまり動く木のお化けが落としたものでしょう」
「きれー……ほらほらねこたん、こもれび……? にあてると、もっときれー!」
娘がリュックから手をニョキッとわたしの目の前に出して、森の木漏れ日が透けるようにかかげてくれました。
薄水色のトレントの琥珀が気まぐれな光にチカチカと輝き、夜空の小さな星のように内封物を輝かせる。
「もし気に入ったのなら、あなたが拾ったことにしましょう」
「ほへ……パティアがかー?」
「はい、そうすればあなた個人が所有しても角が立ちません」
「おお……ねこたん、あたまいい。そうかー、わかった、じゃあこれはー」
パティアの言葉を聞きながらわたしはその場に腰を落とし、残る採集物の甘い味のする植物のツルをかじりました。
ほんのりとした確かな甘みを感じるのは、わたしが斥候で持ち合わせのエネルギーを消費しているからでしょう。
「リセリにあげる」
「おや、要らないんですか?」
「うん……ほしい。でもね、バニーたんなー、リセリとジョグに、しん……ん~、なんだっけ?」
「わたしに聞かれましても答えかねます。リセリとジョグのしんですか、なかなか難解な問答で」
しかし少し考えればわかることです。わからないということは、やはりエネルギーを消費しているからでしょう。
甘ツルの味わいをだ液に溶かして飲み込むと、謎々の答えが見えてきました。
「新婚、ではなく、もしかして新居祝いなのですか?」
「ねこたん……なんでパティアのあたまのなかっ、わかるのー!?」
「実は魔法でのぞいているんですよ、悪いことしたらちゃんとわかりますからね」
「おわ……っ」
ふと後ろを振り返れば、パティアはリュックの中に潜ってしまいました。
中で頭を抱えているようです。こんな嘘を真に受けるなんて純粋過ぎますよ。
「やめろぉ、ねこたん……っ、パティアはそんな、へんなこと、ぜんぜんかんがえてないぞぉーっ!? リセリに、いし、あげたら……ジョグがきのみ、くれるかも、とか、ぜんぜんー、かんがえてないよー……?」
「はい嘘ですよ。人の頭の中が読めるなんてこと、実際にあるわけないでしょう」
「ぷはぁっ! なんだっ、そうだったかーっ、はーーー……よかった……あのこと、しられたかと、おもった……」
パティアが潜っていたリュックの中から顔を出して、なぜか止めていたらしい呼吸を戻しました。
ところであのこととは、どのことなのでしょうね?
「あれ、ねこたんそれ、なにたべてるのー?」
「ほんの少し甘い味のするツルです。少しかじってみますか?」
「おおっ、あまいやつかー! かじるっ、いただきます!」
ネコヒトの爪で甘いツルを千切って、短くなった方をお試しとして差し出しました。
するとやわらかでちょっとねっとりする唇が、わたしの指先に触れて獲物を奪い取るのでした。
「もごもご……ん、んん……んー……あれ、あんまり、あまくない……」
「それはあなたが期待し過ぎなのです。これはかじってほんのりとした甘みを楽しんだら、噛み捨てるものです」
「ん……もごもご……あ、ほんとだー。ちょぴっと、あまいなー、このはっぱ。もぐもぐ……わるくないかも……」
「それは良かったです。後ろの連中の分も集めておきましょうか」
「そうしよっ、あるたんにも、おしえてあげないとなー!」
娘との斥候任務が思いの外楽しくて、ネコヒトは自分が夢中になっていることに気づきました。
そうです、後続には名馬ピッコロとアルストロメリアが同行しています。
「フフ……彼にそれをかじらせるんですね」
「そうだぞー。あるたんはねー、いがいと、せけんしらん、だからなー。パティアがおしえてあげるのだ」
それにリックとバーニィまでもが、今回は途中まで付いて来てくれることになっていたのでした。
それは帰りのパティアの護衛という役割もありましたが本題は別です。
彼らはキノコや若葉、新芽などの各種山菜を集めながら、ある目的地に向かっています。
もったいぶらずに言いますとそれは魔石の発生地点でして、タルトとこちら側に来るときにわたしたちが発見したものでした。
「パティア、あなたちゃんとマドリの授業を聞いているんですか?」
「えー……なんでー?」
「世間知らん、ではなく、世間知らずです」
「ず!」
「はい。ず、です」
ええとそれでですね、その魔石という物は、名前の通り魔力の濃縮された石です。
わたしたちにはあまり縁の無いものなのですが、魔界にはこれを食べて生きる特殊な種族も存在します。
なので回収しておけば、あのプライド無しにキャンキャンワフワフ鳴く男爵との取引に使えるのですよ。
「あ、バニーたんだー。おーいっ、こっちだぞー」
「ブハハッ、ようパティ公、何度見てもその姿笑えるぜ、プッ……こりゃ、傑作だわ、わははっ!」
「バーニィ、あなたは本当に大人げない人ですね。それにこれ、なかなかバカにならないですよ」
バーニィを先頭に一列に並んだ後続がやってきました。
あなたは笑いますがね、パティアはまた頼もしくなりましたよ。
魔石を発見したルートであるせいか、モンスターがいつもより多いというのに、ここまで一度もわたしはレイピアを振っていません。
「あっ、あるたん! こっちきてー、このはっぱ、あまいからあげるー!」
「ああ……それならすまないけど、そっちの方からこっちに来てくれないかな……。ピッコロがここを動きたがらない」
キシリールの栗毛の牡馬、名前をファゴットといいます。
牝馬のピッコロはどうにも彼が気になるようで、荷馬車を引くファゴットの隣に並んだまま、てこでもそこを動きませんでした。
「あるたん、これあげるー!」
いななき一つ上げず、ただ静かに隣を歩くだけの小柄な馬の隣までネコヒトがやってくると、パティアはアルスの口に食べかけの甘いツルを押し込みます。
「んっんぶっっ?!」
拳ごと口に入るところまでは見届けて、わたしは再びパティア入りのリュックを背負っての斥候任務に戻りました。
挿絵の準備に手間取り、投稿が遅くなりました。
これからもぜひ応援して下さい。




