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25-7 菜の花畑でねこさんと♪

 それから10日ほどの時が流れると、里の姿も気温も完全に春のものに変わっていました。

 森や湖の岸辺には明るい黄色の菜の花が咲き誇り、新芽を楽しめる数々の山菜が収穫期になりました。


 獣脂で揚げたタラの実はなかなか乙な味わいです。


「えーー……パティア、なのはなは、いらない……」


 わたしが気づいた頃には、もうバルコニーには菜の花の移植が始まっていました。

 この辺りの菜の花は成長力が特に凄まじく、1株がどんどん成長して周囲に広がってゆくのです。


「おや、菜の花はお嫌いですか」

「にがい……あんなの、たべものじゃない……やだ、にがい……」


 それで菜の花は貴重な葉物野菜になる栄養源でした。

 大人にはほろりとした苦さも、パティアくらいの子にはただただ苦いだけの不味い草のようです。


 種子が実れば菜種油にもなる優秀な植物だというのに。

 もしかしたら里周辺のこの菜の花は、古城に住み着いた人間たちが持ち込んだ物なのかもしれませんね。


「では一緒に来ないと?」

「うん、えんりょしとく……にがいのは、いらない……。パティアは、ねこたんいかなくても、いいとおもう……」


 そういうことで、菜の花狩りに子供たちの力は期待できませんでした。

 そこでわたしは城に引きこもりがちなシスター・クークルスを外に連れ出しました。


 春着なんて作っていないで、たまには春を楽しもうと強引にです。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 東の湖の対岸に、菜の花畑が広がっていました。

 どこを見ても黄色黄色黄色と緑の世界にやってくると、ワーカーホリックな彼女は嬉しそうに花と湖水に見とれていましたよ。


「バーニィやタルトも食べたがっていましてね、すみませんが手伝って下さい。他の連中は庭園だの建築だのと、とても忙しそうですから」

「もう、私も忙しいのにねこさんったら、強引ですよー♪」


 この頃にはもうパウル夫妻の新居が出来上がっていました。

 ええそれはもう喜んでいましたよ。


 新天地で、自分たちの落ち着ける家を最優先で作ってもらえて、晴れてようやく夫婦らしい生活ができることになったのですから。

 この恩は働いて返すと、二人して水くさいことを言っていました。


「どうぞ、こちらを」


 もう暖かいですし、シスター・クークルスは修道服に着替えていました。

 その手にレゥムより調達した新しい草刈りガマを持たせます。


「そんな……こんなにかわいいのに、食べちゃうんですか……?」

「すぐに新しいのが生えてきます。食事の彩りも良くなりますよ」


「あら……そう言われたら急にお腹が空いてきました♪ うふふ、私ねこさんのために、がんばりますね♪」

「いえ自分のためだけに行動することも、これからはちゃんと覚えた方が良いですよ」


 人に奉仕してばかりの生活なんておかしいです。

 いつか破綻するので自分のために時間を使いましょうと言っているのに、この人は聞きません。


「そういうのは、どうも苦手です♪」

「ええ、わたしもあなたがそう言うと思っていましたよ」


 腰を低くして、わたしは茎のやわらかい菜の花をザクリと刈る。

 すると彼女は働き者ですから、すぐにわたしの隣にやってきて作業の手を早めるのでした。


「そういえばねこさん、左利きでしたね。見てると不思議です」

「はい。しかしわたしたちネコヒトは器用さが取り柄ですから、右手でも特に苦労はなかったりするのですよ」


「そうなんですね~♪ はぁ……最近、私思うんです。ネコヒトさんに生まれたら良かったって。だってかわいくて、器用で、やさしい種族ですから……」

「いえ、クレイは下心であなたに親切にしているだけです。妙なことを頼まれたら、ちゃんと断るんですよ」


 それからしばらく、シスター・クークルスと一緒に食べ頃の菜の花を集めて回りました。

 菜の花のいい匂いが広がって、なんだかわたしも気分が少し安らいだかもしれません。


 それはシスター・クークルスも同じで、仕事が一段落すると、かえって彼女の体から疲れやこわばりが抜けたようにも見えました。


「お疲れ様です。しかしその耳、引っ込む気配がありませんね……」

「はい、ネコさんとお揃いですね♪ このまま完全に、ネコヒトさんになれたらいいのに♪」


「何を言ってるんですか、あなたは……」

「あら、冗談に聞こえましたかー……? うふふっ、本気ですよ私」


 こんなものでしょう。

 湖の前のやわらかな草地に腰掛けて、少し身体を休ませました。姿勢もあって腰にくるのです。


「まるで困ってませんねあなた……」

「ふふふ、なんで困る必要があるんですかー? ふかふかの耳が、自分にも生えるなんて、こんな幸せないですよ~♪」


「そうでしょうか……?」

「はい、そうに決まってます♪」


 あれっきり、あの黒いネコヒトは姿を現しません。

 結局、やつは何がしたかったのやら……。

 グラングラム地下の祭壇も、封印された部屋もいまだにそのままあそこにあります。


「まあいいです。とにかくですね、今日みたいな時間を作ることも大切ですよ、自分のための時間を持って下さいね」

「あらー、もしかしてわざわざそのために、私を誘ってくれたんですか?」


 パティアに断られたのでその代役とは言えませんね。


「いいえ、狩りばかりの生活に飽きただけです。ああそれと、あと10日も経てば、わたしはまたレゥムに向かわなければなりません」

「聞いていますよ。タルトさんや男衆の皆さんをお連れするんですよね」


 男爵との取引も終わりました。

 相変わらずパティアに夢中で親として困らされましたが、良い取引ができたとタルトも男爵も喜んでいました。彫金師アンの仕事っぷりにもです。


「ええ、そしてそのついでに、一仕事しなくてはならなくなりました。実は西の自由都市まで遠征する予定でして、その間パティアのことを、あなたに……」

「はい、どうぞお任せ下さい。パティアちゃんのことはずっと見守っていますから。しろぴよさんと一緒に」


「すみません、やはり不在の間寂しがるようで……助かりますよ。ではそろそろ帰りましょうか」

「あ、いえ、ちょっと待って下さいね~」


 帰ろうとわたしが腰を上げると、何か思い付いていたのかクークルスが菜の花に駆け寄りました。

 何をするのかと見守ってみれば、菜の花で花輪を作ったようです。


 そしてそれをネコヒトの頭に乗せました。

 あのときパティアがしたように、年齢に似合わぬ無邪気な笑顔を浮かべてです。


「まぁ……! お花、とても合いますね、ネコさん♪」

「それはまた複雑なお言葉をありがとうございます。これも結局は後で煮て食べられる宿命ですがね」


「そうですね。こんなにかわいいのに、食べちゃうなんて人は罪深い生き物です……」


 シスター・クークルスは花にまで同情を向けるやさしい人でした。

 その彼女が仕立て仕事以外の新しい趣味を見つけて欲しいと、わたしは願わずにはいられません。


「シスター・クークルス。あなたはもう、誰かに尽くさなくてもいいのですよ」

「……あら、それってプロポーズですか? 俺にだけ尽くせよ、みたいなー?」


「何でそうなるんですか……」

「違いましたか~、残念……ふふ……♪」


 もしかして、今はぐらかされたんでしょうか。

 わたしたちはリュックいっぱいの菜の花を背負って、元の古城での生活に帰って行くのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



その日の夕飯、食堂にて――


「菜の花、美味しいです♪」

「ええ、美味しいですね。ところで昼間のあのセリフはどこに落としてきたのでしょう……?」


「はい……かわいくて、かわいそうだけど、でも美味しいんです……もぐもぐ……」 


 結局、食欲には勝てなかったそうです。

 モリモリと菜の花を平らげる姿からは慈愛なんて見えません。それで良いと思いますけど。


「ねこたん……このはっぱ、あげる……やぱり、にがい……むり……」

「シスター、パティアがあなたにくれるそうですよ」


 苦みにも勝てなかったそうです。


 菜の花、ほろ苦い花の香りのする春の味覚、こんなにも美味しいのに。


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