25-5 争乱のプレリュード 世界を裏切った悪王 あとでかふくさん!
・嫌われ者のミゴー
いつもなら報告の前に酒場で一杯やるんだがよ、今回ばかりは真っ直ぐにあの悪趣味な城に上がった。
蒼と白ばかりで彩られた、気が狂いそうなあのニュクスの城だ。
魔界最低の存在と一緒に、封印の筐ごしに楽しく酒を飲みたいだなんて普通は思わねぇだろ。
「ニュクスの旦那、やっとこさ帰ってこれたぜ。でよ、先に聞くけどパーティはまだ始まってねぇよな?」
魔界の最果て、禁断の地より俺は帰還した。
命の危険のあるヤバい旅だ。これで多少はニュクスも俺のことを大目に見るようになるだろうよ。
「まだだよ。でも、話は付いた」
「マジかよ……」
「パナギウムの新王サラサール、あれはとんでもない怪物だったよ」
「アンタに言われるなんてそりゃよっぽどだな、絶対に会いたくねぇわ……」
まさか殺戮派と取引するなんてよ、バカだろソイツ……。
よっぽど俺たちを舐めてんのか、それとも計算も出来ない狂人なのか、気味わりぃ野郎だわ……。
「それで、礼の物は手に入ったんだろうね」
「ああ、その話な……。もちろん連れてきたぜ、ほらよ」
ニュクスと会うのはいつも同じ場所、あの庭園の東屋だ。
ひざまずいた俺が例の筐をニュクスの足下に投げた。
するとそれを蒼化病をわずらったオーク種が、拾い上げてニュクスに差し出そうとする。
「ちょいと待てや、テメェが触れるのは止めとけ。……ニュクス、たまには自分で拾ったらどうだよ」
「ああ、その様子だと……話しかけられたみたいだね……。どうだった?」
「どうもこうもねぇよ」
「聞かせてくれ、興味がある」
ニュクスは身をかがめて、慎重にその筐を拾い上げて白亜のテーブルに乗せた。
その中に入っている者を、回収してこいと言ったのはコイツだ。
「確かに邪神の欠片、こいつの力を使えば、この停滞をぶっ壊す爆弾にはなるだろうな」
「ああ、同感だね。破片であっても、腐ってもこれは邪神だ」
「ただよ……。こればっかりはやっぱ、あのクソネコの主張が正しい気もするな……。ソイツは、俺たちにとっても猛毒だ」
「そういえば、キミをボクに紹介したのは彼だったね。それで、続きは……?」
クソネコは後悔しただろうな。
最低の旧友に、最低の弟子を紹介したら世にのさばっちまって、最後は自分に引導を渡そうとしたんだからよ。
「神の名を冠するだけあって、最低のクズ野郎だったぜ。俺をそそのかして、俺の体を奪おうとしてた」
「そうか、この存在の力を借りれば、キミはボクを殺すこともできたのに、やらなかったんだね」
「そりゃそうだ。強くなれたところで、それじゃ自爆と変わらねぇだろ……。重要なのは勝利じゃねぇ、戦いそのものだ」
「ミゴー、ボクはキミのその純粋なところが好きだ。どこまでも魔族らしく、闘争を愛している」
俺のこの性質を知っているからこそ、ニュクスは嫌われ者のミゴーを側近に選んだんだろう。
他の派閥、いや殺戮派の一部でさえ俺たちが邪神の破片を回収したと知ったら、とんでもねぇ抗議と制裁が飛んでくるだろうさ。
「ああ……俺は戦争が大好きだぜ。それでソイツ、どうするつもりだ? あのよ、余計かもしれねぇが、前にあのクソネコが言ってたんだけどよ、その野郎はよ……」
確かに邪神は人間を滅ぼす力になるかもしれねぇ。
だがその後、俺たちが邪神の奴隷にされちまったらまるで意味がねぇ……。
「……彼はこう言ったんだろう? 邪神は最低のクズだった。結果的に魔王イェレミアの消失を招き、ボクたちを衰退させた。邪神は魔族を救う存在ではない、もっとおぞましい何かだ」
「ま、昔なじみだもんな。そういうこった、気を付けて扱ってくれ」
「そうしよう。もしボクがコイツに乗っ取られたら、最低と最低が組み合わさった、怪物の誕生ってわけだね……」
「ニュクス、そいつは笑えねぇよ……考えただけでも、恐ろしい……」
ニュクスは無慈悲な絶対者だ。だがその敵意は常に人間に向いている。
だからこそ俺も従う気になった。いつかはどちらかがどちらかを滅ぼす、そう決まってたからな。
だが邪神っていうクズは違う。人間を滅ぼすためだけの、都合の良い道具におさまるたまじゃねぇ……。
俺達の都合で神様が動いてたらよ、そいつは神じゃなくてただの召使いだろ。
「悪かった。ボクもそんな末路はお断りだ」
「そうかよ……。で、例のパーティの、会場の方は?」
「ああ、取引はじきに成立する。こちらから彼の望むタイプの術者を送れば、通してくれるそうだ」
「マジかよ……。やっぱ頭おかしいだろ、サラサールって野郎は」
一時的とはいえよ、人間の国が殺戮派と手を結ぶなんて、聞いたことねぇぜ……。
「ああ、気持ち悪いやつだよ……早く死なないかな。心からそう思ったのは久しぶりかな」
「どんだけだよソイツ……」
後で詳細を聞いて俺も納得した。
もし会う機会があったら、このクレイモアで頭を真っ二つにして豚に喰わせてやりてぇ……。
まさか、人間を獣に変える術者を望んでいて、その人間だった獣を喰おうとしているだなんてよ……。
今ヤツは、気に入った女を豚に喰わせて、その豚を喰っているんだそうだ……。ああ、死ね、この変態野郎が……。
同じ空気すら吸いたくない。俺はニュクスの言葉に心より賛同した。
●◎(ΦωΦ)◎●
・(ΦωΦ)
その頃、隠れ里では――
彫金師アンの仕事ぶりが期待以上でしたので、新たなプリズンベリルを求めて井戸底の迷宮を下りました。
しかし男衆の来訪と春という季節もありまして、今回はわたしとパティアのペアでの探索です。
わたしが前、パティアが後ろを受け持つと、小腹がすく頃にはゴール地点にたどり着いていました。
「あ、でかふくさんだー!」
「そのようで」
でかふくさんは本当は寂しがりなのです。
わたしたちの来訪を今回も待っていてくれました。
「おーいっ、パティアたちきたよー! おーいっ、こっち――オワァァァッッ?!!」
そこにでかふくさんの後ろ姿と宙に浮かぶ止まり木がありました。
ええ、そのフクロウの首がぐるりと180度回り、胴体を動かさずにパティアへ振り返っただけのことです。
「く、くびっ、くびがーっ、ねこたんっでかふくさんのくびがーっ! ふぅふぅ、ぜぇぜぇ……な、なんだこりゃぁぁーっっ?!」
娘は驚き後ずさり、腰を抜かして床にペタンとしゃがみ込んでいました。
いきなり目の前でやられると、さすがのわたしもドキッとしましたよ。
「わたくしはノーブルオウル、フクロウですもの首くらい回るわ。それよりああた、少しくらい女の子らしくなさいな、もう9歳になるんでしょう?」
「どこ情報かわかりませんが、その通りですね」
女の子らしくて慎み深い挙動の静かなパティアというのも、こっちのペースが乱れそうなのでお断りでしたが。
「おお、くびもどった……はーー、たまげたぜ……。あっ、ねぇねぇ、でかふくさんっ」
「なんですの、お話を聞かないお嬢ちゃん?」
「そのくび、くるーーってするやつ、パティアにもおしえてー!」
毎度毎度、パティアはわたしの予想の斜め上のことを言い出しますね。
でかふくさんも面食らって、しばらく返事を返しませんでした。
「ちょっとそこのお父さん、この子にもう少し常識を教えなさい……」
「それができたら苦労などしていませんよ」
パティアには生まれ持った資質というものを感じさせます。
強力な力と、不思議な魅力を持つ反面、どうわたしたちが教育してもなかなか……理想通りには上手くいかないのです。
「お嬢さん、まねをしてもかまいませんけど、死ぬか首を痛めますわよ」
「ぉぉ……やっぱ、でかふくさんのそれ、すごい……」
自慢するかのようにでかふくさんは背中を向けて、もう一度首を180度回す芸を見せて下さいました。
「フクロウならできて当たり前のことですわ」
「ねぇねぇ、それよりでかふくさん、ふわふわぁ……ってしてるとこ、さわっていー?」
「えっ……ちょ、ちょっとどこ触ってるんですのっ?!」
確認を取っておいてパティアは我慢できなくなったようで、背中を向けていたでかふくさんの腹の毛に触れました。
「お、ぉぉぉぉぉ……ふ、ふわ、ふわふわぁぁ……♪」
「やっ止めて下さいませっ、ひっひぁぁっっ!?」
「ねこたんっ、これすごいっ、ねこたんもいいけどー、でかふくさんも、き、きもちぃぃぃ……!」
「ぁっぁっぁっぁっ、ほっほお゛お゛お゛お゛?! そっ。それ以上っ、それ以上触ったら怪我しますわよお嬢ちゃんっ!」
「これは失礼を」
聞いてはならないエレガントさに欠けた鳴き声でした。
ホゥホゥと鳴くのは雄で、雌フクロウ本来の鳴き声は野太く雄々しいのです。
そこでパティアを後ろから引っ張って、でかふくさんから引きはがしてさしあげました。
うちの子は魔性のモフり手ですから、余計なことになるのを避けたとも言います。
「じゃあ、じゃあねこたん。だっこ」
「あなたもう9歳でしょう……。仕方ありませんね、アンチグラビティ」
わたしはナコトの書を借りてパティアを抱き抱えると、グラングラム迷宮の宝箱から貰う物をもらって地上に戻ることにしました。
「はぁっはぁっ……♪ な、なんですの、この子……。お、おとといきやがれですわっ!! は、はふぅぅ……♪ っ……もぅ、なんですの……っ」
何だか色っぽい声が背中の後ろから聞こえた気もします。
ですが残念、わたしは鳥類ではないのでこれっぽっちも嬉しくありませんでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
奥の祭壇部屋で宝箱を開けました。
「はて、これは……クリですね」
「うんっ、パティアがおねがいしたー」
箱の中にはベリルと錫のインゴッド、それと袋詰めされた沢山のクリが入っていました。
パティアはわたしから飛び降りて、そのぎっしり詰まったクリ袋をちゃっかりと肩に背負います。
「またお願いですか」
「だって、あきまでがまん、できなかった……。それにね、まどりんすきかなーって、おもったのだ」
「ではそれは厨房に預けましょうか。また来ましょうね」
「そうしよう~! はーー、クリ、はやくたべたいなー。うしおねえたんなら、もっとおいしくするんだろうなー……ジュルル……おなか、すいた……」
渋皮ごとハチミツで漬ければ、甘党が喜ぶ絶品の甘味になるでしょうね。
男衆が喜ぶかはわかりませんけど、タルトは甘いものもいけたはず。
「辛いんじゃなかったんですか?」
「そのはなしはー、いわないやくそくだぞー、ねこたん」
「そんな約束した記憶がありませんね」
「じゃ……これからそうして。あのね、パティアは、おろかものだったの……。みためでなー、まずいとか、からいとか、たべれるとかー? おもうの、よくないな……」
こうしてこの日、季節はずれのクリの実がハチミツに漬けられました。
浸透には時間がかかるそうで、パティアはその日一日中、クリのハチミツ漬けの話ばかりをしていたのでした。




