4-1 力を合わせてこの境界の地に畑を生み出そう
前章のあらすじ
ネコヒトは人類の防衛線ギガスライン要塞を越えて、レゥムの街に忍び込んだ。
そこで知り合いの元冒険者ウォードの元を訪ねると残念なことに他界していた。代わりにクークルスと名乗るシスターが家より応対に出てくる。
クークルスはお人好し、毛皮が欲しいのもあってネコヒトとの取引に応じてくれる。
翌日魔族ベレトの代わりに買い物を済ませ、夜の同じ時刻に戻ってきてくれた。代価としてモフモフのネコヒトをもふりまくるために。
やさしく公平な彼女に感謝してレゥムの街より魔界側に戻る。
自己軽量化の術アンチグラビティを用いて、まんまと物資を抱えたその身でギガスラインを登り切り、人間の領土を立ち去った。
農具、木工道具、各種の種、それからパティアの新しい衣服。それらが大地の傷痕にもたらされた。
遠征や魔力の大量使用により限界を迎えたベレトは、畑仕事をバーニィらに任せて眠りにつくのだった。
●◎(ΦωΦ)◎●
―――――――――――――――――――――
はぐれ者同士が始める
はじまりの開拓と、不可思議珍妙の井戸
―――――――――――――――――――――
4-1 力を合わせてこの境界の地に畑を生み出そう
ノコギリ、手斧、カンナ、クワ、それに種。ようやく必要物資が整った。
いつまでも狩りばかりに頼ってはいけない、畑を作ろう、寒い季節が来て獲物が少なくなってしまう前に。
◎●(ΦωΦ)●◎
「おっ、起きたかネコヒト」
「あ、おはよーねこたん! よく、ねれたかー? パティアはなー、さっき、みずくみ、おわらせたところだぞー」
城のテラスから広場へと飛び降りると、そこにヒゲの中年男とブロンドの少女がいた。
蒼い東の空を見上げればまだ昼過ぎだというのに、どうしたことかもう目が覚めてしまった。
「ん、ふぁぁ……正直に言えばまだまだ寝たりません。どうもあの買い出しで、かなりの魔力を使ってしまったようですから」
「ねこたんは、ねぶそくか。なら、パティアもおなじだ。バーニィたん、ごつごつしててなー、いっしょにねてて、たのしくない……。あっ、おはなしは、けっこう、おもしろいけどなー」
でかくて筋肉ムキムキのおじさんはお気に召さなかったそうです。
ところがおはなしとやらがよっぽど面白かったのか、パティアは意味もなく両手を上げて、機嫌が良いときの満面の笑顔を浮かべました。
「いやぁそうだっけ? 何か話をしてくれって夜通しせがまれてな……、しかもこれがなかなか寝なくてよ、もう困ったお子様だったわ……」
「ぅ……。だって、しょうがないぞ……ねこたんいないあいだ、ひまだった……こころがな、ずーんって、むなしいかんじだった……はぁ……」
「おいおい暇とか虚しいとか言うなよパティ公。お子様とはいえ添い寝した女に言われると、はぁ~、男として傷つくねぇ~……」
「すまん、バニーたん……。けどなー、ぎゃくだぞ。パティアが、さびしそうなバニーたんに、そいね、してやったんだぞー?」
バーニィが苦笑いを見せました。少し意外だったのですが否定はしないらしい。
さて話は変わりますが、彼の足下には加工の済んだ材木が積み重なっている。森で採集したのでしょう、植物のツルなんかも用意されておりました。
「ああそれな、生木だが今は乾かしてる暇なんてねぇ、そのまま使っちまおう」
「柵に使うなら問題ないでしょう。というより、まだ畑作りに着手していなかったのですか」
他にこれといった目立った変化はない。
クワと手斧、ノコギリ、そこに種袋が集積されているだけです。
「そっちこそ意外と起きてくるのが早かったな。新品の良い手斧が手に入ったからな、ついつい伐採の方に夢中になっちまってたわ。ガキの頃を思い出すっていうかよ……あ、悪い、関係ねぇな」
一瞬だけ悪いおじさんが昔を思い出して無垢に笑う。
だがそれはすぐに、遠い日への憂いか何かにおおい隠されてしまいました。
「あのなっねこたんっ、バニーたん、すごいんだぞー! きをなー、ドンドンドンドーンッて、たおしてってなー。バーン、ドーンって、やってすぐ、これ、つくっちゃったんだぞー!」
パティアが大げさな身振り手振りと一緒に、わたしにバーニィの技を伝えようとしてくれました。
その興奮気味の手が最後に白い材木を指さす。どれも綺麗な長方体です、30年だかのブランクがあるとは思えないなかなかの手並みでした。
「へへへ、ありがとよ。ネコヒトよ、俺は元々大工のせがれだ、畑仕事にはあまり詳しくない。で、せっかく起きてきたんだ、爺様の知恵を貸してくれ。柵の準備はこの通り出来たが、1からの畑作りなんてわからん、いざ手をつけてみりゃ難しいもんだわ」
「パティアもてつだうぞー! ねこたん、これからー、どうすればいいかーっ!?」
二人には悪いですけど、少しどうでもいいことに思考がそれていました。
バーニィは莫大な金を盗んで逃げた。そのために騎士の地位さえ捨ててしまった。
彼はもしかしたら、いえほぼ間違いなく天涯孤独の身なのかもしれません。でなければ親族に累が及ぶあんな重罪、犯せるわけがありません。
だから寂しいという感情を否定しなかったのだと、想像を働かせていました。
「それは賢明でしたね。ではその年寄りの知恵をお貸ししましょう、まずは土壌と作物の関係からです」
「ははは、結構説明好きだよなアンタ」
「ねこたんはなー、せんせー、やってたんだぞー。まえ、そういってた。だからー、いまのねこたんはー、ねこたんせんせーだ!」
教師って生徒に様々なあだ名を付けられるものです。
ねこたんせんせーですか、そんなかわいいらしいあだ名はわたしの人生初ですよ。
「人間が人の世界、魔族が魔界で生まれ暮らすのと同様に、植物にもふさわしい居場所というものが存在します」
「ふぇ……? んー、でも、パティアはなー、ここがすきだぞー。にんげんのまちに、いたころより、こっちのがずっとずっといいぞー!」
おやおや。こんな何もない土地が良いって、一体どんな環境で暮らしてたんでしょうかこの子。
逃亡生活は泥水をすするくらい悲惨だったとは聞いてますけど……。
「わかるねぇー、そりゃ俺もだわ。ここはいいなよ、風情もあるし飯も美味ぇ、水も超綺麗とくる。何よりよ、誰にも追われない、怯えて暮らさずに済むってのが、最高に良いっ!」
「……騎士あらため大泥棒バーニィ・ゴライアス、あなたに限ればただの自業自得でしょう」
わたしは彼らから視線を外して周囲を見回しました。少し考えを整えるためです。
種の数は有限、これからの食生活の元手とも言えましょう。
そう考えると無茶な計画は立てられない。慎重に考えれば考えただけ、わたしたちの食い扶持が増える。
「まずは急がず、作物が土壌と一致するかどうかをテストしましょう。バーニィ、あなたは北の森から腐葉土を運んできて下さい。それが済んだらパティアの手伝いを」
腐葉土は肥料としては鉄板です。
ここ一帯は森ばかりなのでほぼ無限に手に入ります。これを使わない手はない。
「パティア、あなたの方は東の森の湖から泥をこちらに運んできて下さい。重いので少しずつでかまいません」
「おう、どろかー、むふふっ、どろんこならー、パティアにまかせろ。バチャバチャするの、じぶんでいうの、なんだけどなー、すごく、とくいだぞー」
泥の方が圧倒的に荷物として重いですけど、湖側の方がまだ安全です。
「泥んこ遊びをしてこいだなんて誰も言ってませんよ。せっかくの綺麗な髪です、汚さないように」
「おうっ、ならあそぶのは、ちょっとにするぞ! ねこたんのふかふかが、どろだらけになったら、パティアもかなしいからなー……ふかふかじゃないと、ぜったい、ダメだ……ぜったい……」
安心して下さい、わたし毛が汚れるのだけは絶対に許せないタイプですから。
自慢のふかふかの中に泥が入り込んで、それが乾燥して毛並みごとガサガサになるとか、想像するだけでも怖ろしい。
「へぇなるほど、そういうことな。ここが一番日当たりが良いもんな」
「ええ、畑は東に作れ、魔界を含むこの辺りでは常識です」
西側に日が差すのは太陽が南天した夕刻だけです。その後は魔界の暗雲の中に飲み込まれて消えてしまう。
すなわち城西部や、拓かれていない森の中は耕作に向かないということでした。
「んー、んんー……? ねこたんせんせー、パティアなー、わからないところある。なんでー、とおくのつち、ここにはこぶんだー? ここのつちじゃ、だめなのかー?」
「パティアは勉強熱心ですね。では考えてみましょう、ここの土が苦手な作物さんがいるかもしれませんよ。だけどその子も、別のところの土なら喜んで、大きくなっていってくれるかもしれません」
だから種を植えて経過を観察します。
合わない土壌に植えても最悪は発芽せず、種がまるごとムダになってしまう。育ちが悪ければ実も小さい、かけた努力が徒労になる、これは避けたい。
「おおっ、そゆことかー! ねこたん、あたまいいなー! パティア、ぜんぶわかったぞー、これは、だから……えっと、あれだ……あっ、じっけんだ!」
「そうです、難しい言葉をご存じですね」
「へへへ……まあなー。おとーたん、たまにいってた、じっけん、むずかしいってなー」
「どんな親父なんだよ、そりゃ……」
人類世界最強が約束された娘を、ネコヒトなんかに預けてしまった業深き人ですよ。
そうしてわたしたちは打ち合わせを終わらせて、それぞれの作業に入りました。
日当たりの良い広場に『広場そのままの土』『北の森の腐葉土』『東の湖の泥』を集めて3種類の畑を作りましょう。




