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25-4 ハチミツ入りのパンと世にも騒がしい晩餐 - 嘘と身分差 -

 その晩は昨日よりもずっと賑やかで楽しい夜になりました。

 まあそれもそうでしょう。長旅の後でしたから、昨日はさすがの男衆も早寝をしてしまいました。


 しかし今日は違います。

 気のいい男衆とバーニィが商品の一部、つまりはパナギウム産の赤ワインに手を出して大騒ぎしたり、案の定タルトにバレて大目玉を食らったりしていました。


 とはいえタルトも酒好きでしたから、ワインたった一口飲んだだけで、手のひらを返していました。

 もうしょうがないね、アンタたちは、と。


「いいかいジョグ、あたいはまだ同棲を、認めたわけじゃないからねぇ……? 今夜もあたいはあの家で寝るよ! わかったねぇっ!?」


 まあそこまでは良かったのですが……。

 酔ったタルトがジョグに絡むのも必然だったのです。


「お、義姉さん……ならおいらは、こっちで寝――」

「誰がお義姉さんだいっ!!」


「ひっひぃっ?! お、怒らないでくれよぉ……っ」

「それにアンタ無しで誰がリセリを守るんだいっ、アンタだよっアンタの他にいないじゃないかい! はぁぁ……まあ積もる話もあるところさ、ゆっくり、夜通し、語り合おうじゃないかっえぇぇっ?!」


 怖い女です。燃えるようなその赤毛をかき上げて、けしてフレンドリーとは呼べそうもない凝視を至近距離のジョグのオークづらに向けていました。


「た、助けてくれぇ、お、おぃっ、バーニィよぉぉ……!?」

「おいこら、こっちくんなっ、その話題に俺を巻き込むんじゃねぇよっ」


 それがバーニィに飛び火するようです。

 ジョグがバーニィの背中に逃げ込むと、タルトの怖い目が今度はバーニィを捕捉します。ええ、よくよく思い出してみればそうでしょうとも。


「そうだったよッ! アンタッ、よくもこの前はあたいを騙してくれたね!!」


 わたしにも飛び火しかねないネタです。

 楽士ネコヒトは直接ではなく、流し目で盗み見るだけに止めることにしました。


「この前は倉庫だって言ってたじゃないかッ、なのになんでっ、うちの妹とイノシシ男の新居になってるんだいっ!! ちゃんと説明しなよッ!!」

「ほらこうなったじゃねぇかよ……。おいタルト、いい加減お前さんはよ、妹離れしろ。リセリはジョグが好きなんだ、相思相愛だ、邪魔して何になるよ」


 時に正論が適切な対処になるとは限りません。

 特にタルトのような頭に血が上りやすい人には、面倒でも手順を踏んだ方がマシでした。


「なっ、バーニィッ、おめっ、ひ、人前で、な、なな何言ってるべおめぇぇっ?!」

「そ、相思、相愛って……ば、バーニィさん……ッッ」


 しかし本当に騒がしいです。それでもネコヒトは演奏に集中しました。

 広まった五感がわたしを食堂そのものへと変えて、そこにある音の全てを拾い上げるのです。


 それに音楽が好きな子や、あのパウル夫妻、キシリールなんかは今も静かに聞きほれてくれていますので、演奏を止めること自体が無粋でした。


 わたしに音楽を教えてくれたイスパ様も、あの生意気なネコヒトが300年以上も生きて、人間のために音楽を奏でるとは予想もしなかったでしょう。


 ですが道楽家で、怠惰な魔王様の理解者であったイスパ様ならば、間違いなく笑って許してくれます。

 わたしの知る限り歴代の魔貴族の中でも、最も優雅で分別のある方でしたから……。


「へぇ……全部あたいのせいって言うのかい? はっ、あたいに嘘を吐いた事実は消えないよっ、バーニィ! アンタはいつだって嘘ばかりじゃないかいっ!!」

「ああ悪かったよっ、嘘吐いて悪かったな!」


「なんだいその言い方はっ、いい度胸じゃないかい! 少しは誠意を込めたらどうなんだい!」

「謝っただろ! それによぉっ、俺はただ二人を応援してやりたいって思ったから、家を建てた、それの何が悪いんだよ! ジョグとリセリには、俺の建てた家で幸せになってもらう、それが今の俺のここでの楽しみ方だ!!」


 竪琴の弦を弾きながら、わたしは小さくため息を吐いていました。

 結局これも茶番なんですよ。


 バーニィとタルトは顔を合わせるたびに何かを言い合っています。

 二人にはその細かい内容なんて実はどうでもいいのです。


「はっ、開き直ったね!? アンタはいつだってそうさ、あたいに勝手に全部進める!」

「うっせーっ、言ったら反対しただろ! だから言わなかっただけだね! これが俺のやりたいことだったんだよ!」


 しかしさすがに、音楽に集中したい人たちのひんしゅくを買い出したようです。

 雰囲気を感じ取ってか、男衆の若頭が席を立ってタルトの前にやってくる。あの元冒険者と言っていた精悍な方です。


「姉御、気持ちはわかりやすが……そのへんにしておきましょうや。バーニィ、あんたも姉御をあおらないでくれ。久しぶりに会えて嬉しいのはわかるけどよ……さすがにやかましいぞ」


 タルトの肩に手を置いて、それからその手で背中を叩いて落ち着かせました。

 扱いに慣れているのでしょう。


「やっと静かになったにゃ。これで大先輩の曲を楽しめるにゃ」


 クレイは男衆に混じって皿に入れたワインを舐めていました。

 酒にありつける場所を心得ているようで、上機嫌で彼ら男衆をおだてていましたよ……。


「フフフ……つまりはじゃれ合ってるだけってことだね。ああそうそうキッシリくん」

「は、はいっ、なんでしょうかっ、あっ……ええと、その、アルスさ、さん」


 その一方、キシリールとハルシオンは隣り合って食事の残りをつついていました。

 キシリールはこの里でハルシオン姫の正体を知るただ1人の人間です。


 まさかあのとき貸した服で、偽りの騎士アルストロメリアを演じていたとは、彼も予想しなかったでしょう。


「おいおい、同じ騎士仲間だろう? ここに外の道理は無いんだ、よそよそしい態度は止めてくれたまえ」

「は、はい……。しかし、あの……思った以上に、生き生きとされていますね……」


 さすがに不敬な行動は取れない相手です。

 それどころか、今のキシリールにとっては光明の1つでもありました。


 悪王サラサールをもし倒すならば、ハルシオン姫の存在が必要になります。

 その脚本はわたしの望むところではありませんがね。もう外のことなんて、どうでもいいでしょうに。


「それよりキシキシくん、よ~く見ておきたまえ、アレがあの男の本性だ」

「バーニィ先輩のことですか……?」


「そうだ。見たまえ、時に平気で人に嘘を吐き、ああやって怒られても反省もしない、それどころか開き直る。……おまけにボクにこう言ったのさ、連れション行こうぜアルス。なんてさ……」


 はい、主君の娘に言っていい言葉ではありません。

 さすがのわたしも音階を続けて間違えてしまい、演奏を一度止めることになりました。


「なっ……。なにやってるんですか、バーニィ先輩……この方を誰だと、ああもう……」

「ボク、あんなこと言われたの、生まれて初めてだよ……」


 元王女様はただ一人わかってくれる相手に密かなグチを吐くのでした。

 ところが演奏が止まったのを見計らってか、わたしの前にパティアがやってきました。


「ねこたん、こうたいしよ。こんどはなー、パティアが、ぽろろんするぞー」

「それは名案ですね。ではお手並み拝見と参りましょう」


「うん! でもね、まちがっても、わらわないでねー?」

「わかりました。ではお任せしましたよ」


「まーかせてっ!」


 わたしがイスを下りると、パティアは竪琴も持たずにそこへと座る。

 座れば大好きなねこたんが必要な物を手渡してくれることを知っているからです。


「いくよー!」


 しかしですね、それがまた不思議でした。

 パティアが竪琴の演奏を始めると、バーニィとタルトはケンカを止めて、肩を並べてパティアを見守りだしたのですから。


 パティアの竪琴はまだまだ下手くそです。昔のわたしよりずっと覚えも悪い。

 しかしそれは才能なのでしょうか。つたないながらもその旋律は、なぜか人を惹きつける力を持っている。


「まあ……なんだ、悪かったよ、騙してな。そこはちゃんと謝る、許してくれ……」

「ふん……やっと心から謝ったね。それなら考えてあげるよ。アンタなりの意見の方もね……」


 魔王様がこの子を選んだのは、この資質ゆえなのでしょうか。

 魔族と人間を繋ぐ架け橋として、わたしの娘はどちらの種からも愛される。


「ネコヒトのやつが変わるのもわかるよ。俺もあんな娘がいたらよ、今も真面目に騎士やってたのかもな。ちゃんと嫁さん探さなかったのが、間違いだったのかもしれん……」


 わたしもパティアと出会って変わってしまいました。

 わたしはあくまで穏健派寄り、人間との共存は諦めていました。


 いずれ決着を付ける日が、人間と魔族が総力を決して争う日がまた来る。

 怠惰な魔王様が失われた今、それはもう止められないと。


「アンタ……。なら、なら何で結婚しなかったのさ……」


 バーニィの目がそれはお前もだろうと、タルトを見ます。

 ある意味この二人は、行き遅れるべきして行き遅れたのかもしれません。


「結局、俺は平民だからな。俺に娘を嫁に出そうって考える貴族もいなかったし、かといって平民の嫁さんなんか取ったらよ……。義父(ぎふ)ゴライアスの家を、平民が乗っ取るようなもんだ。メチャクチャ複雑だったんだよ、俺の立場はよ……」

「何だ、そんなつまらない理由だったのかい……あたいはてっきり……。いや、別に何でもないさ……」


 そのしがらみもここでは意味をなしません。

 騎士を捨てたのですから、そろそろ考えてもいいのではないでしょうか、バーニィ。


「わかったよ、ならこっち来なよ、船なんて作ってないでさ、あの子の家に必要な物を考えようじゃないか」

「おい、何で船のこと知ってんだよ……。ああもうしょうがねぇな、この妹バカが……」


 パティアの一曲が終わると、わたしはフルートを手にそのイスの隣へとしゃがみ込みます。

 それから一緒に、わたしの記憶の中に残る古い音楽を奏でるのでした。


 魔王様が作り、わたしに奏でさせた名曲、太陽の娘を。


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