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25-4 ハチミツ入りのパンと世にも騒がしい晩餐 - 歓迎会 -

 その晩、ハチミツ入りのパンとゼリー、それに兎肉と山菜の煮込みと、新たまねぎのオニオンスープが振る舞われました。

 ほんのり甘みのあるオニオンスープに、食べ応えのある煮込みも魅力でしたが、今夜の主役はパンとゼリーです。


 その香ばしく甘い風味香るやわらかい味わいと、プルプルと揺れて舌に滑る魔王様が愛したスイーツは絶品でした。

 子供たちと女性陣の誰もが喜びはしゃぎ、男衆らもまた自分たちの運び屋仕事が誇らしいと、その厳めしい顔に感情を浮かばせていました。


 彼らの仕事は夜逃げ屋、荷物と人を密かに別の土地へと運び、新しい人生を与えるのが役割です。

 しかしこうして夜逃げ先の生活を見届けるようなことは、なかなか機会に恵まれないそうでした。


 彼らは影。移送という目的を達したら人知れずその場を離れるのが流儀だそうです。

 債権者には申し訳ありませんがね、なかなか義賊めいた優美な商売だと、わたし個人的には思うものです。


「パティア、半分食べますか?」


 楽しい宴が始まってパンが半分なくなるくらいが経ちました。

 こうやって娘をえこひいきしてしまうと、他の子たちは寂しさを抱いてしまうのかもしれません。


 わたしはパティアの父親であり、自分たちの父親代わりではないのだとその肌で。

 ですけど我慢できませんでした。


「え……ええええー……そんな、ねこたん……っ?!」


 パティアからすればハチミツ入りのパンを半分もわけるだなんて、とても信じられない蛮行だったようです。

 こんな美味しいものを貰っていいものかと、パンとわたしをゆっくりと交互に目を行き来させていました。


「もしかして、ねこたんはー……はちみつ、きらい、なのかー……?」

「そうでもありません。ですがレゥムで美味しい物をたくさん食べてきましたので、悪い気がしましてね」


「おおっ、そのはなし、パティアきょうみある! ねぇねこたん、なにたべたのー!?」 

「ビーフシチューと、海魚の干物です」


 一応補足しますと、わたしはネコヒトです。

 猫ではないのでネギで消化不良を起こすことなどありません。オニオンスープもとても美味しいです。


「うみ……? なんだそれー?」

「大陸の東端にある大きな大きな湖ですよ。水は塩味で、こちら側では考えられないほどに多種多様な魚が住んでいます」


 パティアは聞き慣れぬ単語にいつも通り首を真横にかしげて、それからわたしの説明に妄想を膨らませたようでした。

 どんな想像をしているやら、少しだけ好奇心が働いたものです。


「うみかー、そういうのも、あるんだなー。ねぇねぇねこたん、それ、こっちにはないのー?」

「一応ありますが、かなり珍しいものになるかと。実は魔界のごくごく一部の湖には、あちらの海と繋がっている場所もあるそうですよ」


 しかしどうやらこれは、パティアとエドワード氏は大陸東端には行ってないという意味にもなります。

 だからといって魔界の森に逃げ込むなんて、まったく思い切ったことをしたものです、彼は。


「へー……」

「興味がわきましたか?」


「うんっ! だってな、ちかくにあればー、パティアが、バーンッって! けっかい? にな、とじこめるのになぁー! そしたらねこたんも、だいすきな、えと、うみおさかな、たべれるのになー!」


 それはまた何とワクワクする構想でしょう。

 確かに湖を見つけて、わたしたちの手で領有してしまえば、もしかしたらあの伝説のカッツォーネや、生のアジールフィッシュを食べられる日が来るかもしれません。


「ぉぉ……ねこたんのちっぽ、ゆれてる……」

「そうですね、ではそのときはぜひぜひお願いします。あなたのおかげで、年がいもなく夢を見てしまいましたよ」


 パティアの頭を撫でて、ネコヒトはハチミツパンを小さな手へと差し出して席を立ちました。

 ちょっとお行儀が悪いですけど、パティアはパンを握ったままわたしの後ろを付いてきます。


「竪琴とフルート、今日はどっちを聞きたいですか?」

「んーー……それは、なやむなー……」


 どうやらわたしの目当てを早くも見破っていたようです。

 竪琴とフルートを置いた小さなテーブルの前に立ち、演奏用のイスへと腰掛けました。


「きめた! たてぽろろんで、おねがいしますっ! あ、しろぴよだー! しろぴよーっ、あのねーっ、ねこたんがねー、ぽろろんするってーっ!」

「ピヨヨッ、ピュィピュィッ、キュルルルルッ♪」


 すっかりここに住み着いてますねこの小鳥。

 というより、食べきったはずのパティアのハチミツパンが復活したので、それで戻ってきたのでは……。


「あ、そうだ! しろぴよ、これねこたんからもらったからー、ちょっとだけ、ちょっとだけあげる……ねこたんの、やさしさ、みならう……」

「ピュィィィーッッ♪」


 まあそういうわけで、ネコヒトさんは銀色の竪琴を手に、食堂のど真ん中に陣取りました。

 面白いもので、わたしが楽器を奏でているといつだって騒がしい席が少しずつ静まってゆきます。


「そうかー、おいしいかー♪ んへへ……しろぴよは、ちがいのわかる、ぴよぴよだなー。あ、うんちした、やったー♪」


 といっても、そのうちお構いなしに騒ぎ出すのがここの連中でした。

 上流階級の世界なら演奏家に失礼だと言い出すかもしれません。が、生憎ここにそんな流儀はありませんでした。


「新しい住民と、訳ありの長期滞在者、それと頼もしいお客人たちに、あらためて歓迎と感謝の言葉を」


 楽士ネコヒトがそう声を上げると、期待のこもった拍手をいただいてしまいました。

 あのクレイのやつまで、ニャァニャァ言いながら気の早い絶賛です。


 さあ始めましょう、人間より少ないネコヒトの指で弦を引きました。

 演奏が始まってしばらくすると彼らは少しずつ竪琴の旋律への興味を失ってゆき、再び賑やかに騒ぎ出してゆく。

 それがこの古城グラングラムでの日常であり、あるべき平和な姿でした。


 わたしの奏でる旋律が、彼らの心に安らぎと充実を与える。

 一介の楽士として、これほどまでに嬉しいことはありません。


 客人も大歓迎です。それだけ夜が賑やかになりますから。


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