25-3 ねんがんの、はちみつ! あと、たてぽろろん! - たてぽろろん -
「私も楽しみ! はちみつなんてもう何年も食べてないし、カールなんて舞い上がってさ、今日の畑仕事めちゃ張り切ってたもん。お腹すかせとかねぇと、とか言っちゃってさ!」
ジアはいつだってカールの話ばかりですね。
自覚がないのでしょうけど、そこは若さゆえに無意識に出てしまうのでしょう。
「あこがれのはちみつと、うしおねーたんの、ふわふわパンと、ゼリーが、がったい……。ぉ、ぉぉ……これはー、しゅごい、じゅるる……しゅごいことになる……。パティアにはわかる、きょうは、はちみつのひだ……」
「二人とも、そのくらいにしてくれ……さすがにプレッシャーを、感じてきた……」
材料が材料です、まずくなるはずがありません。
ハチミツの滋養も取れますし、ガルドは飛ぶことになりましたがハチミツの購入は正解でした。みんな成長期でしたから。
そこからは口をはさまずに、パン生地の準備をする彼女らをぼんやり眺めました。
軽食を求めてここに来たというのに、白猫コートを身に付けて幸せそうにパン生地をこねるパティアの姿を見ていると、空腹すら忘れてしまうようです。
「こねこね、こねこーね、こねこね……こねこねこ? ねこねこ、たんたん、あちょーっ! はいっ、いっちょ、あがりーっ!」
「あははっ、パティアってば変な歌歌わないでよ~」
「えへへー♪ こねこねねこたんの、うただぞー」
「歌だったのか、今の……」
はい、わたしにも歌には聞こえませんでしたね。
大きなパン生地を抱えたリックが不思議そうにパティアを見つめて、それからできあがった生地を綿棒で平たく伸ばしてゆきます。
言うまでもありませんが、それもバーニィが作ってくれたそうです。
パン生地が平らに延ばされてゆき、こうしてついにハチミツを混ぜるときがやってきました。
ハチミツ壺から滴る濃厚な琥珀色に、パティアの目が釘付けになったのは言うまでもありません。
「ねこたん、たいへん……。あ、あまひにほい、するっ……これがはちみつ、はちみつしゅご、はちみつ、パティアのそうぞういじょう、だった……はちみつぅぅ……」
いえ釘付けどころではありませんでした。
パン生地の目の前に張り付いて、滴る液体を下から見上げていました。
するとリックの指先が最後にその琥珀の滴りにかする。
「しまった、間違えて、手にかかってしまったようだ。せっかくだから、少し、舐めてみる……?」
「あ、ずるい……」
リックが薦めなければわたしが代わりに言っていましたよ。
わざとハチミツをくっつけた己の指を、リックはやさしくうちの娘に差し出してくれました。
「ご、ごくり……」
パティアは固まりました。
憧れのハチミツを、口に入れる心の準備がまだできていなかったんでしょうか。
煮干しを差し出された野良猫みたいに、固まって凝視していました。
「い、いいのかーっ?! そんな、パティアだけ、そんな……いいのかーっ?!」
「早く舐めてくれないと、仕事が進まない」
「えへへ、そうか、それならー、しょうがないなーっ♪ てに、ついちゃったんだしー、しょうがないよなー♪ レロォォン……」
「んっ……」
リックの人差し指と中指をパティアは飲み込み、音を立てて吸ったりむしゃぶりつきました。
驚いて手を引っ込めかけても、パティアはまるでスッポンみたいに離れません。
やがて指先から甘さを感じなくなったのでしょう、離れました。
「ぷはーっ♪ あっ、あまっ、あまぁぁぁぃぃぃっっ!!」
「良かった……うっ?!」
メープルシロップのときとあまり感想が変わりませんね……。
まるで犬っころみたいです。
まだ残ってはいないかと、パティアは再びリックの手にしがみついて、いつまでもペロペロと粘着質な蜜を舐め探していました。
「いいなぁ……私もちょっともらっていい?」
「ああ、ちょっとだぞ。こういうのは。止まらなくなるから……」
「パティア見ればそんなのわかるよ。んっ、甘い、ハチミツってこんなに甘かったっけ、ん……もうちょっとだけ……」
言ってるそばからジアは止まらなくなったようで、ハチミツ壺に別の指を突っ込んでいました。
それに釣られてパティアも指を押し込んだのは言うまでもありません。
「ねこたんっ、ねこたんもなめるかーっ?!」
「いえわたしは」
「あのなっあのなっ、めぷーるしろっぷよりなっ、あまぁぁぁい! なんじゃこりゃぁぁーっ! こんなの、こんなのしったら、パティアは、ぁぁぁぁぁぁ……。パティア、ハチさんに、なりたいです……」
「何を言ってるのやら。わたしは別に甘党ではありませんし、直接舐めるのは遠慮しておきますよ」
残念ながら養蜂のノウハウはわたしたちにありません。
ですが花畑を作るなら面白そうな試みではありますか。
「そうかー。あっ、ねこたんは、おさかなのほうがすきかー?」
「はい。今度一緒に釣りに行きましょう。あなた手作りの薫製をまたお願いしますね」
「待ってくれ……それは見ているだけで危なっかしいから、オレからは賛成できない……」
「だいじょうぶだぞー、パティアをしんじて、まかせて! おお、そうだったー、はちみつパン、つくろー! あとゼリーもなー! はちみつあじの、あまーいパン、はやくたべてみたい……んっ、じゅるるるぅ……」
とても軽食を用意してくれとは言えない雰囲気です。森で済ませますか……。
「教官、もう行くのか?」
「ええ、わたしこの手ですから、パン作りにはまるで向いていません」
「んー、そかなー? ねこたんのけ、はいったパンかー……クーなら、よろこぶぞー」
「そうかも。なんかさ、やさしいけど、変わってるよねあのお姉さん……」
残念わたしは正常ですので、自分の毛を人に食べさせたいとは思いませんね。
ところで厨房にはパティアのウサギリュックがありました。
「パティア、書を少し借りていきますね」
「いいよ、どこいく?」
「狩りです。今は客人が来ていますからね、食料もそれなりに確保しませんと」
今回は結界の外で大物を狙いましょう。
中での狩りはリックやジョグ、おとなしくしていてほしいですがパティアでもできますから。
「しばらく滞在するそうだからな、ぜひそうしてくれ。肉がないとみんな悲しむ」
「ねこたんはなー、おにくあつめる、てんさいだからなー。そっちは、まかせたぜ……」
ハチミツに夢中になるパティアを見れただけで幸運でした。
いまだに、だぜだぜブームは冷めないようですね。
そんなパティアの肩をそっと叩いて、わたしはナコトの書と共に狩りへと出かけました。
ハチミツ、奮発してたくさん買ってきて良かったです。
ここまで運んでくれた男衆の方々にはお肉で感謝しませんと。




