25-3 ねんがんの、はちみつ! あと、たてぽろろん! - はちみつ -
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帰ってきたその日は時間も時間でした。
ですので物資を城に搬入するだけで手一杯で、作業が終わった頃には太陽も魔界の暗雲に飲み込まれていました。
東の空には深い宵の闇色、西半分は燐光する紫色が浮かび、厨房の方からは慌ただしく客人のもてなしに奔走する騒ぎが聞こえたものです。
迷宮で稼いだ資金で、各種調味料や、栄養価の高い食品を買い込めたのはとても大きい。
少しばかしせっぱ詰まった食糧事情にいくらかのゆとりが生まれました。
それも収穫期までの我慢でしたが、これならひもじい思いをしなくて済むかもしれません。
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さて翌日になると、新しい人員と男衆たちに仕事を割り振りました。
元逃亡兵のパウルには護衛をかねての畑仕事、その妻のアンには城1階の空き部屋を割り振って、早速ですけど彫金師としての働きを見せてもらうことにしました。
隠れ里ニャニッシュは密輸の中継地点です。
ヘンリー・グスタフ男爵との取引のために、持ち込んだ銀と、プリズンベリルを組み合わせたサンプルを用意しておきたいところでした。
宝石というのはガルドやアケロンよりも信用における財産です。
その財産を宝飾に加工することにより、金持ちや女が好む芸術品へと形を変えることができます。
財産であり芸術品でもあるプリズンベリルの指輪はより高く売れることでしょう。
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「その仕事だけど、良ければこれからはボクたちに任せてはくれないかい?」
「僕からもお願いします。男爵様はエレクトラムさんに会いたがってますけど、何でもかんでも外の仕事を押し付けるのも……その、それってだって、僕らの居場所がないですよ!」
タルトが来たということは、ニャニッシュでの取引のために男爵に連絡を入れなければなりません。
そこで今回はわたしではなく、ラブレー少年と馬の扱いが巧みな騎士アルストロメリアに任せることにしました。
「そこまで言うならお任せしましょう。ですがキシリールへの言い訳を代わりに考えておいて下さいよ」
「え、あの騎士さんですか……?」
「ああ、そのまま伝えたら一緒に来るとか言い出しそうだね。体調が優れないから部屋で寝ている、とでも言ってごまかしておいてくれ」
姫君が危険を冒してまでやることじゃありません。
しかし自発的に彼らがやりたいと言うのですから、今回は信じて任せることにしました。
「まあいいでしょう。いつ行きますか?」
「明日の朝一番さ。これが冒険心かな、なんだかワクワクしてきたよ」
仕方ありません。
わたしが外部とのやり取り全てを受け持てば、わたしは疲れ果ててしまいます。
これでもお爺ちゃんですから、今回の遠征で消費した魔力を回復させなければなりませんでした。
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男衆には畑仕事の手伝いをお願いしました。
明日からはバーニィの下について、二軒目の家を建ててくれるそうです。
彼らが滞在しているうちに、バリケードの補修、伐採、建築、切り株や石の除去等の土地整備などなど、大人の男だからこそできる力仕事をお願いしたいところです。
パティアの術が結界の外側半径2割を飲み込んだということは、それだけ伐採を進めても森の恵みとの調和が取れるということでもあります。
パウル夫妻とキシリールも来たところですし、バリケードの外側へともう少し里を広げたいところでした。
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こうしてわたしが二度寝から目覚めると、もう昼過ぎ。
キシリールもお願いした山菜集めから帰って来て、食堂で休憩をかねた昼食を食べて、共に仕事をしたジョグと親しげに言葉を交わしておりました。
「それで子供らがよぉ、おいらのために、なけなしのドングリをなぁ……」
「良い話だ……ですが貴方も立派です。本来敵である人間の子供をここまで思いやれるなんて、なかなかできることじゃない」
見た目はさておきジョグは素朴な人柄をしていますから、性格的に真面目なキシリールと合うのかもしれませんね。
その食堂を素通りして、半分寝ぼけたネコヒトさんが今さら昼食を求めて厨房に立ち寄ります。
するとそこに落ち着きのないパティアの姿があったのでした。
「ねこたんっ、いいところにきたっ、たいへんっ、たいへんだ! パティア、だいじなことー、おもいだした! はちみつっ、はちみつっ、はちみつパティアっ、たべてないー!!」
「今の今まで忘れてたのですか」
てっきりもうつまみ食いしていたのかと思っていました。
ところが山菜集めが終わり、食堂に戻って食事を済ませたところで思い出したのでしょうか。
「だって、アンちゃんにー、ぱうちゃん、キッシリもな、きたからなー。うん、パティア、ほけぇぇぇ……って、わすれちゃってたなー……」
「で、今はリックの邪魔をしていると」
今は昼食の後です。手伝いの女の子もジアが残っているだけでした。
ジアがいればリック無しでも厨房がまかなえるほどに、彼女は仕事を覚えてくれているそうですよ。
「邪魔なわけ、ない」
「へへへー、きいたか、ねこたん? パティアはな、うしおねーたんのー、おきにいり、なんだぞー。ふたりはな、あいしてあっているのだ……」
牛の角のある褐色肌の女性は、照れくさそうにパティアから目線をそらしました。
本当にうちの娘は女性にモテますね……。
「大げさだよパティア、リセリとジョグさんじゃないんだから」
「おお……リセリとジョグかー。さすがに、パティアとうしおねーたんも、まけるなー」
そこは強引に同居をさせて正解でした。
微笑ましいほどにリセリの笑顔が増え、ジョグもこれまで以上にリセリを気にかけているようです。
誰から見たって、リセリとジョグはこの里一番の幸せ者に見えましたよ。思い出すだけで笑ってしまいます。
「教官。これからハチミツを使った、パンを焼こうと思う」
「そう! そうなのっ、だからたいへん、たいへんなのねこたーんっ!」
「それと、タルトたちも来ているから、はちみつ入りのゼリーも、作ろうかと……。ゼラチン、せっかくたくさんあるんだ、使わなきゃ損だ……」
「そう、そうなの! だからなー、これなー、んっじゅるる……。たいへん、たいへんなんだぞーっ、ねこたーんっ、たいへんなの!」
「はい、わかりました。わかりましたから厨房でよだれをたらすのは止めましょうね、パティア」
どうしてこんなにゆるいのでしょうね。
リックが汚れていない布巾を使って、パティアの口を拭ってくれました。
少しずつ女性らしさを増してゆく弟子の姿に、なんだかわたしも嬉しくなってきますよ。




