25-1 けして魔族を救うことのない史上最低のクズ
前章のあらすじ
花と作物の種、開拓に必要な道具類、それからハチミツとパティアの父エドワードの足跡を求めて、ネコヒトは再び人間の領土、レゥムの町に向かった。
その道中、夜の森で野宿をしていた冒険者から、パナギウムのサラサール新王が軍備の増強を進めていることを知る。
また影から兵士や冒険者たちの会話に加わり過ぎたせいで、いつの間にかネコヒトは魔界の森の妖精さんとして、なぜか親しみ畏れられてもいた。
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レゥムの町に到着すると、ネコヒトは夜逃げ屋タルトを頼る。
そこで彼女に大量のプリズンベリルなどを支払い、物資の調達依頼をすると同時に、レゥム闇社会のマダムと、ホルルト司祭への会見の場を求めた。
その後タルトの協力によりホルルトとマダムに接触すると、ネコヒトは彼らに頼んでいた情報収集の結果を受け取った。
・パティアの父エドワード氏はエル・リアナ法国、封印省の出身。1ヶ月後に本国より調査員が現れる
・魔王の遺品の所在。七色のブローチと、逆十字が東の自由都市国家にある聖王の末裔を名乗る家が保管している
・アサシンギルドにエドワード氏暗殺と、パティアの誘拐依頼が下っていた
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ホルルトとマダムはこの件により強い興味を覚えたことをネコヒトに告げ、さらなる調査協力を約束してくれた。
会見が終わるとホルルト司祭が隠れ家にキシリールを呼ぶ。
なんと予想外にもホルルトは彼の隠れ里への派遣の許可を求め、やむなくネコヒトはこれに応じることになった。
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それからネコヒトとタルトは聖堂区の花屋に向かった。
花屋の明るい店主ヘザーはタルトと花売りリセリの知り合い。好奇心の強い彼女にフードの中をのぞかれる事件もあったものの、取引が成立して花の種、園芸道具を調達する。
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取引を終えて骨董屋に戻ると、今度は夜逃げ屋タルトよりある夫婦を紹介された。
逃亡兵のパウルと彫金職人のアンだ。彼らは北のベルン王国より駆け落ちしてきた身。その二人を隠れ里に受け入れることをネコヒトは誓い、翌日レゥムの街を出立した。
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一方、隠れ里ではリセリとジョグの新居が完成してた。
バーニィの強引な押しにより、ジョグはリセリと共にそこで暮らすことに応じる。
ジョグの方からリセリと一緒に暮らしたいと願い、2人の関係が一気に進展していった。
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その翌日、ネコヒトとタルト、パウル夫妻、キシリールが隠れ里に到着する。
パティアの歓迎を受けて、それからすぐにバーニィとキシリールが再会した。
キシリールがパナギウムを離れることになった理由、それはサラサール新王に逆らったせい。
彼は己の地位を捨てて、最低の悪王からある男爵令嬢を救い出し、レゥムのホルルト司祭を頼った。
バーニィはそんな彼に、盗みたかったから金を盗んだという本心を告げて、騎士団では得られなかった、自分なりの正義を大工のかなづちで語るのだった。
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隠れ里の春
菜の花とハチミツとパン それと花園の始まり
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25-1 けして魔族を救うことのない史上最低のクズ
・魔界の嫌われ者
今よりおよそひと月前――
ニュクスの命令により、俺は魔界深部よりさらに西の果てを目指し、瘴気の領域を抜けることになった。
本当にあるかもわからないお宝を求めて、特注の装備を脱げば瘴気に冒され死に至る世界を、俺は今日まで西へ西へと歩き続けてきたわけだ。
なかなか歯ごたえのある旅だったよ。
まるでその先に封じられた者を守るかのように、見たことのねぇ奇形の怪物どもが俺の道を阻んだ。
腕、足、目、頭の数、肌の色、全てがここじゃ狂ってるらしい。
いや……もしかしたらコイツら、元々は魔族かなにかだったのかもしれねぇな……。
とにかくよ、俺と戦おうとしなかったあのクソネコよりは、ぶち殺す歯ごたえはあったぜ。
そこは滅びた街や村落、枯れた川、荒れ果てた大地に砂塵が舞う居心地最低の世界だったけどよ。
ま、そうこうして俺はニュクスに命じられた禁忌の地の中枢にたどり着いた。
ソイツは滅びた都だ。紫水晶みてぇに結晶化した街が、文明の終わりを告げる墓標みてぇに立ち並んでる。
その王宮に入り込み、王の寝所に隠された秘密の地下祭壇へと下った。
いきなり話それるがよ、俺は魔王のいない世界に生まれた。
本来の魔族は魔王を絶対の主と崇め、謀反などよっぽどのことがなきゃ誰も起こさない生き物だったそうだぜ。
俺にはわからん嘘みてぇな世界だが、それがちょいとだけあのクソ猫が羨ましくもあった。
己の命すら、全てを捧げられる主君がもし存在したら、それだけ戦いがいもあってよ、殺し合いが楽しかったんだろうなってよ……。
「去れ、ここは偉大なる神の――」
「知ってるよ、おら死ねや!!」
番人がいたよ。高位のアンデッドであり魔術師であるリッチってやつだ。
ソイツを俺は力ずくでねじ伏せ、爆裂魔法の術で吹き飛ばした。
不死身だろうとバラバラにふっ飛ばしちまえば大した驚異じゃねぇ。
んで、祭壇の奥には、幻のように透ける赤い鎖が道をふさいでいた。
「……けっ、脆ぇ、はるばる旅してきたってのに、こんなもんか、太古の封印ってやつはよ」
ソイツをクレイモアで一撃のもとに叩き壊した。
満足できる手応えじゃねぇ、薄氷みてぇに脆すぎた。ああ、つまらねぇ……。
で、祭壇の一番奥に、大粒の紫水晶の破片が転がっていたよ。
いや、そんなかわいいものじゃねぇそうだけどな。ニュクスは邪水晶だとか言ってたっけ……。
そいつに手を延ばしかけたところで、俺はあの野郎の忠告を思い出して腕を引っ込めた。
「けっ……そうだった、こいつを使えとか、言われてたっけな……めんどくせ」
クレイモアの切っ先で、ニュクスから与えられた封印の筐へと、正体不明の石を納める。
何でもよ、封印なんたらとかいう、人間の組織から奪ったものだそうだ。
とにかくこれでようやく肩の荷が下りる、俺はふたを手にして封印の筐を閉じた。
いや、閉じようとしたんだけどな、声がしたんだ、その筐の中からよ……。
『遠路遙々ご苦労、肉を持った我が亜種よ……』
何も聞かなかったことにして筐を閉じることにした。
ニュクスにもそう言われてる。
「誰の命令かなど知らぬ。取引をしないか亜種、デーモン族よ」
ムカつく野郎だ、魔界で最も優れたデーモン種を亜種呼ばわりするんだからな。
それが向こうの狙いか、いや素だったのかもしれねぇが俺は手を止めていた。
「俺の名はミゴー、殺戮派に属する、嫌われ者のミゴーだ。ニュクスの旦那からは、テメェに話かけられても、答えずに無視しろって言われてるぜ」
『惜しいな。それだけの強い肉体を持ちながら、下郎のごとく雇われ仕事をする貴様の姿が実に惜しい』
低い声だ。聞いているだけでゾワゾワと、全身に虫が這い回るかのような悪寒を抱く、気持ち悪りぃ声だった。
「んだとテメェ……わかったような口きくんじゃねぇよ。ニュクスに会ってから同じこと言ってみな、その気も無くすぜ。ありゃ何かの間違いで生まれたよ、嘘偽りねぇ怪物だ……」
『ミゴー、貴様に力をやろう……。そのニュクスとやらを超越する強い力を……。簡単なことだぞ、水晶に触れてみろミゴー、それだけで望みが叶う』
「はっ、テメェ……噂通りのクソ野郎だな……」
んな誘いに俺が乗るわけがねぇ。
コイツは俺をバカな魔族の一人だと見下している。その性根が気に入らねぇ……。
『ク、ククク……知らぬというのは恐ろしいな。何者に暴言を吐いているのか、知らぬ貴様が哀れだぞ。さあ聞け、貴方様は一体何者でございますか、と』
何言ってんだコイツ……。
どこまで不遜な野郎だ、頭おかしいだろ、自分のことを貴方様だとよ。笑えねぇ冗談だせ……。
『さあミゴー……』
「なるほどな、これじゃカリスマ性の欠片もねぇ……」
『何だと……貴様……』
「わりぃなクソ野郎、こっちはテメェの正体をはなから知ってて言ってんだ、世界から忘れられた哀れな敗北者、邪神様よぉ……」
あのひょうひょうと我を見せねぇクソネコが、俺の一応の師匠が強烈な憎悪を向ける最低の存在。
肉体を持たねぇ、神のような邪悪な何か、ソイツの断片が今俺の目の前にいる……。
『クッ、クククッ……そうか、その胆力、ますます気に入ったぞ。さあ、ならば触れろ、亜種よ、偉大なる主人の命令だ……』
「バァァ~カ、俺の話聞いてねーだろおめぇ、全部知ってるって言っただろが。てめぇは肉体を持たない、もし宿れば、宿った肉体がすぐに壊れちまうからだ」
邪神――いやその断片は言葉を失った。
内心はブチ切れてるのかもな、それかどうも望み通りにならなくて焦っているか。
「死ぬとわかって、誰がテメェなんか宿すかよクズ野郎。魔王が消えた時点で、テメェは敗者だ、誰もテメェの器になれねぇんだからな、今やテメェは亡霊も同じだ! 時代はもうお前なんてお呼びじゃねぇんだよ!」
『貴様……よほどの愚者らしいな……。貴様は自分の立場を理解していないぞ。聞け、我は、貴様の主人、貴様らの神、邪神だぞ!! 我が亜種ならば、本能に従い畏れ崇めろ!!』
俺はこんな物体のために、こんな世界の果てまで旅をしてきたのか……。
いくらニュクスの願いとはいえよ、最悪過ぎてやる気無くすぜ……。
「だからなんだよバーカッ! ある性格最低のネコヒトが言ってたぜ、てめぇさえ出しゃばらなければ、俺たち魔族はまだ優勢でいられた、テメェが余計なことしたせいで、魔族を束ねるはずの王が消え、魔界の停滞と人間の繁栄を招いたってなぁっ!!」
そいつは正論だったんだろうな、邪神様は絶句して黙り込んだ。
あのクソネコが俺に漏らしたグチがこんな時に役立つとはな。なるほど、コイツは確かに最低のクズ野郎だ……。
『貴様、神を愚弄する気かッ! 畏れよ、我は破滅をもたらす絶対なる者、邪神様だぞ! その暴言、必ず後悔させてやるぞ!!』
「はっ、ケツの穴のちいせぇ野郎だ。取引がしたいならニュクスに言いな、俺はテメェとニュクスがもたらす、戦乱の時代に身を置きたいだけだ。兵士が、兵士としてあれる、最高の時代を俺に見せろやっ!!」
俺は反論が来る前にふたを閉じて話を打ち切りにしてやった。
ああ、ムカつく、なんてムカつく野郎だ、これが魔族の神? バカ言え、カリスマも何もねぇただの三下じゃねぇかッ、クソがッ!
「こんなのが欲しいなんてよ、ニュクスの野郎も趣味が悪いにもほどがあるぜ……。ぁぁ、急いで帰らねぇとな……。じゃねぇと、楽しいパーティに乗り遅れちまう」
俺は邪神を封じた筐を手に、殺戮派の都ラクリモサへの残りの旅を再開した。
パーティだ、これからパーティが始まる。そう思えば邪神との2人旅も悪いものじゃなかった。




