24-10 バーニィの年貢の納め時 - とんでもない大馬鹿者 -
・バーニィ
どうしてこうなった……。
昨日はリセリとジョグの家も完成して、2人の背中も押してやったっていうのによ、なんで俺のところに不幸が舞い込んでくるんだ……。
ネコヒトめ、タルトめ、こうりゃどういうことだ……。
なんでキシリールがこの場所にいるんだよぉ?!
「バーニィ先輩……どうか真実を教えて下さい。本当に、貴方は国を裏切って……いたのですか……?」
「ハハハハハ……きっつい質問だわ……」
さあどうする俺。完全に追いつめられたぞ。
もしキシリールが帰国して、騎士団に本当のことを伝えたら……いや、何でもねぇか。
パティアとネコヒトの結界は誰一人部外者を通さねぇ、ビビる必要なんてねぇ。
「教えて下さい、本当なんですか……?」
「ああ、そうだ」
もう開き直るしかねぇな。
キシリールに失望されるのはさすがに、胸が痛ぇがよ、もうしょうがねぇ……。
「そんな……」
「俺は騎士の仕事が嫌になって金盗んで逃げた。俺は元々平民だ。だから嫌になったんだよ、平民を省みない貴族社会も、何もしようとしない王家の連中も、サラサールみたいなクズ野郎の、尻拭いをしなきゃいけない騎士の情けなさにな!」
俺はそうしたいと思った。
国と騎士団を裏切って、義父の名誉を汚してまで、そうしたいと思ったんだからしょうがねぇ。
「わかります」
「そうだろ、失望しただろ、これが俺の本性――ちょい待ちっ、わかるってなんじゃそりゃぁぁっっ?!!」
驚きのあまりキシリールの顔をとうとう直視しちまったんだがよ、そこにあるのは共感だった。
まさか俺、知らんうちにこいつに悪い影響を与えて……いやなんじゃこりゃぁこの反応?!
「聞いて下さいバーニィ先輩。私は騎士に恥じぬ行いをしました」
「そりゃ……そりゃぁどういう意味だ。ていうかキシリール、お前さんなんでここにいる……お前、何があったんだ!?」
「はい。それが……ある男爵令嬢に、サラサールが目を付けました」
●◎(ΦωΦ)◎●
そりゃ最低だ。思考よりも先に怒りが俺の心をムカつかせた。
キシリールは話してくれたよ、あいつの身に起きた最低の事件を。
「つい10日前、宰相の護衛として王家の離宮に詰めていた時のことです。突然悲鳴が離宮に響き渡りました」
正騎士の仕事は下級騎士の俺とはちょいと異なる。
俺たちはモンスターや賊の討伐、練兵の手伝いが多いが、正騎士階級は国内貴族や有力者の要請を受けて護衛任務を行ったり、貴人に常に付き従って剣となるような仕事が多かった。
「悲鳴の発生源は奥の寝所。私は主君の窮地かと思い、掟を破って駆けつけました。ところがそこにあったのはサラサールの姿と、全身にやつの歯形が刻まれた、涙する令嬢の哀れな姿でした……」
サラサールのクソ野郎は言ったそうだ。
俺は誰だ? そうだ、俺は王だ。
位を失いたくなければすぐにここから出て行け。黙っている限り、王はけしてお前に悪い思いはさせない。これは出世するチャンスだぞ。
「これは裏切りです……貴方を信じている国内諸侯への、裏切りです!」
貴族の仲では比較的位の低い、男爵令嬢だったそうだ。
貴族っていうのはよ、小さな王みたいなもんだ。
位が低かろうと、パナギウムの王族が暴虐を働いて良い相手じゃなかった。
だがサラサールは言ったそうだ。
だからといって、王に逆らうほどお前もバカではないだろう。
その勲章、正騎士か。地位を失えば貧しい生活が待っているぞ。
「サラサール王、私は騎士です! 涙する女性を見捨てることなどできません! 失礼を!」
そういうわけでよ、キシリールは令嬢を離宮の外へと連れ出して、彼女の実家に連れ帰ったんだとよ。
感謝する男爵に令嬢の海外留学を薦めて、キシリール本人はその後自宅には戻らず、馬1頭と手持ちの路銀だけを頼りにして、レゥムのホルルト司祭に身を寄せた。
「司祭がダメなら、以前バーニィ先輩が言っていた夜逃げ屋タルトを頼るつもりでした」
で、そこにネコヒトっていう都合のいい案内人が現れちまったってわけだ。
●◎(ΦωΦ)◎●
「おいおい……そりゃ無茶したな。堅物のお前さんらしくもない」
「そうですね。でも、私は正義を果たしただけです。悔いは確かにありました、ですがここでバーニィ先輩の顔を見たら、もう全てどうでも良くなりました」
普通よ、現国王から女を奪って逃げるか?
そりゃ王に罪があったとしてもよ、んなことするかよ、俺はしねぇ、無謀過ぎる。
「私は間違っていません。正しいことをしました。あんな最低の王に尽くすなんて、もう私はごめんです!」
「お前さん、よく無事だったな……」
「北部国境地帯を抜けました。以前エレクトラムさんが言っていたルートです」
「あのネコ、普段そんな無茶なルート使ってんのかよ……。ま、とにかくお前さんが無事で良かったよ」
しかしなんだ、コイツも今じゃ俺と同じ逃亡者か。
俺のことを軽蔑してもいねぇみてぇだし、なんだ良かったわ。いや良かねぇけどよ、良かったわ無事でよ。
「そうか。もしよかったら俺が作った家ん中、見てみるか?」
「えっ……まさかこの家、バーニィ先輩が作ったのですか?!」
「おうそうだぜ。俺は元々大工の息子だったって言っただろ、お前さんだけにはよ」
「そういえば言っていましたね……」
もう人んちだがまあいいだろ、俺はここの大工だしな。
キシリールを連れて家に入って内装を見せてやる。
といってもまだ家具も十分じゃねぇ、特にリビングは家具がないと広すぎたくらいだ。
木の匂いがしたよ。新築の匂いってやつさ。
リセリとジョグの生活の匂いもした。どうも別々のベッドで寝てるようだな。
「凄い……素人の仕事じゃないですよ、本物の大工みたいです!」
「そんなにおだてるなって。ガキの頃教わったことをよ、どうにか思い出しては、つぎはぎしてるだけだ」
「ですが丁寧で、熱意を感じます」
「実家の親父が見たら、修行が足りねぇって怒るだろうよ」
見せる物は見せたことだ、俺とキシリールは家を出た。
それからネコヒトたちを追って古城に向かって歩き出す。思うところもあるんだろう、キシリールは黙り込んじまった。
「キシリール、アレが俺の正義だ。ただ黙々とかなづち振り回すだけで良かったんだよ。そうするとよ、ここのみんなが喜んでくれてよ、それが俺の正義になるんだよ」
大工の息子は大工だったってことだな。
並んで歩くキシリールの横顔をのぞくと、サラサールとのことを吐き出してやっとスッキリしたのか、今は落ち着いている。
「俺は、悪いがよキシリール、俺は2000万ガルドを盗んだことを、これっぽっちも恥ずかしいとは思ったことはねぇ! 民を省みないで自分のことばかりに金を使う連中から、金を取り戻しただけだ!」
ソイツが立ち止まった。
どうしたのかと後ろを振り返ると、キシリールはいつもの誠実な堅物に戻っていた。
「信じていました。バーニィ先輩はどんなときも、正義を失ったりしないと。先輩、どうかほとぼりが冷めるまで私をご指導下さい。あなたはやっぱり、私の尊敬する先輩、バーニィ・ゴライアスです」
「お前さんはよ、キシキシじゃなくて、キシバカだな。お前さんみたいなバカ真っ直ぐな騎士様は、他に見たことがねぇよ」
俺は2000万ガルドを盗んだ。だがキシリールには負けるわ。
王の目の前から女を盗んで逃げたコイツは、俺以上のとんでもない大バカだ。
キシリールのやつも、来るべきしてこの里にやってきた。
ただそれだけのことだったみてぇだ。




