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24-9 帰路と幸せ者の家

 もし前置きするならばそれは、理屈の通った不思議です。

 わたしがあれだけの財宝を運んできたというのに、それがたった一晩で現在は融けてなくなっていました。


 全てはタルトらの手腕でした。

 金目の物は全て各種物資へと変換され、一馬立ての荷馬車が2、荷台が8のちょっとしたキャラバンに姿を変えていたのです。


 取引というのはあまりに規模が大きくなり過ぎると、常人の感性では実感がわかなくなるようです。

 タルトはわたしたちとの取引を帳簿に残してくれていまして、今回の取引もしっかりとそこに記録されていました。


 キャットベル商会とタルト骨董店は今回も明朗会計、主に農具や工具、銀とハチミツの取引で、それはもう、背筋凍るほどのお金が消えています。

 なにせ隠れ里はまだまだこれからという状況、その底無しの胃袋は際限なく富を飲み込んでゆくのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 さてわたしたちは予定通り滞在二日目にレゥムの町を出発しました。

 ネコヒトと夜逃げ屋一行はギガスラインの向こう側の森で落ち合って、隠れ里ニャニッシュへの旅を始めたのです。


 わたしが斥候として先行しては後続と合流する、いつもの旅路です。

 しかし今回は馬車を連れているため、平坦なルートを選ぶ必要もありました。


「はて、この馬、どこかで見覚えがあるような……」

「私の馬です。しばらくタルトさんたちに預かってもらうことにしました」


「ああ、思い出しました、あの時はあなたにもお世話になりましたね」


 ハルシオン姫の囚われたイブリーズ監獄まで、この馬の背を借りたのでした。

 その後、ほぼ全裸の主人を背に乗せているのを見たきりです。


「里で預かってやったらどうだい? 大事な馬みたいじゃないか」

「いえ残念ですが里で管理するには飼い葉が足りません。すみませんが秋頃までは我慢されて下さい」


 毛並みは薄い栗毛です。それが森の木漏れ日にキラキラと淡く輝く姿は美しい。

 性別は牡馬、ピッコロさんより大柄で荷馬車を引く動きにパワーがありました。


「気にしないでくれ。それにタルトさんの仕事を手伝えるなら、この子も誇りに思うだろう」

「そうですか。ではそろそろまた斥候に」


「しかし色々とこれは納得だよ。あのとき君たちは、こうやって蒼化病の子供たちを守りながら隔離病棟から連れ去ったのか」

「全くだよ。アンタはこの魔界の森じゃ、世界最高のガイドさね」


 斥候、潜入、奇襲、妨害工作などがわたしの魔軍での主な任務でした。

 ただ当たり前のことをしているだけですのに、誉められてしまいましたよ。


「ではその賞賛に恥じぬ働きをしませんと。パウルとアンさんを任せましたよ、キシリール」

「ああ、こっちの護衛は任せておいてくれ。しかしこんなに頼もしい斥候は初めてだ、安心感が違うよ。もし人間だったら騎士団に紹介していたところだ。……いや、今はそうもいかないんだった」


 隠れ里への旅は積み荷の重量と馬車の通れる迂回路を選んだこともあって、全部で2日と半分の旅路となったのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



・バーニィ


 これはネコヒトのやつが里に帰ってくるその前日の話だ。

 後で文句言われたらカッコ悪いしな、入念な確認作業を終わらせると、ついにリセリとジョグの新居が完成した。


「うしっ、これで完成だ」


 今日までラブレーとカールががんばってくれた。

 細かけぇ俺がOKを出すと、2人とも子供らしい明るい声を上げて歓喜してくれたよ。


「やりましたね、バーニィさん! 僕の小屋なんて目じゃありませんっ、凄い、本物の大工さんが作ったみたいです!」

「おーそうかそうか、よしよしっ、んじゃひとっ走り頼むぜ! リセリとジョグをここに連れてきてくれラブ公」


 ラブ公が犬ではなくイヌヒトなのはわかってんだが、どうもテンション上がるとコイツの頭をワシャワシャとしちまう。

 すると犬っコロがクゥンと高い鳴き声を上げて尻尾を振るもんだから、んま、癖が直るわけねぇわな。


「おっさんはさ~、これでスケベじゃなかったら最高なのになー」

「おいおいカール、男がスケベで何が悪いよ。もっと自分に正直になろうぜ、ジアとはどうなんだ、んー?」


 ラブレーは足が速い、すぐに視界から遠のいて畑の向こうに行っちまった。

 こりゃそんなに待たなくても済みそうだな。


「おっさん何か勘違いしてねーか? つーか見るだけでわかるじゃんよ、俺たちすげぇ仲悪いぞ」

「そうかぁ? マジで仲悪いならそもそも一緒にいねーだろ」


「アイツが勝手に付きまとってくるんだよ!」

「はははっ、そうかそうか、男の子だねぇ……」


 カールは俺に遠慮しなくなった。

 良い傾向だと思う。俺たちはこの崖っぷちの土地で暮らす仲間だからな。


「ちげーってのっ!」

「いやいや、何だかんだ好きなんだろ、ジアのやつがよ」


「ぜってー無い!」


 しばらくカールをいじって暇をつぶした。

 ま、あんまりイジメ過ぎると関係がこじれるかもしれねぇし、ほどほどにしとくかね。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 しばらく待つと、ラブ公がリセリとジョグを連れてきてくれた。

 いきなり余談だがよ、まさかこの翌日にタルトが里に現れるとはよ、俺もこの時は思いもしなかったけどな。


「おお……こりゃ、スゲェべ……。やるでねぇかバーニィ、こんなに立派になるとはおらも思ってなかったべ! はぁぁぁ……この家に住む人はよ、幸せ者だべなぁ……」


 ジョグはいいやつだ、俺の作った新築を惚れ惚れと見上げてくれたよ。

 そうだともよ。自画自賛だがなかなか味わい深い仕上がりだと思うぜ俺も。


 オーク材を中心にした白っぽい木目の建物に、ぴったりと見晴らし台が併設されている。

 2人で暮らすにはちょっとばかし豪華すぎるかもしれんな。やり過ぎたが後悔はねぇ。


「そ、そうだね……。幸せ、幸せに、なれるといいな……私たち……」


 リセリはちょいとかすれた声でボソボソとつぶやいた。

 かわいいねぇ、小柄な体をさらに小さくして、蒼いその頬を恥じらいに染めていたよ。


「ありがとよ、お前さんに言われるとなかなか嬉しいもんだぜ。がんばったかいがあったってもんだ」

「おらも手伝ってて楽しかったべ。いいなぁ……こうやって、子供たちに自分の居場所さ、作ってやれたらよぉ……ようやくみんな救われる気がするべ」


 リセリちゃんからジョグの鈍感野郎に言うのかなと、ちょいと様子を見た。

 カールとラブ公も口をはさむのも無粋と思ったのか、遠巻きに受取人の2人を見るばかりだ。


 いや、カールは嬉しそうだったよ。

 ジョグとリセリ、どっちにも世話になってただろうからな。しかし、こりゃらちがあかねぇ……。


「おいジョグ、何、他人事みてぇに言ってんだ?」

「他人事……何の話だべ?」

「っ……」


 純情なリセリちゃんの代わりに言うぜ。

 ま、元々はネコヒトが考えついた計画でもある、ネコヒトの代わりにも言う。


「いいかジョグ、よく聞け」

「お、おう、何だべ……?」


「コイツはお前さんの家だ」

「ッ……そ、そうなの、ジョグさん……わ、私たちの……」


 リセリちゃんよ、そんな小声じゃ伝わんないぜ。

 ああもうかわいいな、ますますおっさんが力になってやらなきゃいけない気分になってくるぜ。


「えっ、これっ……おらの家だべかっ!?」

「おう、半分お前ので、もう半分はリセリの家だ。ってことでよ、今日からリセリと一緒にここで暮らしてもらうからな。さあ引っ越しだ!」


 そのおっさんが親切心を働かせるほどに、リセリちゃんは縮こまってついにはしゃがみ込んじまったみてぇだな。

 まあいいだろ、この2人を待ってたら日が暮れちまう。


「な、何いってるべっ、そんなの、いきなり過ぎるべよっ?!」

「ジョグさん……私、ジョグさんと……」


 だからよく聞こえないってリセリちゃん。

 というか地面に向かって小声で話しても届かないってのよ……。


「ネコヒトの決めた計画だ、お前らに南側の見張りを頼みたいんだとよ。そういうことだ、幸せ者になるのは、お前さんとリセリだったってわけだ」

「これ、おらたちの家だべか……」


「おうそうだ、ガキどもが遊びに来ても困らんよう広く作っておいたぜ。いつまでも城で集団生活ってわけにはいかねぇだろ、定住するには自分の家が必要だ」


 安全性だけ見ると城が一番なんだがな。

 ただあそこは広すぎるしプライベートもなにもねぇ、帰るべき個人の居場所が必要だろ。


「だ、だけどよぉ……」

「ただお前らにこの家の管理をしてもらいたいだけだって。これまでとあんま変わんねぇよ、生活の中心はこれまで通りあの城にあるんだからよ」


 ジョグは喜びながらも戸惑っているみたいだった。

 しかしリセリの方はネガティブだな、万一ジョグに拒絶されたらどうしようと、徐々に不安を顔に浮かばせていった。


 悲観的な考え方が染み付いてるやつの顔だよ。


「おいジョグ、隣見てみろ、お前さんに拒まれんじゃないかって怯えてる。この状況で、家はいらないなんて、無粋過ぎて白けるこたぁ言わないよなジョグよ?」

「ッッ……ジョグさん……私……っ」


 リセリの聴力は鋭い。猪男にだけ耳打ちしたところで聞こえちまう。

 それでも俺はあえてジョグにそうささやいてやった。


「おめぇら最初からこういう腹だったんべか……。やってくれたべよ……」

「まあこれは俺からの……お兄さんからの忠告だ。若いうちは正直になれんもんだが、ここは正直になっとけ、後で絶対に後悔するぜ。あんときもっと誠実になれば良かった。逃げなきゃ良かった、ってよ、思うんだよ、絶対にな」


「ああ……わかったべ……」


 俺よりでけぇジョグの肩を叩いて励ましてやった。

 するとやつはイノシシづらをうなづかせて、リセリの方に身体の向きを変えたよ。


「リセリ、頼みがあるべ……。お、おらは……リセリの隣が、1番落ち着くべ……。種族は違うけどよぉ、なんか、不思議だけどよ、これでいいって、そういう感じがするべ……」

「ジョグさん……それ、本当……?」


「ああっ、本当だぁ。だからよ、どうか頼むべ……おらと、おらとどうか……一緒にここで暮らしてほしいべ! 子供ら心配だけど……一緒にここで寝起きできたら、きっと最高だべ! ずっとおらとここで、おらなんかと暮らしてくれぇぇっ!!」


 おいおい、そいつはプロポーズと変わらねぇぜジョグ。

 ちょっと背中を押して、同棲生活からの進展のきっかけを作ってやろうと思ってたら、ジョグの野郎なかなかやりやがる……。


 不器用なジョグにしては二重丸の上出来だったよ。


「はい……喜んで……。ジョグさんと一緒の家で、暮らせるなんて……嬉しい……」


 リセリが慎ましくそれに応えると、なんかこっちは別の感情がわいてきたわ。


 ああくそぅ、さすがにこりゃ妬けるわ……。

 俺も自分に嘘を吐かなきゃ良かったよ。そうしたらもしかしたらよ……。


「ひっ、また出た……っ」

「お、おわぁぁーっっ、しゅごい、しゅごいりっぱな、いえがあるー!」


 そこにラブ公の天敵が現れたみたいだぜ。

 幸いラブ公は気づかれる前に、家の隣に残しといた木の木陰に隠れていた。


「おう来たなパティ公! どうだすげぇだろ、これがバニーたんの本気だぜ!」

「しゅごい! バニーたんしゅっごいな!」


「そうだろそうだろ、へっへっへっ……お前さんは大人を誉めるのが上手いな」

「そうだろそうだろー。あっ、そうだバニーたん、あのなー、ねこたんとなー、パティアのいえも、つくってー!」


 悪いがそれはちょっとピンとこなかったわ。

 大地の傷痕に順応した野生児と、サバイバル上手のネコヒト。そいつらは城で生活している姿がどうも似合い過ぎるっていうかよ。


「そうきたか。そりゃ面白そうだけどどうだろうな。ネコヒトのやつは、あの城と書斎が気に入ってるんじゃねぇかな?」

「おお、バニーたん、わかってるなー。それもそうだなー! それに……そうか、みんなと、べつべつにくらすの、よくかんがえたら、さびしい……」


 ネコヒトとお前さんがあの城じゃなくて、自分の家に引っ込んだら俺も寂しい気がする。

 おいおいはあの城に、お前さんたち2人の空間を作るのもいいのかもな。


「パティアちゃん……。大丈夫だよ、ここで起きて、夜に寝に戻るだけ。これまで通りだから安心して」

「そうだべ、おらたち落ち着ける場所をバーニィにもらっただけだべ」


「それもそうかー。うん、わかった! パティアきめたぞー、リセリのいえ、いーーっぱいっ、あそびにくるなー!」


 とらえ方を変えればそういうことだな。

 人んちに遊びにくる楽しみが増えたってことだ。


 パティ公の元気な自己主張に、ジョグとリセリは満更でもなさそうに笑っていた。

 今日からここがお前んちだ。ジョグよ、タルトの妹分をどうか幸せ者にしてやってくんな。


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