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24-8 約束の移民者 - 騎士のキシリール -

「ところでキシリール、なにかわたしに隠してませんか?」


 どことなく顔色が暗いというか、いつものあなたなら何だかんだいって、もっと彼らに親切にしていたのではないでしょうか。


 今のあなたからは余裕が感じられません。

 人が人に親切にするには、きっとその余裕が必要なんでしょうね。


「はぁぁ……っ」


 キシリールの返事は言葉ではなく、深いため息になっていました。

 それはわたしに向けたのではなく、己の不幸を嘆いているようにも見えるのです。


「そのフード、邪魔くさくないですか? なぜそんなものを着て現れて、なぜ室内であるというのに脱がないのです」


 やはりハルシオン姫のことが漏れたのでしょうか。

 あのキシリールが青く追い詰められた顔色で、わたしへの返答を迷い苦しんでいます。


「例の件が原因ならわたしたちにも責任があります。そうならそうと言って下さい」

「まさかあの話が外に漏れたのかいっ!?」


 そうなれば大事です。もしニャニッシュに逃げたことが知れれば、サラサールは将来の政敵ハルシオン姫を殺しに来るかも知れない。


「いや、そうじゃないんだ……。ただ、俺のミスで、かなりまずいことになってしまっただけで、あの方のことは大丈夫、漏れてなどいない……」


 ところでキシリールが里に来るならば、バーニィも後輩を失望させまいと少しはあのスケベ心を抑えるでしょうか。

 最近のバーニィは特に目に余ります。これでバランスが取れるといいのですが。


「ははは……実はね、うかつな話なんだが……怖い人の怒りを買ってしまってね……。サラサール王の本性については、ホルルト司祭から聞いていたし、見て見ぬふりができなかったんだよ……」


 自嘲気味にキシリールが笑いました。

 最低の国王サラサール、やつが権力を得てさらなる問題を起こすことは最初からわかっていたことでした。


「すまないがエレクトラムさん、サラサール王の怒りが落ち着くまででいいから、しばらくそっちで俺を匿ってくれ……」

「ちょっとまさかアンタッ……!」


 驚くタルトとは反対に、わたしは無意識に笑っていました。


 てっきり堅物だとばかり思っていた彼でしたが、やるときはやるようで。

 詳細はわかりませんがどうも、サラサールに逆らった(・・・・)ようですね。


 ホルルト司祭よりヤツの最低の趣味を知らされていたとなれば、もう何をしたのか大まかな予測が付きます。


「そうですか、だいたいわかりました。それはまたさぞや苦労されたでしょうね」

「ああ……国王陛下はお怒りだ……」


「しかしその話の続きは、わたしたちではなく、()にするといいでしょう。タルト、物資の調達はいつ頃終わりますか?」


 バーニィならあなたに答えをくれるでしょう。

 騎士が嫌になって2000万ガルドを盗んだ大バカなら、今のあなたの気持ちを誰よりも理解してくれます。


「はっ、あたいを誰だと思ってるんだい、今日中にどうにかするさ。男衆をかき集めて、明日の朝には出発するよ!」

「それはお見事。ああそうそう、はちみつを忘れないで下さいね、はちみつは何が何でも確保して下さい」


「アンタが持ってきたあのお宝の山があれば、夕市ごと買い占めるのだって簡単さ! 任せときなよ!」


 聞きましたかパティア、あなたの憧れのはちみつがプリズンベリルでたくさん交換できるようですよ。

 わたしはただただ楽しみでなりません。あなたが初めてのはちみつを食べる姿がです。


 こうしてわたしは安心して残りをタルトと男衆に任せて、その日のうちにダメ元の方を確認しに向かうのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 レゥム南部の繁華街付近、錬金術師ゾエの工房を再び訪ねました。

 色々とあってもうその頃には夕過ぎです。


「エドワード・パティントンについて、他に何か思い出しましたか?」


 相変わらずのボサボサ頭で、何日も肌を清めていない匂いのする黒髪の女性と接触しました。


「おおよく来たっ、まさか再び訪れてくれようとは思ってもみなかったぞ! うちの店はなぜかリピーター率が低くてなっ、けしからんっ、私は天才であるのに! ああっ、世の中が私の才能に嫉妬しているのであろうかッ!!」


 発言の9割方は世迷い言でした。

 しかし気になることもいっていました。正気じゃないのでどこまで信憑性があるかは判りませんがね……。


「うむっ、だから私は彼に言ったのだ。新鮮な魂が要ると!」

「いえその話は前に聞きました」


「む、そうだったかぁ? いやっ、そんな気がするだけで、全ては錯覚だ…。…人は己の記憶力を過信しすぎるところがあるからなっ」

「わたしはあなたほどもうろくしちゃいませんよ」


 わたしが判断に困るのもおわかりでしょう……。

 同じ話を繰り返されたら、真偽なんて見えなくなります。


「ああそれで、新鮮な魂は持ち合わせていないなと彼は言った!」

「いえ、それも、聞きました」


 わたしの返しにゾエは奇声を上げて怒りました。

 度を超した変人というのはそれ単体で怖い。何をしでかすかわかりません。それが怖い。


「うるさいっ、最後まで聞きたまえ! そこで彼はこう問い返した、ならば新鮮な魂はどうしたら手に入るのか? となっ!」

「エドワード氏がですか?」


「うむっそうだ!」

「ゾエ、まずその新鮮ななんとやらの定義が、わたしにはよくわかりません……」


 わたしの困惑も質問もゾエには見えない聞こえない。

 自分の言いたいことをこの前のようにただただまくし立てるだけでした。


「だから我が輩は答えてやったのだ! そうだ、同じ魂である必要はないのだ、重要なのはその肉体に宿る記憶と人格、魂と魂の愛など夢物語!」

「だからその話も聞きましたよッ!!」


 ゾエはただでさえ早口です。

 わたし頭脳派の偉人じゃないんですから、まくし立てられるとわけがわからなくなります。


「考えてもみたまえ、同じ魂を、別々の肉体に半分ずつ宿らせたらどうなるのだ? そうだ、2つの肉体に宿った1なる者は、互いを他人と認識する!」

「ゾエ、聞いてますかわたしの話?」


「かつて神々は己の肉から人間や魔族を作ったという。つまり根本は全て同じ、1つの大いなる存在から我が輩たちは枝分かれした1本1本の樹木ッ!!」

「だから誰の魂を入れても、同じ人間になるとでも言うのですか! 証拠はありませんよ全部あなたの妄想です!」


 同情して下さい、この女から情報を探らなければならないわたしを。

 興奮する顔を寄せてきて、人間の皮脂の臭いを嗅がせるんですよこの人……。


「否ッ、語り得ぬ事柄には沈黙を! 何も考えるな! 生き返したい肉体に、新鮮な魂を入れればそれで望みは叶う! 新鮮な魂はどこで手に入る?! 定義は?!」


 せっかく来たんですから漂白剤や、他の薬品を買って帰るべきでしょうか。

 付き合い切れずに背を向けると、とにかく話したくてたまらないのかわたしは早足で背中を追尾されました……。


「まあそうだなっ、ある種の特別な存在たちは魂そのものが核となって、肉体が滅びてもなお、この世に残るという!」

「付いて来ないで下さい、十分聞こえています」


「あの伝説の聖王とやらの不死身のカラクリも、恐らくはこの類であろう! 物質としての形を持つ魂! これを得るのが最も手っ取り早い! あっこらっ、どこへゆく我が輩の生徒よっ!?」


 何を言ってるのかわたしにはわかりません。

 しかしどんな狂人にも、一時的に頭がまともになる時期があるそうですし、もう一度、日を改めることにしましょう……。今日はダメな日でしたね……。


「漂白剤と染料の在庫があるようですね。これをいただいていきます」

「おい待ちたまえっ、またッ、またもやこのパターンかねェッ?!」


 カウンターにガルド金貨を積み重ねて、わたしは青と赤の染料と漂白剤をリュックに入れました。


「そのセリフ、そっくりそのままお返ししますよ。またこのパターンですか……」

「この大天才の話を無視して帰るつもりかね!? ああ待って待って待ってお願い、こんな話できるの君だけなのだよっ、カムブァァァックッッ!!」


 だってそうでしょう。

 わたしの大切な娘の魂が、もしもあの聖王のものであったと想像すると、ただそれだけで気持ち悪いですから……。


 あんなやつの魂がもし本当に残っているとするなら、どっかの汚い豚にでも喰われてしまえばいいんです。


 聖王のやつの何がそんなに嫌いかって、当時のわたしを子供扱いして、魔王様をストーカーのように付け狙って、最後にはわたしたちに敗北を突き付けたその他ありとあらゆる全てです。

 顔、態度、能力、全てが気に入りませんよ、あんな男。


 それにです。それにもしその話が本当なら、魔王様の消えたこの世界で、まだやつがのうのうとどこかで生きているってことじゃないですか。

 わたしたちだけ王を失って、人間が今も聖王に見守られているとしたら、そんなことは許されません。


 わたしはゾエの悲しげな叫び声を無視して、振り返らずにゾエの錬金術工房を後にしました。


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