3-5 終幕 ネコヒト買い出し紀行 娘はわたしの帰りを全力で歓迎する
古城に戻ったその頃にはもう夜明け前になっていました。
東からのはかない朝日がわたしを照らし、城東部の崩落壁からわたしたちの部屋に戻りました。
バーニィとパティアはあの愉快な書斎式ベッドで仲良く寄り添って眠っている。
良かった、バーニィはわたしたちを裏切らなかったのです。
「ふぇ……。ぁ……ねこたん……?」
「はい、今戻りました。ただいまパティア」
パティアは寝ぼけていました。
それでもまぶたを擦りながらモゾモゾと書斎から飛び降り、わたしの前に立つ。その瞳が大きく広がった。
「ゆめか、まぼろしか、そこがパティアにはもんだいだ。……でもほんものだっ! ねこたんおかえりっ、おかえりおかえり! パティアは、しんぱいしたんだぞー、バニーたんがなー、おどかすから!」
わたしの娘はわたしの胸に飛びついてきた。
たった2日足らずを不在にしていただけなのに、大げさな歓迎をしてくれるものです。
「そうですか、41にもなってそんな大人げないことを……困ったおじさんですね」
「うん、まったくだ! バニーたんはなー、やさしいけど、いじわるでなー、パティアのきょういくに、わるいかもなー!」
なるほどやはりあなたもそう思いますか。
……彼はダメな大人なので、良い反面教師になってくれるかもしれない。
「それよりパティア、いい子にしてましたか?」
「はっ?! も、もちろんだぞ! パティアは、いいこだったぞー、だからおみやげっ、おみやげかってきたかー?!」
少女は約束をしっかり覚えていた。
どちらにしろせっかく買ったものをお預けになんか出来ない、この子の喜ぶ姿を見たくて、わたしはバーニィへのいい子確認を省略しました。
「少しだけ大きいですが、成長分を加味して着替えとなるものを買ってきました。女の子が1着しか服を持っていないなんて、さすがにどうかと思いまして」
「うっ……ね、ねこたん……」
「今日は古い服のお洗濯としましょう。って、どうしたんですかパティア?」
するとどうしたんでしょう、パティアはわたしに背中を向けてしまった。
顔を落として、腕で顔を拭っている。……ああ、泣いていますねこれは。
「パティア、いきでて、よがった……ねこたん、ねこたん、パティア、がんばるからなーっ!!」
それからまた振り返り、泣き顔をわたしの胸毛に擦り付けていました。
たかが服1着でこんなに喜んでくれるなんて、困りましたね……かわいいじゃないですか、うちの娘……。
「んぁー……なんだ、もう戻ってきたのか。はぇぇなぁ~……ふああああ~っ!」
「バニーたんっ! パティアとねこたんの、かんどうのさいかいをーっ、でっかいあくびで……、んもーっ!!」
バーニィ・ゴライアスが騒ぎに目を覚ました。
彼も毛皮の敷かれた書斎机を降りて、わたしがおろした足下の物資を物色し始める。
「いいですかパティア、こういう大人になってはいけませんよ」
「うんっ、そんなのー、わかってるぞ! バニーたんはなー、おんしらずだ。パティアがたすけてやったのに、パティアを、いじってあそぶ!」
はたから見ている分にはそれ、微笑ましいんですけどね。
それがつい最近不幸があった子供とは思えない明るさでして……。
「うひゃぁぁ~~、まさかマジでレゥムの街まで行ってきたのかよっ?! うわっ、ホントに全部ある……! 種もこんなに山ほど、おおっ道具も全部新品じゃねぇかよっ!」
「とても良い仲介人と出会えたのですよ。わたしが魔族であると知ったというのに、足下を見ずに誠実な取引をして下さいました」
シスター・クークルスへの返礼になるものを、どうにか用意しておきませんと。
「わははっ、そりゃバカな野郎だな! 俺なら中古の道具を取り揃えて差額をたっぷりいただくね!」
「……ええ、そうですね」
「よくわかんないけどなー、バニーたんはなー、わるいこだなー……。どうしてバニーたんは、そんなおとなに、なったんだー?」
41のおっさんは悪びれない、それが商売では当然のことだと軽薄に笑うばかりです。
この人、本当に悪い大人ですよ……。
「いいんだよ、商売ってのはそういうもんだ。それよりネコヒトよ、アンタどうやってあのギガスラインを越えたんだよ? 二日足らずで戻るとか、ソレどんなマジックだっての!」
「それはこちらのセリフでもありますよ。……2000万ガルドを盗んだ大泥棒さん」
「ああそんなことか。俺はただ騎士の権限を使って、手配が回る前に門を抜けただけだ。捕まるかどうかの危ない賭けだったわ。……だけどよ、アンタはこうはいかねぇだろ、アレをどうやって越えたんだよ?」
「パティアも、きになる。あれ、でっかいなー……パティアが100人いても、とどかないかも……。ねこたん、どうやったんだー?」
パティアが少し腫れた目尻でわくわくとわたしを見上げました。
くっついたまま離れないのはいつものことです。
「行きは冒険者の馬車の下に、はりついて抜けました。帰りは……ネコらしく壁を登ってきただけですよ」
「おお、ねこたん、やっぱねこだなー! あのでっかいの、のぼったかー、すごいな、そんけいだ……!」
「嘘だろ……まさかアレを、そんだけの荷物持って登るなんて無理だろ? あれはそこまでずさんな警備してる要塞じゃねぇだろ……」
パティアは服の方が気になりだしたのか、わたしからそれを受け取って床にしき、じっくり眺め始めました。
またあちら側に行ったら、新しい服を買ってくるのも良い。
「いえそれがですね。まさか人間側の領土から、要塞を登って魔界に入るバカがいるとは誰も思っちゃいなかったらしく……あっさり通れちゃいました。ああそうそうパティア、これはきっちりお返しいたします」
話題もあってちょうど思い出しました、パティアに魔導書ナコトを返却しました。
するとバーニィも気づいたらしい。
「そうかあの魔法、アンチグラビティを使ったのか! わかったぞ、その書を持っているときだけ、桁違いの術が使えるってカラクリだろ?!」
勘の良い男です、全問正解でした。
「そうです、ただし持ち主によって使える術が変わるようです。所有者に合わせて本の内容が変わるんですよ」
「ほぅーそりゃ面白れぇ! ちょっと貸してみなパティ公!」
「バニーたんは、どろぼう。これはパティアが、ねこたんから、かりてるんだぞ。……でも、ちょっとだけだからなー」
魔導書がバーニィ・ゴライアスの手に渡った。
さあどうなる、どんな盗人らしい魔法が姿を現すのだろうか。
……ところがです、書は反応しなかったんです。
ナコトの書は特大判にはならず、メモ帳でしかない書の中も白紙のままでした。
彼はあごひげを撫で回し、結局パティアに無言で書を返すことになっていた。
「ありがとよパティ公、どうも俺みたいなおっさんは嫌いだとよ」
「ほん、おじさんきらいかー。バニーたん、げんき、だせ。べんりなどうぐに、たよるの、よくない、おとーたん、そういってた」
誰にでも使えるわけじゃなかったらしい。まあ、そんなのどうでもいいことですけど。
「あふ……ミャー……。ではわたしは寝ます、畑作りの方は任せてしまってもいいのですね?」
「おうっ、いっぱい、たねまくぞー! はたけ、いっぱいつくれば、ごはん、おいしくなるしなー!」
「アンタがギガスラインを越えてまで手配してきてくれたもんだ、必ずうまくやってみせる。しっかしアンタがいれば、あんな要塞無いも同然だな!」
猛烈な眠気がわたしの聴力を無いも等しい物に変えていました。
とにかくわたしが寝ている間に、畑仕事を進めておいてくれる、そこだけはわかった。
後悔があるとすれば、新しい武器の調達に失敗したことです。時刻もあってか、結局は冒険者とは遭遇出来ずじまいになってしまったのです。
「こうなるとさぁ、もっとここに村人がほしくなるねぇ」
「村人ですって……?」
「おお、パティアたちは、むらびとだったのかー! ここは、だからー、ねこたんむらか……!」
パティア、それではここにベレトートルートがいると喧伝しているようなものですよ。
そもそもねこたん村はないでしょう……。
「名前は置いといてよ、マシな生活をするにはもっともっと人が要る。ネコヒトよ、ここでパティ公の面倒見ながらずっと俺は思ってたんだけどよ」
バーニィは真剣です、だからわたしも眠い頭で主張を噛み砕いた。
人を増やす、しかしそれは……。
「世の中には、俺たちみてぇな連中がもっともっといるんじゃねぇかな」
まあいるでしょうね、どこの世界にも居られなくなったはぐれ者なんて、探せば掃いて捨てるほどに。
「それをここに集めていったらよ、まじでそれは……住めば都ってやつに、なっていくんじゃねぇかな」
しかしそれはダメです。
物理的に可能かどうかで言えば不可能も同然でした。眠いのもあってわたしは彼に冷淡に言い返します。
「場所が場所です、あまりヒトを集めて目立つのはどうかと思います。気持ちはわかりますけれどね……潜伏が困難になってしまいます」
こんな場所に隠れ住むのですから、そういった大きな目標を立てたくなる気持ちもわかりました。
住むなら、今よりマシな環境を追求していきたいものでしょう。
「む、むぅ……わかってる、そりゃ難しいところだよな。確かに人間側ならともかく、魔界の連中に気づかれるとまずいか……」
「ええ、前にも言いましたがわたし、やつらに殺されたことになっているんです。生きていることがバレてしまうと、かなり都合が悪いです」
「パティアも、バニーたんもなー。おたがい、おわれるみは、つらいな」
そんな新しい服をニコニコと眺めつつ言われても、全く辛そうに見えませんよパティア。
ああしかし眠い……こうなったら服の洗濯は後回しです……。
「その本の力でどうにかならねぇのか?」
「ご冗談を。そんなことができるわけないでしょ、そんな都合の良いカードはありませんよ」
そこでわたしはふと気づきました。
そういえばパティアのあの出番のない魔法、オールワイド。支援、弱体魔法を超強化、特大範囲化させるというあの力……。
「お、なんか思い付いたんかい?」
「ええ、もう堪えられないほど眠い、という現実に気づきましたよ。だから、もう、寝ます……」
わたしはまだ2人の温もりが残るふかふかの書斎机に登り、横に寝そべりました。
するとパティアがさも当然だとわたしにくっついて、添い寝にして二度寝を始めてくる。
「あ……ああっ、あああああーっっ?!!」
「何ですパティア、こっちは眠くてたまらないんですが……?」
「ねこたんっっ!! ねこたんから、おんなのにおいがするぅぅー!!」
「へ、それマジかよっ?! まさか毛皮の金で、女を買ってきたんじゃねぇだろなネコヒトぉ?!」
シスター・クークルスの匂いがまだ身体に染み着いていたようです。
しかしバーニィ、言葉使いには気を付けろと言っていますよねわたしは……。
「それ以上、この子の教育に悪いことを言うと、この錆びかけのエペで刺し殺しますよ? ……わけあってある聖職者に、ただもふられまくっただけです」
「うっは~っ、うらやましいねぇ! 後で詳しく教えてくれよなネコヒト!」
「むっ、むぅぅぅぅーっっ!!」
ところがパティアの機嫌が悪くなっていましたた。
あれだけいい子が、いきなりわたしの腹をバンバンと叩いて叩いて叩くのです。
「あのパティアさん、とても痛いのですが……」
「もーーっっ!! ねこたんを、モフモフしていのはっ、パティアだけだぞ!! つぎ、おんなのにおい、つけてかえってきたらっ、ぜっこうだからなーっっ!!」
どんな嫉妬の形なんですかそれ……。
しかし眠気に負けてしまったので、この先の話はありません。
わたしは返事を考えるのが億劫となり、熟睡という逃避を選んだのでした。
ありがとうシスター・クークルス。パティアは服をとても喜んでいます。
どうもあなたに嫉妬もしているようですけどね……。
新連載追ってくださりありがとうございます。
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