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24-8 約束の移民者 - 逃亡者 -

 タルトはわたしに紹介したい人がいると言っていました。

 てっきりわたしはそれを、キシリールだと思いこんでいましたが、どうやら違ったようでした。


「あ、姉御、朝からお疲れ様です! それで姉御、例の方々をお連れしやしたっ!」


 タルトの骨董屋に戻ると、男衆の一人が店番をしていました。


「そうかい、やっと来たかい」

「へい、2階でキシリールさんと一緒にお待ちでさ!」


「あいよ。ああそうそう、いつも店番任せちまって悪いね」

「いやほとんど客なんて来ねぇし、気楽なもんでさ」


 忙しいときに押し掛けてしまったようです。

 何だか申し訳なくなったわたしは、骨董屋の隅っこに引っ込んで様子を見守っていました。


「お邪魔なら席を外しますよ。少し顔を出しておきたい場所もありますしね。まあ、アッチはもう少し遅い時間の方が喜びそうですが……」


 せっかくレゥムの街に来たのです、あの頭のおかしな錬金術師ゾエから、もう一度話を聞いておくのも良いでしょう。


 ダメ元も良いところでしたが、彼女は封印省を何らかの理由で去った後の、エドワード氏を知っています。

 せめて当時の様子だけでもわかると鍵になるかもしれません。


「何言ってんだいっ、紹介したい相手がいるって言ったの忘れたのかい!?」

「はて……ああ、なるほど。キシリールのことではなかったのですね」


「あっちは司祭さんが勝手にやったことさ。気になるところではあるけどね……とにかくこれから人と会ってもらうよ!」

「わかりました。それで、相手はどんな方なのですか?」


 わざわざわたしに会わせるということは、そっち側の話でしょう。

 タルトの様子から自信が見て取れることからして、なかなか良い人材を仕入れたようで。


「彫金職人さ。いっそこっちで銀でも調達しておいた方がいいかもねぇ」


 彫金職人。それは貴金属や宝石を加工するのが得意な細工職人のことでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 骨董屋の二階に上がると、仕切りの全くない広いその空間に若いカップルとキシリールがいました。


 いえなぜいきなりカップルと思ったかといえば、2人組が不安そうに肩と肩を寄せて座っていたからです。

 よっぽど親しくないとこの位置関係にはならないかと。


「よく来てくれたね、いらっしゃい! こちらが例の人だよ」

「どうも初めまして、どうやらわたしがその例の人らしいです」


 こちらが丁寧にお辞儀をすると、2人は少し驚いたように目を合わせて、それから再びわたしを見ます。


 男の方からは何となく軍関係の匂いがしました。

 平民の服装をしていましたけれど、ムダのない絞られた体付きで、左より右の利き腕が発達しています。


 よって女性の方がタルトの言っていた彫金職人でしょう。


「俺はパウル、こっちがアンだ。今はタルトさんのお世話になっている」

「エレクトラム・ベルと申します。パウルにアンさん、わたしの正体については聞きましたか?」

「ちゃんと誤解されないように言ってあるさ。これからアンタのとこに移民するっていうんだよ、アンタと蒼化病の子たちのことは知らせなきゃ、詐欺ってもんさ」


 最初に2人が目を合わせたのはそういうことでしたか。

 イメージの中のネコヒトと違ったのでしょうかね。


 もったいぶらずにわたしはフードを下ろして、白い毛並みと耳を見せて差し上げました。


「あっ……本当に、猫」


 すると特に女性の方がわたしの姿に驚きました。服装は作業着、どちらも同じ銀の輪を頭にはめています。

 その頭の輪は、パナギウムではちょっとばかし珍しいファッションになるかもしれません。


「アン、ネコヒトだ。そう言わないとヘソを曲げると教わっただろ」

「あ、すみません、私つい……」


 キシリールの方は話に加わる気がないようです。

 タルトの本棚から一冊を取って暇をつぶしていました。


 室内だというのにローブを脱がずにフードだけ下ろしています。

 その姿からは、まるでいつでも逃げられるようにあえてそうしているかのように見えました。


「隠れ里……いえ、ニャニッシュはあなた方を歓迎します。ところで失礼ですが、もしやお二人はパナギウムの外から来られたのではないですか?」

「そうさ、この2人は北のベルンから来たのさ。アンは彫金師の一家でね、若くして独立したくらいの有望株だよ」


 ベルン王国。昔は帝政でしたが今は色々あって王国をしているところです。

 今となってはこっちよりも政情は安定しているかもしれません。


「そんな、恐縮です……それに私なんてまだまだ……」

「で、パウルさんが……。んん、ちょっと説明しづらいね」


 歯切れが悪そうにタルトが言葉を選ぶと、立ち上がっていたパウルさんが前に出ました。


「すみません、後は自分で説明できます。自分は、逃亡兵です。自分とアンは――」

「なるほど、要するに駆け落ちですか」


 ベルンは平和なパナギウムの対極みたいな世界です。

 北部のギガスライン要塞では、魔軍殺戮派との果てのない戦いが今も続いている。


「は、はい……恐縮です」


 あの地で兵士をやるということは、いつ死んでもおかしくない状況に身を置くということでした。


「どうにか親の許しを得て、結婚が決まった矢先に前線への配属が決まっちまったそうさ……。幸せの絶頂から、怖い最前線に真っ逆様さね」

「なるほど、心中お察ししますよ」


 キシリールが不介入を選んだ理由がわかりました。

 逃亡兵と騎士という立場の違いです。職業軍人であるキシリールにとって、逃亡兵とは難しい位置関係にありました。


「アンと出会うまでは、いつ死んでも良いと自分は思っていました。なのに、どうしてか急に怖くなって……自分は、兵士失格のクズなんです……」

「パウル、いいの……あなただけのせいじゃない……」


 お熱いカップルは抱き合って互いを慰めました。

 彼らにとって頼れるのは伴侶だけです。


「ま、それでこの国に逃げてきて、あたいの網にかかったってことさ」

「タルトさんに匿ってもらえなかったら……私たち、本国に連れ戻されていたかもしれません……」


 なるほどこれがハルシオン姫救出の代価、その一部ということでしょう。

 彫金職人に元兵士、それも若く働き盛りときます。


 逃亡兵ではありますが、それは伴侶との人生を終わりにしたくないという、切実な願いから選んだことでしょう。

 わたしは慎重にパウルとパウル婦人を品定めしていきました。


「連れて行ってやりなよ、誰の追っ手もつかない世界にさ」


 兵士の逃亡は重罪です。

 ベルン王国のような戦わなければ生きられない国では、もう戻っても冷遇しかないでしょう。


「わたしたちの里はギガスラインの向こう側です。一度行けば、そうそう簡単には戻れません。それでもいいのですか?」

「タルトさんから話はうかがっています。とても綺麗な場所だと……。私、パウルと生きて暮らせる世界が欲しいんです!」


 不公平なものです。

 たまたま北のギガスライン沿いに生まれてしまったがゆえに、終わりのない戦争に巻き込まれてしまうのですから救えません。


「それではこれで決まりですね、すみませんがアンさんだけ連れて行きます」

「え……ッッ?!」

「話が違っ」


「冗談です。パウルさんのような戦える大人に来てもらえたら、里の子供たちも安心するでしょう」


 わたしに拒絶されたら、強制送還に怯えて各国を逃げ回ることになります。

 世界の各国も、ベルン王国の北部ギガスラインが陥落しては困りますから、かの国への支援を欠かしません。


「アンタねッ、たちの悪い意地悪するんじゃないよッ!!」

「フフ……彼らの愛を燃え上がらせる、ちょっとしたスパイスを提供しただけではないですか。パウルさん、わたしはあなたが逃亡兵であっても気にしませんよ」


 しかしパナギウムは自分たちもギガスラインの維持者だと理由を付けて、その支援を断っています。

 といっても流民で治安が悪化しても困るので、強制送還には応じているようですね。


「あ……ありがとうございます……! こんな、臆病者の俺で良かったら、連れて行って下さい、ニャニッシュに!」

「パウル! 良かった、これで私たちもやっと……っ」


 この2人はダンと同じタイプでしょう。

 元から自立していて手がかからない。場所さえ与えればどんどん自分から動いてくれそうです。


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