24-6 花屋のヘザー
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キシリールの身の回りに何か異変が起きました。
その根拠は、彼が身にまとっていたローブからも見てとれます。
栄誉ある正騎士様がそんなもので身を隠すこと事態が不自然でした。
さて同時に仲良く並んでさようなら、とはいきませんし、まずはマダム、その次にホルルト司祭といった形で時間を空けてからわたしたちは解散しました。
ところが廃教会の出口をくぐるその寸前で、キシリールが身を隠すようにフードをかぶるのをわたしは見てしまいました。
「さすがにフード野郎を2人も引き連れてると、怪しいなんてもんじゃないね……。アンタ、店の場所は知ってるだろ? あたいらは野暮用を済ませるからさ、先に戻ってなよ」
「それもそうですね。それではエレクトラムさん、お先に失礼します。また後ほど」
キシキシは迷うことなくタルトの提案に乗り、すぐにその場を去って行きました。どうもあやしいです。
ああそうそう、結局キシリールを受け入れることになりました。
協力関係であるホルルト司祭の願いを断るわけにはいきません。
バーニィのつまらないプライドや体裁など、二の次で十分です。
「はぁぁ……っ、さっさと済ませて帰ろうじゃないか。待ち人もいることだしね……」
「彼、何かあったんでしょうか。もしやご存じなのですか?」
「さあね、キシキシはバーニィのバカと違って真っ当な人間だよ。夜逃げしなきゃいけない理由なんて、まるで見当も付かないさ」
可能性があるとしたら、ハルシオン姫の脱獄幇助がバレた線です。
しかしホルルト司祭は騎士団も納得済みと言っています。そこがどうもわからない。
「そうですね。ではタルトさん、花屋へとわたしを案内して下さい」
「あいよ、あたいも女だ、もう腹をくくるさ……。それにまだ目が見えた頃のリセリは、花を見るのが好きだったからね……。せめて花の香りだけでも、届けてやりたいじゃないか」
その後わたしたちは旧市街を出て、聖堂のある栄えた中央区に移りました。
人通りが多いのでネコヒトはうつむきながら、タルトの後ろに付き従う。
●◎(ΦωΦ)◎●
「ほら、あそこだよ」
「アレですか。今はお客がいるようですね」
やがて目当ての店の前に到着しました。
軒先には数々の花々が並べられ、艶やかな光景もあって通りでも目を引く店です。
「少し待った方が良さそうだね。敬虔な参拝者は聖堂の祭壇にあれを捧げるのさ。聖・リアナ様にね」
実際の人物を知るわたしからすれば、すっかり神格化されてしまったことに同情を覚えました。
功績ばかり見られて、本人としての彼女が求められているような気がしません。
聖堂の参拝者らしきお客が花束を抱えて店を離れると、ようやく邪魔者がいなくなりました。
それを見計らってさあ行こうと、ネコヒトはタルトの背をそっと押します。
「日が暮れてしまいますよ」
「わかってるよ……っ」
タルトも行くしかないと腹をくくっていたので、されるがままに受け入れていました。たかが花屋でしょうに……。
「あら……あなた、どこで……。あっ、もしかしてタルトお姉さんっ!?」
「何だ、お知り合いの店でしたか。なら恥ずかしがる必要なんて最初からなかったのでは?」
「よ、余計なお世話だよっ。久しぶりだね、ええっと、ヘザーだっけ……」
「名前覚えててくれたんだ~、おぼろだけどー……。あはは、でもホント久しぶり!」
花屋の店員ヘザーはあか抜けた女性でした。
栗毛の髪をオシャレなボブカットに整えて、ファーの付いた暖かいコートからブラウスをのぞかせています。
これなら別に付いてこなくても良かったかもしれませんね……。
まあバーニィへの土産話にもなりますし、これはこれで面白い展開かもしれません。
「それでなになに、お花買いに来たの? まさかショバ代払えとか言わないよね~っ。あ、そっちの人はどなた?」
「聖堂区でショバ代なんて取れるわけないじゃないかっ! ただでさえ、アンタにはリセリが世話になったんだ……そんなのこっちから願い下げだよ!」
「エレクトラム・ベルと申します、栗毛のお嬢さん」
リセリの名前が出てくると、ヘザーは急に静かになりました。
「リセリ……そうだね、思えばあれっきりだね……。あんなことになっちゃうなんて、今でも信じられない。肌、すごく綺麗な子だったのに……」
思い出しました。盲目となったリセリは花売りをしていたと言っていました。
詳しい事情はわかりませんが、それがこの方に繋がるのですか。
彼女は、いえヘザーは悲しそうに目を落としてしまいました。
隔離病棟の子供たちは全滅した。国の発表を信じる他になかったからでしょう。
「タルト、別に話してもかまいませんよ」
「え、何がですか?」
するとわたしに好奇心を覚えたようです。
ヘザーはやたらとわたしのフードの中をのぞき込もうと寄ってきました。
やむなくネコヒトさんはそっぽを向きました。
が、それでもヘザーはしつこく回り込んでくるのでした。
「ねぇ、ちゃんと顔見せてよお客さん」
「いえ勘弁して下さい。それに一応こっちは、客なのですが……」
「だから何? 私そういうの気にしないから」
「こっちが困るんです! ちょっとタルトっ、そろそろ助けて下さいよっ!?」
ヘザーが信用にあたいする人物なら味方に引き込むのも悪くありません。
ただこの積極性はどうにも……軽すぎてまだ判断が付きません。
「ヘザー、これはアンタを信用して言うことだからね」
「へー、一応聞くけど、今はこの人で忙しいのー」
「……リセリは生きてるよ」
「ぇ……」
助かりました、ただちにヘザーの注意がタルトに反転しました。
「隔離病棟の子たちはみんな生きてる」
「うそ……それ、本当っ!? なんだ、そうだったんだ、なんだ、良かった、良かったぁ……。あれ……えっ、でもそれってどういうことっ?!」
「声が大きいです。タルトもわたしも今は目立ちたくないので、店の中に入れてくれませんか?」
「あ、おっけー! 入って入って、ごめんね今飲み物出すから、中で座ってて!」
駆けてゆくヘザーを追って、軒先から店内に入りました。
中はまだ花の咲いていない鉢植えや、園芸用品の数々、日陰でも育つ観葉植物の類が並んでいます。
「騒がしい子ですね……」
「そうだね、昔のまんまであたいの方が面食らってるさ」
接客用のテーブルに腰を落ち着かせていると、ヘザーが奥から戻ってきて木のコップに水差しを傾けました。
「でさ、エレクトラムさんだっけ、そのフードの中って、どうなってるの?」
「何でそっちの話に戻るんですか……。それより聞いて下さい、リセリは今わたしたちの里にいます。彼氏と一緒にです」
するとヘザーの持つ水差しから水滴が飛び散りました。
どうやらただの水ではなく、何かの花の匂いが混じっているようです。
「まっ、マジでーっっ?! あの子に彼氏っ、嘘っ、私ら先越された……!? うわ、うちら、うちらヤバいよタルトお姉さんっ!」
「いいからアンタは黙って聞きなっ!」
「そこから話は飛ぶのですが、わたしたちは今、とある棄てられた古城に住んでいまして、そこに空中庭園を作ることにしたのです」
「マジで~っ?! それってイカスじゃん! あっ、だからうちに来たんだねー!」
「アンタさ、いつになったら落ち着きを覚えるんだい……」
ヘザーはこちらが尻込みするほど明るい女性でした。
それに好奇心がとても強く、庶民的というかフレンドリーです。人見知りを知らないのか、夢中になってわたしを見てきます。
「はい、花の種を買いに来ました。では後の取引は任せましたよタルト、わたしこういうの向いてませんから」
「アンタにも苦手なタイプがいるんだね……」
薔薇の香りのついた水を飲み干すとネコヒトは席を離れました。
正面を向いていたら、ヘザーの好奇心がフードの中をのぞいてしまいます。
店には園芸用の小さなシャベルや、種を植え込むための小ガマも置いていました。
正しい名前があったはずなのですが、専門外なので思い出せません。
なかなか見ていて面白いです。
商談が終わるまでゆっくりと店内の品々を物色していきました。
そういえばイスパ様は音楽だけではなく、庭仕事も好きな方でしたっけ……。




