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24-5 正義の在処

・バーニィ・ゴライアス


 あ。……ちょうど今気づいたよ、畑仕事なんてそっちのけで朝からぶっ通しで家を建ててたことにな。

 ガキの頃は飽き飽きしてた大工仕事ってやつがよ、今じゃ楽しくて楽しくてたまらねーんだわ。


 クギと乾いた木材を打ち鳴らすのは爽快だ。

 ちょいとやかましいかもしれねぇがよ、小気味よくて働いてるって実感がする。

 がんばった分だけ、家がドンドン出来上がってゆくのもまた良いもんだ。


 こういうのは騎士やってた頃にはなかった。

 辺境警備隊を指揮してモンスターどもを狩って回っても、成果の実感はなかなか得られるもんじゃない。


 というより狩っても狩っても切りがなかった。

 こんなところにギガスラインを引いた大昔のお偉いさんは、欲張っては損をする底の浅い大バカ野郎だと思ったもんだわ。


 それに俺は式典も嫌いだった。

 あれに加わるくらいなら、ギガスライン側の辺境で剣振り回してた方が遙かにマシだ。


 俺は元々平民だからな、貴族社会には結局最後までとけ込めなかった。

 義父のゴライアスも国王の信頼こそ厚かったが無骨者で、俺に儀礼やパーティの楽しみを教える才能は持ち合わせていなかったらしい。


 ナイトと聞くと女子供は憧れの目を向けてくれる。

 が、そいつの実体は職業軍人ってやつだ。

 物語の世界にあるような、正義の味方じゃねぇ……。


 サラサールみてぇな気に入らねぇクソ野郎を、報復者から守ることもしばしばあったよ。

 スケベ貴族の食い物にされる若い娘の不幸を、ただ見て見ぬ振りしたこともあったっけな……。


 ところがそれがどうだ、ここじゃかなづち振るだけで感謝されるんだぜ。

 ガキどもと犬っころは俺をまるで父親みてぇに慕ってくれるしよ、かわいい女の子もよりどりみどりとくる。


 つまりそういうことだよ。

 騎士だった頃は正義なんて信じちゃいなかったけどよ、ここにはあるんだよ。

 まだ腐敗していない、ありのままの正義ってやつがよ。


 贅沢を言うならそうだな……。もっと若いうちに来たかったぜ。

 タルトが親父さんの跡を継ぐ前によ、ここに誘って、ここに俺たちの家を作って、そうしたらアイツもあんな風にはやさぐれなくてよ……。


 ああ、何考えてんだ俺……。

 よりにもよってあの年増でこんな妄想するとはよ、やっぱあり得ねぇだろ……。


「おっ……」


 ところで珍しいこともあるもんだ。

 俺の大工仕事でも見に来てくれたのかね、角付き褐色肌のホーリックスちゃんが現れた。


「おう、どうした? お前さんが斧も持たずにこっち来るなんて、なかなかそりゃ珍しいじゃねぇか」

「…………」


 ところがホーリックスちゃんは無言で空を指さしてそれを返事にした。

 わからん。見上げてもそこには何もない。昼過ぎの空がそこにあった。


「何だ? 雨でも降るのか?」


 静かに首が横に振られた。大きな乳は残念だが揺れなかったな。


「……子供たちは今、食堂でマドリに勉強を、教わっている。手伝いに戻るのは、もう少し後だ」


 それからホーリックスちゃんは布の包みを俺に押し付けた。

 何かと思い開けてみれば、それはパンだ。具材は春の香りのするやわらかいツクシと、ボアの赤身肉だった。


 急に腹がでっかいわめき声を上げたよ。早く喰わせろってな。

 布包みからそれを取り出して、俺は無造作に口へと運んだ。


 美味い。なかなかツクシも食ってみるといけるもんだ。

 一応俺もレゥムのシティボーイだからな、こういうのを口に入れる機会はなかなかなかった。


「悪い、コレが楽しくて時間を忘れてたらしい。昼飯に向かうガキどもを見送ったのは、もうだいぶ前になるか……」

「せっかく、布で包んでやったのに、素手で食べるヤツがあるか」


「ああ、そういや思ったより手が汚れ……おっと。いや悪かったって、んっんごぉっ?!」


 ホーリックスちゃんにパンを奪い返された。かと思ったら口に押し付けられたよ。

 ちょっと食いにくいけどよ、これなら大工仕事で汚れた手を使わないでも済むな。


「ははは、こりゃありがてぇ。何から何までわりぃなホーリックスちゃん」

「ああ……気持ちは、わからないでもない。オレも木を伐るときは、無心になるからな……。だがバニー、お前はもう若くない、昼食はちゃんと取ってくれ」


「ホーリックスちゃんにおっさん扱いされるのは、ちょいと傷つくんだぜ」

「ふん……若い女相手なら、誰にだって、同じ事を言うくせに……」


 そこはまあ、否定したら嘘になるな……。

 とにかく俺はパンにがっついた。早く食い切らないとだ。


 いやだってそうだろ、誰かに見られたらさすがにこれは恥ずかしいぜ。

 俺とホーリックスちゃんらしくないっていうかよ、お互い似合わねぇ……。


「だいぶ出来上がってきたな……。素人目だが、かなりのペースだ」

「ん、んぐっ……ふぅ。冬の間にできる準備は全部やったといたからな、受け渡しの日が楽しみだわ。ジョグの野郎はなんて言うかね、それがまた楽しみでよっ」


 リセリとジョグの新居に早くも屋根ができてたよ。

 ん、なんか他人事っぽい言い方だぁ? 


 そうだな、実際俺たちが作ったんだがな、なんでか全てが魔法みたいに感じるんだわ。

 ちょっと前まで騎士やってた俺が、ふと周囲を見回したら隠れ里で大工やってんだ。そいつに実感がまだわかねぇ……。


 あとよ、屋根は麦わらでふこうかとも思ったんだが、わらは何かと入り用だ。

 使いすぎると、ピッコロの飯もなくなっちまうしな。それは次の秋からにしようかと思う。


「バニーは凄いな……屋根なんて、オレには作れそうもない……。オレはずっと、何かを壊したり、人を殺すばかりだった。バニーに素直な尊敬を覚える」

「ホーリックスちゃんの伐採あっての材木だろ。ははは、俺が全部やると腰が死ぬからなっ。ま、昔のことはよ、ここじゃお互い忘れようや」


 俺だってここに来る前はろくでなしだったよ。

 下級騎士の日常に疲れ、諦め切ってたさ。バカみたいに時間をムダに使ったもんだな、俺は……。


「なあバニー、お前はなぜ、騎士を辞めたんだ……?」

「おう、金盗んで首になったからだな。文字通り、首が飛ぶヤツだ」


 首を斬られるジェスチャーをしてみた。

 ところがそうだったな、ホーリックスちゃんは堅物だ、笑いもしない。


「つまり、嫌になったのか……? 自分でも、よくわからないんだが、なぜだか知りたいんだ」


 そいつは同じ武人としての共感か、それとも光栄なことに俺へと興味を持ってくれているのか。

 ま、どっちであれ悪い気はしねぇしここは笑おう。


「そんなところだろうな。もし王家への忠誠心が残っていたら、金なんてよ、盗んで逃げやしなかっただろうしな……」

「バニーは、やることが、大胆過ぎる……」


「……長い間、騎士やってくうちにたまりにたまった不満が、とうとう爆発したのかもしれん。上手く言えんが……衝動のともなう、計画的犯行ってやつかね」

「不満……? ならお前は、何が不満だったんだ……?」


 パンも残り少なくなっていたので、ホーリックスちゃんの手から残りのパンを奪い取って、一気に口へと押し込んだ。

 これで口が空くまで、考える時間が稼げるってわけだ。


 いつも通り俺自身を包み隠して、軽薄にデタラメ言うだけでも良かった。

 だけどよ、相手も元軍人だ。ちゃんと答えないのはなんか、それは失礼な気がしたのかもしれねぇ。


「ああそうだな……人間の社会っていうのはよ、魔界側より薄汚なくて、醜悪なもんだと俺は思ってる。綺麗に見せかけちゃいるが、中身は腐臭の塊だ。俺は下級騎士として、汚くて、えげつねぇものを山ほど見てきた」


 何で金盗んで逃げたかなんて、そこまで深く考えたことはない。

 そうしたくなったから俺はそうしただけだ。


 ホーリックスちゃんは俺の言葉に共感してくれたのか、何も言わずただ熱心な目を向けてくれている。


「山賊に身を落とした連中を、騎士団の作戦で皆殺しにしたこともある。悪党を社会復帰させるより、消した方がずっと早いからな……もしも情けを与えたら、他のヤツが同じことを繰り返す」


 慈悲は無かった。助けて、反省する、もうしないと誓うヤツらを殺して回った。

 似た経験がホーリックスちゃんにもあるんだろうか……。


「近隣の村々には感謝されたけどよ、救えねぇと思った……。せめて税の取り立てを、少しでも免除してやれば、もしかしたら……みんな不幸には、ならなかったんじゃねぇかってよ。なんで上手くできねぇんだ俺たちはとよ。だから、俺はよ……」

「バニー……」


 俺は善とは無縁の悪い大人だった。

 義父ゴライアスより継いだ騎士としての役割を担うだけの、貴族にも平民にもなり切れないつまらん人間だった。


「俺はよ、どうも俺はよ、きっと心のどこかで……正義の味方ってやつになりたかったんだ……。だから金を盗んだんだろうな、俺なら王家の連中より、もっとマシな使い方ができるはずだって……」


 らしくもなく弱気な言い方になっていた。

 あの不器用なホーリックスちゃんがやさしく微笑むくらいには、情けなかったみたいだ。


「そうか。とても参考になった、ありがとう、本当のバニーが、少し見えた気がする。さて……教官が帰ってくる前に、コレを完成させたいんだったな。良ければ少し手伝おう、何をすればいい?」


 そのとき俺の自慢の仕事をホーリックスちゃんが見上げた。

 誇らしい感情が胸にあふれる。思春期のガキみたいに強い感情だ。


 騎士やってた頃はこんなに誇らしい気持ちを抱くことはなかった。

 やっぱまるで向いてなかったんだろうな……。


 で、ゴライアスはそれだけ、下級騎士の仕事がきつくて矛盾してるのを知っていて、俺みたいな要領の良いガキを選んだんだろう。失敗だったみてぇだけどな。


「なら一緒に床を作ってくれねぇか? ホーリックスちゃんにもこの面白さを感じて欲しい。考えてもみてくれ、この先リセリとジョグの家を訪れるたびに、ここの床は自分が作ったんだと、誇れるようになるんだぜ」

「フ……それはなかなか良いかもしれないな。バニー、お前は時々、時々だけ……いい男に見えるときがある」


 盗んだ金塊はまだパナギウム国内に隠してある。

 誰にも見つかりっこない場所だ、何も心配はねぇ。


 しかしそろそろほとぼりが冷めてきた頃かもしれんな。さて、あの金、どうしたもんかね……。


「俺はいつだっていい男だぜ。そっち持ってくれホーリックスちゃん」

「わかった、何本ずつだ?」


「一本だよ、俺の腰が死ぬっての!」

「歳だな……」


「俺は人間だっての!」

「ああ、人間にしておくのが惜しい。いつだってそう思う。もしも同じ種族に生まれていたら……切磋琢磨できたというのに」


 ガキどもとラブ公が戻ってくるまで、俺とホーリックスちゃんは新居の床作りに熱中した。

 ホーリックスちゃんも叩き上げの軍人だ。その軍人の仕事に虚無を感じていてもおかしくねぇ。


 騎士は主君への忠誠心で己を保っている。

 もしそれを失えば、もう騎士は騎士じゃいられなくなるんだろうさ。


バニーたんとパティアのキャラ立ちに、ねこたんの主人公性が奪われてゆく実感……。

いつも誤字報告、感想ありがとうございます。楽しく読ませていただいています。

近日に短編を投稿しますので、その際に後書きで宣伝します予告をしておきます。

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