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24-4 亡き父親、エドワード・パティントンの奇妙な足跡

 隠し階段は、教会の祭壇下にありました。

 急勾配の石の螺旋階段を下りきると、そのジメジメと湿気のこもる地下室にホルルト司祭と、闇組織のマダムがわたしたちを待っていました。


「お待たせしました。タルトはあなたを見張りたいそうで、口ははさまないがここに残るそうです」


 沈黙と、司祭への会釈がタルトの返事でした。

 冷たい石の壁に背中を預けて、離れた場所からわたしたちを見守る。


「そう……。お久しぶりねエレクトラムさん、またお会いできて嬉しいわ」

「すまんが少し待ち時間があったのでね、先に彼女と情報を共有させてもらったよ。まずは私の方から語ろう」


 マダムと司祭は親しげに目を向け合いました。

 レゥムの表と裏の支配者です。公式にはどちらもここに居てはならない立場でしょう。


「何から何まですみません。ではお聞かせ下さい、()について」

「うむ……。エドワード・パティントン、彼の名は、意外なところで見つかりました」


 古いテーブルに腰かけるとホルルト司祭の穏やかな声が響く。

 説法に口調が引っ張られるのはきっと職業柄です。


「私も驚いたわ。まさか、そんな場所に繋がっていただなんて、ウフフ……」

「やはりあなたに頼って正解だったようです。して、彼の名をどこで……?」


「本国です。つまりエル・リアナ神権国ですな。その本国に問い合わせると、偶然にも、本国封印省に、エドワード・パティントンの名が残っていました」


 人間の文明や歴史の大半は、魔王様の侵攻で一度破壊されています。

 リアナというのはその時代に活躍した聖女の名です。


「向こうも驚いていましたよ。調査のためにレゥムに人を派遣するので、詳しい話を聞きたいそうです。あなたに」

「封印省ですか……」


「齢300年ともなれば、ご存じのようですな」


 ホルルト司祭もなかなかあなどれません。

 自分の年齢を明かした覚えなどないのですが、どこで得たのやら正体を見破られていました。


「ええ、300年前の大戦の果てに発足した、邪神あるいは、それに連なる者を封じ廃する組織ですね」


 滅亡の寸前まで追い込まれたのです。

 その後の人間たちが復活を恐れたのは当然でした。


 それに加えて、なぜ魔王様と邪神がいきなり前触れもなく世界から消えてしまったのか、その答えを知る者がどこにもいなかったのもあるのでしょう。


 もしかしたらどちらも、滅びてなどいない可能性だってありました。少なくとも当時の見解では。


「封印省、そんなものがまだ残っていたことに驚きですよ。てっきりあなた方は、あの恐怖の歴史を、記憶から抹消してしまったのかと思っていました」


 活発に活動の噂を聞いたのはもう100年も遠い昔。

 まったく音沙汰がないので、てっきり解体されたとばかりと思っていました。


「うふふ……ホルルトさんとそのことで少し話したのよ。エレクトラムさん、あなたはもしかして、あの大戦をその目で見届けたのではないですか?」

「一介の聖職者として、私も興味の絶えないところです。エレクトラム……いえ、魔王に愛された楽士ベレトートルート、あなたは何を見たのです。そこに聖女リアナ様、聖王は……」


 熱心な質問に対してわたしは沈黙を選びました。

 あの戦いはわたしたちの敗北で終わりました。


 魔王様を失ったわたしたちは、悲しみのあまり仲間同士で争いを始めたのです。

 誰かが魔王様の代わりをしなければならなかったというのに、代わりとなるカリスマがいなかったのです。


 軍閥と魔将の台頭は避けられぬ宿命だったのかもしれませんね。

 この先も魔王様の代わりが現れない限り、わたしたちが団結することは二度とないでしょう。


「悲しいことがあったのね……目を見ればわかるわ、少し潤んでいるもの……」

「……うむ、話を戻そう。詳しい話を聞きたければ、1ヶ月後にまたここに来るといい」


 1ヶ月後に聖堂の本国から調査員が来る。

 それに接触すれば、エドワード氏についてもっと詳しく知ることができるということです。


「それとも隠しますか? 貴方には隠す理由があるように見える」

「いえ、会います。エドワード・パディントンついて、わたしは知っておかなければなりません」


「では先方に連絡しておく。ネコヒトであることはギリギリまで伏せておこう」

「ええ、それが無難かと。肝を潰すでしょうね、わたしと、この腕輪を見たら」


 状況によっては魔王様の後継者を演じるはめになるかもしれません。

 魔王様の忠実な僕であったわたしが、魔将アガレスと同じところまで堕ちることになる。


「それと例の遺品の行方がわかりました」

「それは本当ですか?」


「ええ。実は西の自由都市の1つに、聖王の末裔と名乗る一族が住んでいます。その家に七色のブローチと、逆十字(リ・クルス)が保管――いや、封印されているようです」

「当然先方はよこせと言ったところで、応じないそうよ。欲しければ奪うしかないと思うわ。……あら、やっぱり素敵なお爺さんは、聖王様をご存じなのかしら?」


 ええ、知っていますよ。彼とは何度も戦場で邂逅しました。

 邪神に憑かれた魔王様からは、何人たりとも逃げられません。実際彼も逃げられませんでした。


 しかし何度メギドフレイムで骨まで焼き払われても、やつは別の戦場で五体満足な姿を現しました。

 勝てないとわかっているでしょうに、焼かれては生き返り、焼かれてはわたしの主人を倒そうとしたのです。


「彼は不死身だった、とだけ申しましょう。まるで神に選ばれた存在であるかのように、殺されては蘇り、わたしたちの前に立ちはだかりました」

「おお……聖王様の伝説は本当だったのですか……。わたしたち人間の世界は、彼の不滅の勇気により生み出されたのですね……」


 その不死身の男は、魔王と邪神という役者が舞台から突然消失すると、残存戦力を束ねてギガスラインから東側の世界を取り戻しました。

 魔王様と名も無き不死者の戦いは、あの男の不戦勝で終わりを告げたのです。


「次は私の番ね。エドワード・パティントンはアサシンギルドの標的になっていたわ。うちの間者によると、連れている子供を生かして取り戻すよう、命令が下っていたみたい」

「アサシンギルドが誘拐ですか……?」


「そうよ。彼らのポリシーには反する依頼内容ね。でも特別料金を支払って、アサシンギルドの枠から外れる、子供の捕獲――いえ誘拐という条件を飲ませたみたいね」


 敵はアサシンギルドに依頼してまで、確実にエドワード氏を殺したかった。

 同時にその娘、パティアを奪おうとしていた。莫大な特別料金を支払ってまで。


「このくらいしか見つからなかったわ。だけど、あなたには価値のある情報だったようね」

「さてどうでしょうね」


 さすがにタルトは察したようです。

 チラリと背後を盗み見ると、わたしは彼女と目が合ってしまいました。


 マダムの話に出てきた子供、それはパティアです。

 全てはパティアのために、義父であるわたしがエドワード氏について調べているのだと、見破ったところでしょうか。


「ありがとうございます、とても有意義な情報の数々でした。あなた方を頼ったかいがありました」


 マダムとホルルト司祭にまで気づかれたくありません。

 いざとなったとき、わたしが魔王様の代わりを演じるために、パティアという後継者は隠さなければならない。


「調べてみてわかりました。一介の聖職者として、この件は興味に絶えない」

「そうそう、私たちそういう話をしていたの。良ければこれからも協力させてくれないかしら……?」


「うむ。おかげで意外な人脈も得られたところです」

「そうね、会ってみれば意外と話のわかる人で、これからもお付き合いができそうよ。うふふ、色々と」


 ホルルト司祭とマダムは意味深に微笑みを向け合いました。

 結果的にわたしとタルトは、レゥムの裏と表を引き合わせて親交を結ばせたことになりますか。


「それでしたらわたしもお二人に情報を支払わないと不公平でしょうね」


 ならば魔界側の情報を流しましょう。

 ギガスラインという障壁、魔界の森というモンスターだらけの危険地帯、人間の冒険者と魔族の人間狩り。


 これらにより片方の情勢がもう片方に伝わるのは、もはや遅れて取り返しが付かなくなってからになります。


「魔界側の情報をお伝えしましょう。ついこの前の冬、アルマド魔公爵が魔軍正統派と争い、完全敗北しました」

「何だと……。なんとそれは、本当ですかな?」


「実態は魔将アガレスの陰謀でした。前当主を暗殺し、その配下をあおり、勝てない戦を起こさせ、最終的に征服して飲み込みました。最近の魔界では、老人の暗殺が繰り返されたりと、何か妙な流れが渦巻いています」

「ふふ……十分すぎる報酬だわ。各国上層部に伝えれば、うちの組織はシェアを上げやすくなるもの。特に北方のベルン王国は喜ぶでしょうね」


 ギガスライン北部はそのベルン王国が支配しています。

 あちら側は殺戮派の勢力圏に面していますから、それ相応に情報に価値を見いだすでしょう。


「私も本国へのおべっかに使わせてもらおう。ただでさえ、わたしは穏健過ぎて立場がよくないですから。ああ、ところであなたに合わせたい人がいたのでした。上で待たせていますので、もう呼んでもよろしいですかな?」

「わたしにですか? ええあなたの紹介なら別に構いませんが」


 ところが急な展開になりました。

 ホルルト司祭が立ち上がり、螺旋階段の前まで行きます。それから声を上げました。


「お待たせしました、こちらへ降りて来て下さい」


 足音が近付いてきます。

 これは男性のものでしょう。それにどうやら鎧を着ています。

 足音はついに薄暗い地下へと降り立ち、わたしたちの前にその姿を現すのでした。


「あっ、アンタッ、確かバーニィのつれの……そう、キシキシじゃないかっ!」

「はは……ごぶさたしていますタルトさん。それと司祭様も、初めましてマダム」


 騎士のキシリールでした。

 鎧の上にフードをまとった騎士様が略式の礼をします。


「彼をしばらくそちらに派遣したい。心配はいりません、騎士団にはもう言い含めてあります。お願いできますかな、エレクトラム・ベル殿」

「フフフ……なんとまた、急ですね。この展開は全くといって予想していませんでしたよ」


 1つ確かなことがあります。

 どうやらタルトも同じ結論に至ったようです、意地悪な顔をしていました。


 バーニィ、これはどうやら年貢の納め時のようですよ。

 2000万ガルドを盗んだ言い訳を、あなたを慕う後輩騎士様に、どう伝えるかが見物です。


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