24-3 夜逃げ屋タルトのけして口外できない乙女の機密
タルトは行動で態度を示すタイプです。
まだろくすっぽ寝ていないでしょうに、あの後すぐに骨董屋を飛び出して行きました。
「もう少し寝てから出発してはどうでしょう。司祭はともかくマダムと接触するには、さすがに早いと思いますが」
「はっ、わかってないね、これから朝市があるじゃないか!」
レゥムの朝市には近郊の村々からの生産者たちが集まります。
そこで買えば業者を仲介するよりも、種やハチミツが安く手に入るそうでした。
忘れてましたよ、彼女が元々は普通の女の子だったことを。
●◎(ΦωΦ)◎●
忙しいタルトと反対に、待っている側のわたしは退屈です。
そこで赤毛の女店主が戻るまで、いつものように彼女の蔵書を楽しむことにしました。
しかし退屈なネコヒトはあることに気づいてしまいました。
以前、彼女がベッドに寝転がりながら読んでいた本が、その本棚にないことにです。
でしたら結論は2つに1つでしょう。
飽きて売り払ったか、もう1つこの骨董屋に本棚が隠されているかのどちらかです。
「おやおや。ほう、これはこれは、フフフ……バレたらわたしであっても雷が落ちますかね、これは」
簡単な家捜しを行うと、酒の棚の向こうに隠し本棚が見つかりました。
きっと発行元が同じなのでしょう。どれもピンクや赤色のカバーに、金の金具が付けられたハードカバーの本でした。
聖堂のシスターがもし読んだら真っ赤になるか、突然怒りだすかのどっちかかもしれません。
それは女性向けの、とても過激で、実に刺激な恋愛小説の数々でした。
「しかしこれ、意外と……いけますね……。著者の情熱と欲望がひしひしと。ほぅ、ほほぅ、なるほど、彼女はこういう本も趣味でしたか……」
騎士に憧れる平民の女の話もありました。
若く美しく優秀な騎士に見初められ、倒錯的な世界に飲み込まれてゆくウブな乙女の話が全体的にこの本棚に多いでしょうか。
「なッ、ななななななァァァァッ、なにやってるんスかっ!? ダメですよエレクトラムさんっ、アンタでもそれはっ、姉御にブチ殺されますって!!」
男衆の1人がわたしの様子を見に来てくれました。
開けてはならない地獄の門を開いたネコヒトに、演劇のように大げさに驚愕しておりました。
「……でしょうね。ですがこれ、なかなか……バカにはならないともうしますか……あなたも読みます?」
「お、俺を巻き込まないでくれよぉっ!? アンタどんだけ命知らずなんだ!」
「たまたま見つけてしまっただけですよ。しかし意外ですね、タルトはもしかしたら、騎士フェチなのかもしれません。ほら、どの本もざっと見た限り、騎士、騎士、騎士、騎士がヒーローです」
バーニィ、あなたって人は本当に罪づくりですよ。
こんなに近くにあなたを慕う女がいたというのに、まったく、若い子ばかり追いかけて……。
「姉御ぉ……。やっぱ、アイツのことが好きなんだな……。って、まずいですってっ、しまって下さいよその本!!」
「そうですか? ではこの1冊だけ」
「全部戻して下さいっお願いしますっ、俺がぶっ殺されますからっ!!」
「これはこれで芸術的だと思うのですがね……いやはや、人の蔵書というのは面白いもので、フフフ……」
しばらく男衆の愉快な方をおちょくって、わたしは暇をつぶしました。
だって眠れないんです。しょうがないじゃないですか。
ちなみにこれは余談です。
ネコヒトという種族は睡眠時間の長さが短所と言われますが、別の面で見ればそれは長所でもあります。
わたしたちは眠ることで、ムダな時間を有益なものに変えます。
必要なときだけ動き、楽しめるときだけ楽しみ、つまらないときは眠るのです。
●◎(ΦωΦ)◎●
正午、最も世界が明るい時間にタルトが戻ってきました。
わたしに隠し本棚を見られたとはまだつゆさえ知らずにです。
……しかしバレるでしょうかね?
ついついどの本も気になって、気づけば本の元の並び順を忘れてしまっていました。
「渡りを付けてきたよ……。はぁぁっ、あのババァ、何で、今さらあたいに謝るのさ……」
後半はわたしに聞こえていないと思っていたようです。
どうやら接触したはいいが、昔年の罪悪感を打ち明けたようですね、マダムは。
まあ彼女らの人生です、わたしには関係ありません。
「お疲れ様です。後は大丈夫ですから、少し寝てはどうでしょう」
「そうはいかないよ、あたいも同席する」
「おや、そう来ますか」
「口ははさまないけど、話は聞かせてもらうって言ってるのさ。後はアンタの好きにしな」
「……場所は?」
「旧市街。ここからちょっと行ったところにある、廃教会の地下に決まったよ」
タルトはパティアのことを知っています。
この話を聞けば、わたしたちの事情に憶測を付けるでしょう。
「わかりました。ですがこの密会は他言無用で」
「わかってるさ。ただあたいは、アンタがあのババァに足下見られないか、見張ってやるだけさ!」
「それは頼もしい、ぜひお願いします。わたしから見れば、どちらも怖い女ですがね」
「余計なお世話さ! さっ、さっさと行くよ!」
いえそれはちょっと困ります。なにせ急に現れましたし、あなた。
「ああ、少しお待ちを。身だしなみを整えたいので、先に下へ行っていてくれませんか?」
「身だしなみって……。いいけど、早くしなよ」
タルトが1階に下りて行くのを見計らって、わたしは隠し本棚にタルトの愛読書を戻しました。
あと少し隠すのが遅れれば、密会の前にナイフ投げのショーが始まっていたかもしれませんね……。




