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24-2 夜逃げ屋タルトには明かせない、ネコの秘密の人脈 - 遅い雪解け -

「待ちなよ、もう朝だよ! レゥムでアンタみたいなのが朝っぱらからウロウロしてたら、すぐに怪しまれちまうよ!」

「まあそうなのですが、実はあなたに紹介しにくい相手と、これから接触しないといけないのです。ここは黙ってわたしを行かせるのが、お互いのためかと……」


 こうして無事に売り物の売却と、物資の購入のめどが付きました。

 ここから先は隠れ里とは関係の無い、わたしとパティアの問題です。


「それだって今さらじゃないかっ、このアタイをハブるなんて絶対許さないよ! 代わりに場を設けてやるからさ、相手の名前を言いなよ!」

「いえ、聞けば間違いなく不機嫌になりますから、止めておきます」


「いいから言いなよ! アンタはニャニッシュの生命線だよっ、危ない橋は渡らせないって言ってるのさ!」


 どうでもいいですが、やはりニャニッシュという名称に抵抗があります……。

 特に他者の口から聞くと、何だか気恥ずかしくなってくるのです。


 実質、ネコタンランドと意味がそう変わらないというか……。


「タルト、あなた本当に頑固ですね……」

「それもお互い様さ、さあ言いな!」


「本当にいいんですか、どうなっても知りませんよ?」

「あたいがいいって言ってるだろっ、早く言いな! これじゃ夜が明けちまうよ!」


「わかりました。ですが、怒らないで下さいね……?」


 タルトにとっては父親を殺した仇敵のその妻です。

 あんなことにならなければ、今と違った人生もあったかもしれない。


 全てを壊したのはやつらだ。心のどこかでそう思ってしまうところは誰にでもあるでしょう。

 魔王様を失ったわたしや、周りの者がそうでしたから。


「わたしが会いたいのはホルルト司祭と、レゥム西側を支配するとあるマダム(・・・)


 たったそれだけで通じてしまうのは、彼女の中にマダムに対する強い感情があったからでしょう。

 しかし相手に対する憎悪よりも、当惑の方が強く見えました。元々は敵対勢力、そりゃお互いに鬼門でしょうね。


「あ……ああっ、あのっ、あのがめついクソババァのことかいッッ!!?」

「すみません、実はどうしても情報が必要でして、冬に入る前にマダムと取引をしました」


 少しだけ安堵しました。

 タルトから憎悪のようなものを感じませんでしたから、思ったより頼みやすくなりました。


「どうか代わりに場を設けてくれませんか? 実際、わたしだけで彼女に接触するのはなかなかにリスキーです、実を言うと何だか、もうめんどくさくなってきてしまいました」

「あのババァに、アタイが接触……? 毎度毎度、無茶苦茶ばかり要求してくれるじゃないかアンタ!」


 マダムはタルトのことを気にかけていました。

 息子ともども罪悪感も持っているようですし、ならば後はタルトの心1つでしょう。


「だけど、気まずいなんてもんじゃないよ……」

「なら止めますか?」


「いいやっ、ここで断ったら逃げたみたいじゃないかい! 腹くくって……やってやろうじゃないかッ!」

「ありがとうございます。ですがご安心を。彼女はあなたを敵視していません、事の最初からです」


 わたしの言葉はタルトを萎縮させました。

 強気の女性が急に臆病になると、何だか保護欲を誘うようです。


 ただタルトのプライドが高いのはわかっていましたから、軽く肩を叩くだけにとどめておきました。


「くっ……。そんなの、そんなの、はなからわかってたよ……っ。旧市街に手を出さないで、あたいらに全部任せてるってことは……つまり、そういうことじゃないのさ……」


 まずはホルルト司祭に接触して、それから彼にマダムとの席を作ってもらう算段でした。

 しかし大聖堂というレゥムの表側の権力が、秘密裏とはいえ裏側の権力と接触するのはこれはこれでまずい。


「どうかお願いしますタルト。わたしにはどうしても、知らなければならないことがあるのです」


 その時わたしの前にいたタルトは、旧市街の支配者でも、夜逃げ屋のタルトでもありませんでした。

 ただの女の子に戻ったタルトに、ネコヒトは丁寧に古風なお辞儀を送ると、今だけ胸を貸してさしあげました。


 発端は全て、心配性のわたしのわがままでもありましたから。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



そのほんの少し後、早朝のパティアは――


「ラブちゃーん、おはよー! パティアなー、みずやり、おわったからー、あのな、いっしょにね、おさんぽいこーよ!」


 ラブレーの小屋に押し掛けたそうです。

 東の湖への中継地点として見ると、その立地は休憩場所として魅力的でしたから、来客はかなり多い方でした。


「お散歩……!」


 お散歩、それは若いイヌヒトを否応なく魅了する特別なワードです。

 その特別な言葉がラブレーの胸をときめかせ、尻尾をブンブンと左右に大きく揺すらせる。


「うんっ、ラブちゃん、パティアとおさんぽいこー!」

「ぅっ……ぅぐっ……」


 すみませんラブレー、実を言いますとこれはわたしの裏切りです。

 やはり不在の間のパティアが心配で、わたしがあなたの弱点はお散歩だと入知恵したのです。


「いっしょにー、みずうみのまわり、はしろー! ぐるーーって!」

「な、何で、僕がお前と一緒に、走らなきゃいけないんだよ……っ」


「なんでって……なんでだろ……? んー、パティアがな、だいすきなラブちゃんとなー、おさんぽしたいから……? ラブちゃんおさんぽしよ!」

「お、お散歩……っ! あ、いや……」


 ブンブンと左右に揺れる尻尾は肯定としてパティアに受け止められました。

 その場でパティアがジョギングを始めて小屋を出て行くと、ラブレー少年の足は無意識にお散歩相手を追っていたそうです。


「お、おいっ、待てよ!」

「ラブちゃんついてこーい! こっちこっち、こっちだぞー」


「べ、別に誘いに乗ったわけじゃないからなーっ! お前が森に入るなら、エレクトラムさんの代わりに、見張らなきゃいけないんだ! ッ……わ、わふぅっ……♪」

「ぉ、ぉぉ……ラブちゃんが、パティアにしっぽ、ふってる……で、でへへへぇ……♪」


 しかし残念です。走るの大好きで元よりスタミナたっぷりのラブレー、人間の女の子相応の体力のパティア。

 この二人がいつまでも一緒に、同じペースで走れるはずがありませんでした。


「ら、ラブちゃん……ぜぇ、ぜぇ、は、はやい……しゅごい、げんき……。ぉぉ……わんこだ、これ……わんこだ……ぜぇぇぜぇぇ……」

「もっと行こ! あっちっ、あっち行こパティア! だらしないな、お前~っ、ほら行こっ、僕ともっとお散歩行こっ!」


「お、おわ……ひ、ひっぱるなー、ラブちゃーん……?! ひーひー、ふーふー、げんき、げんきすぎるぅぅ……おっ、おわあーーっ?!」


 ラブレーは最初は嫌々でした。ですが走り始めるともう止まりません。

 ただの犬っころと化した彼は、普段絶対にパティアには向けない無垢な笑顔を浮かべて、パティアの手をぐいぐいと引っ張って駆ける。


「パティア! 次はこっちっ、あっ、あそこ青い花が生えてる! 僕が取ってきてあげるよ!」

「ぉ、ぉぅぅ……そ、そか、そいつぁ、ありが、ありがてぇぜ……。ぜぇぜぇ、ひ、ひぇぇぇ……わんこつおぃぃ……」


 かけっこではラブレーが一番、ただしピッコロさんをのぞく。

 朝日に輝く湖の前にラブレーが駆けて行き、そこにある花を摘んでパティアの前に飛び戻りました。


「はい! ねぇパティア、まだ走れるよね! もう一周しようよ!」

「ぐ、ぐぇぇぇ……も、もういっしゅうか……? ぅぅ……でもラブちゃんが、パティアに、ちっぽ、ちっぽふって、わらってる……。ぜぇぜぇ……やっぱり、これ、わんこだ、わんこだこれぇぇ……で、でへへへー♪ わかったー、いこーラブちゃーんっ♪」


 この日から、ラブレーとパティアはお散歩友達になりました。

 パティアのスタミナ面の急上昇に、ラブレーの存在があったのは言うまでもありません。


 クタクタになるまでラブレーとお散歩した日は、さすがのパティアも元気を使い果たすようで、森の徘徊という悪癖を止めるようでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 これは正真正銘の余談です。

 この日の朝食の席で、パティアの食事がほとんど進んでいないことにクークルスが気づきました。


「あらー、どうしたのパティアちゃん? 嫌いなのがあったら~、クーちゃんが食べてあげますからね~♪」

「クー……じゃあ、パティアのごはん……はんぶん……あげる……」


「あら嬉しいー、そうなのね~♪ パティアちゃんがご飯を半分も私にくれるなんて、神様の奇跡かしらねー♪ …………えっっ、パティアちゃんッッ?!!」


 絶対にあり得ない返答に、シスター・クークルスが大声を上げてうろたえたのは言うまでもありません。


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