3-4 ギガスラインを越えて、娘の待つ大地の傷痕に帰ろう
翌日の夜、約束の物資を抱えてシスター・クークルスがウォードの一軒家に帰ってきた。
仕事っぷりは上々、工具も農具も種も想定していたものより一回り良質な品が手配されていた。
「ありがとうございます、シスター・クークルス。確かに約束の物を受け取りました、お見事としか言いようがない」
「それがですね、亡くなったウォードさんの代理と言ったら、皆さんがサービスして下さったんです。だからわたくしの手柄ではないんですよ」
わたしも代価を支払いました。
小一時間、短いようでとてもとても長いひとときでした……。
ネコヒトさんはモフモフの面積を広げるために、丸裸にひんむかれ……小一時間という曖昧な時間設定の間、ただただモフられまくっていたのです……。
「彼は不器用な男でした、よって半分はあなたの人徳でしょう。謙遜されないで下さい、おかげでわたしはとてもとても助かりました」
そのもう半分はウォードを見捨てたレゥムの人々の罪悪感、といったところでしょうね……。
「あら、ではそういうことにしておきましょう。ところでネコさん、帰るといってもどうやってあのギガスラインを越えるのですか……?」
お人好しはもう取引が終わったというのに心配をしてくれた。
ええわかっています、そういう人なんです。
ここまで善良だと逆にこっちが心配になってきます……。いつか誰かに騙されたりしないでしょうねこの人。
「北の三つどもえの国境地帯、その山岳部、天然の要害によりギガスラインが途絶えている辺りまで迂回するのが定石なのですが、今回は荷物もありますし、待っている子もいるので、真っ直ぐ帰ることにしようかと」
「ええっ、真っ直ぐですか!?」
ここの人間なら誰だって知ってる。
あれがいかにとんでもない建造物であることを。
なにせ西側に振り返ればこの真夜中だって、黒い暗黒となった高い壁と、その上に配置されたかがり火が見えるのだから。
「ご心配には及びません、慣れておりますので」
「あっ……?!」
わたしはシスター・クークルスの手を取り、深々とお辞儀をした後に敬愛を込めて手の甲に口づけした。
わたしお爺ちゃんですから、こういう古くさい趣味なのです。
「あなたには大変お世話になりました。心より親愛を込めて、感謝いたしますクークルス」
「いえそんなことありませんよ、こちらも十分過ぎる代価をいただきましたし。うふふ……ですけど貴方はシャレたネコさんですね♪」
「いいえ、正当な代価にはほど遠いものです。あなたは、わたしをネコヒトと知りながら、取引をして下さった。こちらの足下を見ずに、ネコババなんて考えないで誠実に、最高の物を取りそろえてくれた。その事実がわたしは嬉しい」
こればっかりはちゃんと言っておきたいことでした。
ウォードもそうです、わたしの足下を見ないから死ぬまで関係を続けることができた。
シスター・クークルスは立派です。ちょっと変な方ですが、人柄に敬意を抱きます。
「あらー、だってそんなの当たり前のことですよ~? 仲良く手を取り合えば魔族も人間も仲良くできると思います」
「ええ、そうかもしれませんね。……この300年、実現した例がありませんが」
わたしは年寄り、生ける歴史の証人、月日が示した現実を知っていた。
理想1つでどうにかなるなら、とうに戦いは終わっている。終わったとしても、またすぐに始めるバカが出てくる。それがこの世の宿命です。
「では、また物資が足りなくなったら戻ってまいります。そのときはそのときこそ、ニャー、わたしはあなたに恩返しを致しましょう」
「いいんですよ、神にこの素敵な出会いを感謝しましょう。あ、ネコさんたちの魔神様にも祈っておきましょうか」
わたしは首を振ってあんなやつに祈らなくていいと、態度だけで示した。
あれはきっと、魔族を救う存在なんかではないのです。
「感謝します。必ずまた戻り、ご恩を返しにまいりましょう。それでは、ミャー、またお会いしましょうシスター」
「またお会いしましょう……あ、すごく今さらで恥ずかしい話ですけど、貴方のお名前は?」
「エレクトラム・ベルとお呼び下さい。これ、真っ赤な偽名ですが」
偽りの名も、真実の名を知る者が生き絶えれば、それは真なる名となる。
わたしはお人好しのシスター・クークルスと別れを告げて、荒っぽいレゥムの街を去った。
●◎(ΦωΦ)◎●
高台に向かって道を登り、長城ギガスラインの外れにたどり着いた頃には深夜だった。
重い肉体を持つ者たちは、坂道というものに苦労するらしい。元々のわたしからすれば何のことはありませんでした。
けど今は違います、さすがに重い……。
「さてさて、ナコトの書よ出番です」
空っぽになった荷物袋からナコトの書を取り出し、大きくして書の2ページ目を開いた。
挿し絵にある、高々と天へと舞い上がるネコ、それがわたしらしい。
「アンチグラビティ」
発動と同時にわたしのただでさえ軽い体重が半分になった。
これはわたしが持っている所持品にも効果が及ぶ。
農具、工具、種、パティアの新しい服、護身用のボロいエペ、全てが半分になった。
「そして、ハイド」
さらにお得意の潜伏魔法ハイドをかければ完璧です。
わたしは魔族を阻む鉄壁の壁、ギガスライン要塞を見上げた。
前にも言った気がしますが、これは一つ目の巨人ギガンデウスを迎撃するために作られたもの。
非常識に高く長く頑丈なそれは、その昔に人類どもが命がけで築き上げてきたものです。
「では帰りましょうか」
わたしは酒場の2階屋根に飛び移った。長城に併設されたそれはちょうど良い最初の足場です。
そこからさらに高々とネコヒトが跳躍する。ギガスラインの壁に張り付くと、後は石材と石材の隙間に爪を立てて上に登っていった。
わたしの体重は半分、荷物を持っていたところで何のことはありませんでした。
通常の方法では突破不可能とされていた要塞、ギガスラインの城郭にわたしはすぐに上り詰めました。
行きもこの手を使えば良かったですって? はい、魔界側に偏った見張りの目をどうにかできればいけるかもしれませんね。
「フフフ……アンチグラビティ、まさにわたしのために存在すると言っても過言ではない。少し地味ですが、反則ですねこれは……」
わたしはその昔、ここではなく北部のギガスラインに乗り込んで攻防を繰り広げたことがある。
結局最後は奪い返されてしまったが、この山のように高い視点から、赤黒く焼ける人の街を無感動に見下ろしたりもした。
東を振り返る。ここより先が人間の世界だ。星空の下にレゥムの街の明かりが散らばり、さらに彼方でもちかちかと灯火が輝いている。
それは人間たちの成長の証でもあった。
対する魔界側は果てしなく続く樹海、星の光すら通さぬ暗雲、真っ暗闇がどこまでも続き、ときおり雷光が音もなく空に輝いていた。
「いつかわたしたちは、負けるのかもしれませんね……。その頃には、さすがのわたしも、今生きている誰1人として残ってはいないとは思いますけど……」
なにせ巨大な要塞です、城郭の警備は薄くわたしという侵入者があることすら想定できていない。
わたしは悠々と魔界側の方角へギガスライン城郭を歩き、真っ暗闇の雷鳴に包まれた魔界側に飛び降りた。
あの子の待つ大地の傷痕に、沢山のお土産を持ち帰るために。
ついでにバーニィ・ゴライアス、あのうさんくさい悪党の顔も何だか恋しくなってきてしまいました。




