24-1 ネコは真実と蜂蜜を求めて東に征く - だぜ -
前章のあらすじ
ネコヒトの生い立ちと魔王との出会いの物語。
昔々、ペルバストと名付けられた4歳のネコヒトがいた。
彼は武の才能に恵まれず、世にすねていた。
しかし家を離れ、魔王の執事エイブに引き取られてより少しずつ変わってゆく。
貴人の使用人としての訓練を積み、やがてそのネコヒトに最初の主ができた。
それがイスパ・アルマド魔公爵、リード少年の曾祖父。
変わり者の道楽貴族イスパより、ネコヒトは音楽を教わった。
戦いの才能がなくとも、音楽で人の心が動かせることを知った。
それから彼が5歳を迎えたある日、公爵家の離宮に客人が来た。
それこそネコヒトが生涯をかけて仕えた魔王イェレミアその人だった。
彼はイェレミアに気に入られ、ほぼ強制で僕にされる。
その際にベレトート・ペルバルトという新しい名が与えられた。
魔王イェレミアは少なくとも、ベレトにとって絶対の存在だった。
魔界を支配していいのは魔王様だけ、他の誰一人として認めない。それこそが彼の根底にある想いだった。
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ネコは真実と蜂蜜を求めて東に征く
胎動を始める悪意と陰謀と再会の章
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24-1 ネコは真実と蜂蜜を求めて東に征く - だぜ -
すみません、昔話の続きはまたの機会にしましょう。
これからわたしはレゥムの街へと出立します。時刻はいつもより少し遅めの夕刻前に設定しました。
まずは昨日夕方から今日昼過ぎまでの、ほんの20時間ばかしの睡眠を取りました。
さらに年少組の子たちを集めてスリープをかけましたので、現在のわたしは完全なる覚醒状態と言えます。
それから腹持ちの良い肉料理と、ふんわりとしたパンによるがっつりとした食事、荷物の準備を済ませると、わたしは万全な状態でこうして人知れずバルコニーへと抜け出したのでした。
「ピヨヨッ、ピヨヨヨッ、ピュィッピュィィーッ!!」
ところがこれは監視されていたのでしょうね。
外に出るなりすぐさま、しろぴよさんの高く愛らしい鳴き声が辺りに響き渡りました。
十中八九、お友達のパティアをこの場所に案内するためにです。
「ねこたんっ!」
「おやパティア、血相変えていったいどうされましたか?」
これは言うなれば、黙って出て行こうとした現場そのものです。
慌てて城の長い階段を駆け上がって来たのでしょうか、パティアはわたしの胸に飛び付くと、息切れしてか重くしがみ付くのでした。
「ぜぇぜぇ……あのなー、ねこたんっ、あ、あのなっ、ぜ、ぜぇ、ぜぇぇ……」
毎回毎回、いちいち大げさな別れのやり取りをするのが面倒でした。
それを省略しようとしたわたしを、パティアは怒るのでしょうか。
「それはそうとしろぴよさん、頭に乗るのはまあこの際譲歩しますが、これから出立なのです。フンだけは勘弁して下さいよ」
「ピヨ? ピヨヨ……?」
これですよ……。
しろぴよさんは人語を理解する知能があるくせに、ただの鳥のふりをしてとぼけていました。
この軽くふわふわとした感触は嫌いではありません。
しかしフンだけはどうにも……。
「ふぅぅ……。あのな! ねこたん、はちみつ! はちみつわすれるなー?! はちみつわすれたら、パティアは、ショックで、ねこむからなー……まじでー?」
「はいはい、必ず。それと花の種ですね」
何を言うかと思えば、わたしへの抗議かと思えば、それはただの食い意地でした。
よっぽど蜂蜜に憧れがあるようです。
メープルシロップより濃厚なあの甘さは、必ずパティアを魅了させるでしょう。
それは想像するだけで微笑ましく、旅のモチベーションを上げてくれました。
「うんっそれもなー! それないとなー、あるたんがなー、ねこむ……」
「彼はもう大人です、花の種ごときでそれはないかと思いますよ」
「うーうん、そうでもないんだなー。あるたん、きのうからねー、うきうき、そわわわ~、してるよー。だからな、おはなのたね、かってきてあげてね」
「はい、言われてみればそんな気もしてきました」
ハルシオン姫がこれ以上ボロを出さないよう、シスター・クークルスにでも真実を明かして行くべきでしょうか……。
ですがあのシスターはわたしの想像力と常識をいつだって凌駕します。
彼女はド天然の中のド天然、余計な一手にもなりかねない。ええ、やっぱり止めておきましょう……。
「パティアなー、あるたんのよさ、さいきんきづいた、あるたん、かわいい。あ、そういうことでー、おはなのたね、ぜったい、かってきてねー。あと、はちみつなっ、はちみつっ!」
「はいはい、それだけ何度も言われたら忘れようがありませんよ」
「むふふ……やったぜ。パティアの、けいさんどおり、だぜ……」
その『だぜ』というのは、子供たちの間で最近はやってるんですか……?
まあ女の子らしくないと、親がいちいち矯正するのもどうかと思いますし……。きっとそのうち飽きるでしょう。
「では行ってきます、ちゃんとバーニィたちの言うことを聞くんですよ? 1人で森の奥に入ってはいけませんからね?」
「ん」
「ん、じゃありませんよ。はい、と言って下さい」
「んー……んっ!」
突然奇襲されたり、知能のある魔族に言いくるめられない限り、今のパティアが敵に負ける姿はとても想像できません。
逆に言えば、その奇襲と、頭の回るタイプの魔族がとにかく怖いのです。
「あなたという人はどこまで……。わかりました、どうしてもというときは、リセリとジョグを連れて行って下さい。あの2人はあなたの弱点をちょうど良く補完してくれるはずです」
「ん、わかった。でもなー、いわせてもらう? けどなー? ねこたんはー、パティアをな、しんぱいしすぎ、だぜー?」
「なら少しは安心できるような行動を取って下さいよ……」
幼い頃のわたしが頑固で親の言葉を聞かなかったように、若さというのは得てしてそういうものです。
困ったことにこの娘は、己のわがままを押し通せるだけの実力もあるのだから、なおたちが悪い。
仮にもし親子ケンカになったら、いつかはわたしの方が負けてしまいかねない……。
「では行ってきます、あなたの大好きな蜂蜜を買いに」
「ねこたんもパティアはだいすきだぞーー! あと、おはなのたねもなーっ!」
どうしたものでしょう。
これから本格的に実力を付けてゆき、そこに反抗期とやらが加わったら……。
なるほど……。
確かにこう思い返すとわたしの性質は、親としては心配性に分類されるのかもしれませんね。
「ねこたんっ、いってらっしゃーい! はやくかえってきてねー!」
「はい、できる限りの範囲で」
さあ行きましょう。
パティアの見送りを背にバルコニーを飛び降りて、わたしは広くなった畑を抜けて東へ東へと旅立ちました。
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魔界南部の森は雪解けを迎えていました。
もう白い積雪も、日陰や窪地にときおり見かけるくらいしか残っていません。
雪解けでぬかるんだ土壌や水たまり、増水して小川が川となった障害物たちを、わたしは樹木の摩天楼を飛びつたってアクロバティックに突破して行きました。
ここが人間と魔族の緩衝地帯になっているのは、こういった面倒な自然環境があるのもその一因でした。
さてここで少し整理しましょう。
今回の目的は品物の売却と物資の買い出し。それからホルルト司祭および、レゥムの闇社会のマダムからの情報収集です。
荷物は冬の間に迷宮でたまりにたまりまくった、プリズンベリルや魔物素材。
それと以前湖で釣りをした際に手に入れた香木のかけらを試供品として持参し、あとは秋のうちに集めた希少薬草を詰めました。
さすがに量が量です。リュックに入り切らなかったものもありました。
そこでシスター・クークルスが、首狩りウサギの毛皮でプリズンベリルを縫い包んでくれました。
レゥムの街では作物の種と、蜂蜜、塩、その他もろもろ、それから主に木工と畑関係の道具類を買い足します。
里の皆のオーダーを全て聞くとなると、わたしだけではとても全て持ち帰れません。
そこで今回はタルトに報酬を支払って、運搬を依頼したいところです。
ですが先方の予定もありますし、まだどうなるかはわかりません。
もし実現すれば、またタルトとバーニィのやかましい口ゲンカが隠れ里ニャニッシュこだますることになるでしょう。
過去回は小出しにしていきます。




