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23-1 魔王の寵愛を受けた、とあるネコヒトの見た歴史 - 恩人たち イスパ・アルマド -

「初めましてイスパ様、わたしの名はペルバストと申します」


 自称を『僕』から『わたし』に変えたはこの頃でした。

 晴れてエイブに認められて、使用人の仕事に就くことになったのですから、公私を分けるちょうどいい契機だったのです。


「そうか、はるばる都からよく来てくれた。……歳はいくつだ?」

「はい、来年で5つになります」


「ほぅ、話通りなかなか利発そうだな……」

「恐縮です」


 お屋敷に着くと、すぐに当主が会ってくれました。

 驚くほど広い書斎に通され、ほがらかで品の良い男性がネコヒトを迎えてくれました。


「おおそうだった、既にご存じだとは思うが一応自己紹介をしておこう。わたしの名はイスパ・アルマド、この地で魔公爵をしている者だ」

「ご高名はかねがね……あなたに仕えることができて光栄です」


 レアルの祖父、つまりリード・アルマドの曾祖父です。

 不幸にもレアルの父親はこの後を早世したため、公爵位を継ぐことはありませんでした。


「まあそこに座れ、ネコヒトが堅苦しく背筋を伸ばしているのはどうもな、無理をさせているようで悪い気がしてくる」

「いえ、うちの……うちの家は、ネコヒトのくせに背筋を伸ばす妙な習慣を持つ家でして。丸めているとかえって落ち着きません」


 実家のことはともかく、魔界中央深部を支配するアルマド公爵家は、当時魔王様に次ぐ権力を持っていました。

 その使用人になるとなれば、ネコヒトの尺度では大出世コースです。


 実際、エイブに半ば強要されて義父と義姉に手紙を送ると、我が子のことのようにこの話を喜んでくれました。

 いえ実際、血は繋がっていなくとも、わたしは父の我が子であり、姉の弟でした。


 それと無事に双子が生まれたとも手紙で聞きました。


「で、何ができる?」

「はい、一通りの儀礼、使用人としての全てを教わりました。魔王に仕える執事エイブより直々に」


「ふむ、それで他は?」

「他、他ですか……?」


 イスパ・アルマドどんなときも笑顔と微笑みを絶やさない男でした。

 楽しそうにわたしから面白い話を聞き出そうと、書斎机にのめり込んでいた、そんな覚えがあります。


「そうだ。ああ、ネコヒトの里では何をしていた?」

「ああはい。狩りは下手くそだったので、畑仕事と、荷物の運搬……。後は野草集めくらいでしょうか……」


 彼の満足のいく返答ではありませんでした。

 彼は書斎のイスから立ち上がり、その正面のイスに背筋を伸ばして座るネコヒトにゆるやかに詰め寄ります。


「だからそうじゃない、何をして遊んでいたかと聞いている」

「は、はぁ……? 遊びですか……」


 イスパ様は名君でした。それと同時にとても変わった好事家でもありました。

 もう魔将アガレスに奪われてしまいましたけど、アルマドの財宝の3割方は彼が収集したものだと孫のレアルが言っていたはずです。


「あの、ですがなぜわたしにそんな質問を……」

「若きネコヒト・ペルバスト、俺が君と話したいからだ」


 彼の宮殿にははいて捨てるほどに多くの使用人がいます。

 なぜわたしごときに興味を持つのか、とにかくそれが不思議でした。

 ええまあ、理由はちゃんと後でわかったのですけどね……。


「……そうですね。里の公民館で蔵書を読んだり、同年代の子たちと追いかけっこをしたり、そのくらいです。親が本当の親ではなかったので、遊ぶくらいならと、家の手伝いを優先させていました」


 これで模範的な回答になっただろう。わたしはそう思いました。

 ところがイスパ様には不評も不評、まるでオークみたいに顔をくしゃくしゃにしかめてしまいました。


 余談ですがこの不意打ちの変顔に、お屋敷の使用人たちはいつだって困らされていました。

 吹いたら不敬どころじゃありません。

 わたしは今日まで続けてきた、自分のポーカーフェイススタイルに感謝しました。


「それでは生きててつまらんだろう! というよりだな、今のでなぜ笑わんっ!」

「はい……? イスパ様はもしかして、わたしをからかっておられるのですか……?」


「堅い、堅過ぎる……本当に君は5歳かね? ああ、なんたることだ……信じられん、理解などできん……」

「すみません、あの、ならわたしはどうしたら良いのでしょうか……?」


 人間の顔立ちで言うならイスパ様は30代後半のおじさんです。

 金刺繍がふんだんに施された赤のダブレットを着込み、これでもかとビシッと決めた大貴族様といった風体です。


 それがわたしごときに頭を悩ませ、髪をかき乱して真剣に思慮を始めたので当時は驚きました。


「よし決めたぞペルバスト、お前には俺が、直々に楽器を教えてやる。これがな、バカにならんことにメチャクチャ楽しいのだ」

「あ、あなたが、わたしに、ですか……っ!?」


「ふむ、だが何から教えたものかな……」

「待って下さい、そんなことしてもあなたにメリットがありません。わたしは使用人、あなたの配下です」


 するとリード・アルマドに少しだけ似た曾祖父は、貴族らしからぬ豪快な笑顔を若きわたしに浮かべました。


「そんなもの気にするな」

「いえ気にしますよっ、むしろ気にしない方がおかしいですっ」


 するとイスパ様は床に膝を落として、わたしに目線の高さを合わせます。

 まだ成熟を迎えていないネコヒトに、まるで我が子を見るような目でやさしく笑うのです。


「ははは。俺はな、これでも人を見る目があるんだ。才能を発掘してチャンスを与える、それが俺のような位のある者の、役割でもある」

「それがわたしにあると……? 残念ですがそれは見込み違いです。わたしは弱く、魔力もありません」


 この頃のわたしはボルト魔法すら使えませんでした。

 それに戦い以外の才能に意味などないと、勘違いもしていました。


「なら言い換えよう。一目見たときから君が気に入った。だから君に音楽を教えて、ただそれを楽しみたい。今はそういう俺の道楽だと思ってくれてもいい」

「……まあ、それがご命令というならば、こちらなりに善処いたします。ですがわたしはこれまで一度も、楽器を持ったことなどありませんよ」


「お前は今4つ、始めるならちょうどいい時期だ」


 アルマド公爵家に仕えに来たのに、当主に会ったら逆に音楽を教えてくれるという。

 当時柔軟性に欠けたわたしがひどく混乱したのも当然です。


「ですけどわたしはあなたに何も支払えません」

「君の奏でる音楽を聴ければ、俺はそれで満足だ。さあ始めるぞ、レッスン開始だ」


「い、今からですかっ?! あなたの仕事は!?」

「ハハハ……嫌なことを思い出させるな」


 冷静に過去を思い返せば、イスパ様がわたしに興味を持ったのも当然でした。


 ネコヒトという頭がよく回って何につけても器用な種族、その中でも超早熟だったわたしは、何かを教えて吸収させてみたくなる、脱脂綿みたいな存在だったのです。


 こうしてわたしはイスパ公爵に書斎の外に連れ出されました。

 音楽室と呼ばれる白く優雅で明るい部屋に通されて、彼の執事たちが楽器をわたしの前に1つ1つ並べてゆくのを見せられました。


 わたしはまるで、王に見初められた美姫のような扱いを受けていましたよ。


「さあペルバスト、どれが気に入った、どれを演奏してみたい? 直感で選んでくれ」

「い、いえ……わたしの手で、こんな綺麗な楽器を汚すのは……」


「そうかフルートかっ、隠すなわかるぞっ、この白銀の輝きに目を奪われただろう!」

「あ、あなたの直感じゃないですかソレっ!?」


 本当に芸術が好きで、情熱的で、ちゃんと領主の仕事もこなす実に出来た男でした。

 若きネコヒトの瞳が銀の輝きに向かなければ、今頃わたしカスタネットでも叩いていたかもしれませんね。


「これは難しいのだがな、しかし、おお、なかなか絵になりそうだ。わかったぞ、これに決めよう。さあ始めるぞペルバスト!」

「音楽の経験が無いって言ったのに、何でそんな難しい楽器からスタートさせるんですかーっっ?!!」


 周りの連中、執事たちは笑っていましたよ。

 イスパ・アルマドにとって、こういった気まぐれは珍しいことではありません。


「君に音楽の楽しさを伝えたいだけだ、さあフルートを持て!」

「いえあのっ、人の話を聞いて下さいよーっ!?」


 情熱屋の好事家の悪いスイッチが入ったのです。言ってもムダでした。

 こうしてわたしはイスパに楽器と音楽を教わりました。


 音楽を奏でることで、弱いネコヒトでも他者の心を動かせることを、わたしはこのとき知ったのです。

 オーク種やデーモン種のような、生まれ持った武勇がなくとも、器用なネコヒトにはネコヒトの才能があるということを……。


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