23-1 魔王の寵愛を受けた、とあるネコヒトの見た歴史 - 恩人たち エイブ -
4歳のネコヒトはとある執事の家に預けられました。
その執事は大柄なミノス族の老人で、名をエイブといいます。
幼いネコヒトにお役目を果たさせるには、まず儀礼や仕事の基本を覚えさせなければなりません。
なのでそれから半年、ペルバスト少年は厳しい彼の下で、ありとあらゆる上流階級の常識を教え込まれました。
魔界の都に彼の屋敷はあります。
少し妙に聞こえるのですが、主に仕える執事でありながらエイブは己の邸宅を持っていました。
塀の向こうは魔界で最も発展した栄光の都、ですがわたしは外には出ませんでした。
エイブに出たいと言えば、お使いくらい理由を付けて任せてもらえたでしょうに。
わたしは彼の下で、技術の吸収に勤しむばかりで、楽しみを探すことを放棄していました。
しかしその頃にはうっすらと理解してきていました。
ここでがんばれば、孤独な自分にもいつか未来が得られるかもしれないと。
●◎(ΦωΦ)◎●
ある日、エイブにこんな話をしました。
きっかけはもうよく覚えていません。どうせ子供相応に、何かの言い訳で口にしたんだと思います。
「ネコヒトの成長が早いのは、換えの利く消耗品として、支配者に尽くすためです。魔族としては小食ですし、1日12時間の睡眠が必要な点以外は、奴隷として最適です。だからわたしたちは――」
この後に何と言おうとしたのか覚えていません。
すぐに口をはさまれてしまいましたし、それが気品あるエイブらしくない強い口調でした。
「ペルバスト、それは違う」
わたしたちは生まれながらに奴隷なのだと、ずっとそう思い込んでいました。
社会という牛を育てるための、牧草のような種なのだと。
ですが実際は違いました。そう確かそのときは、わたしの正面の革張りのソファに、エイブが己の巨体を座らせていました。
「そうでしょうか、そうとしか僕には思えません」
「お前はまず、その歪んだ受け止め方を直せ。事実に理由を付けて、自分の都合の良いように暗く受け止めているだけだ」
「僕はそんなつもりで言っていません」
「聞け! 確かにお前たちネコヒトは弱い、弱いがゆえに少しでも早く成長しなければ生きられない。いいか、成熟が早いのは、ただそれだけのことだ、支配者に使役されるためではない」
矛盾していました。エイブの立場からすれば、わたしの思い込みを正さない方が良かった。
貴人に仕える、身をわきまえ、逆らうことのない都合の良い労働力を作りたいなら、こんなこと言う必要などありません。
いえだからこそ、彼は己の主から絶対の信頼と相応の代価を受けていたのでしょう。
「お前は奴隷になるために生まれたのではない」
少なくとも当時のわたしはその言葉に心動かされました。
「事実は変わりませんよ、エイブ」
「そう返してくるのはわかっていたよ。ペルバスト、強情なやつだ……」
まあ、人が言葉1つでそうすぐに変わるはずがありませんでしたがね。
正直じゃないペルバスト坊やは、心では感動しながらも、心に響いていないふりをしたのです。
「諦めるな、ネコヒトはけして弱い種族ではない。少なくとも私は尊敬の念を持っている。ネコヒトはかつてある偉大な男を輩出した血族だ、誇れ、服従しようとも、誇りだけは失うな」
「……そんなこと言ってくれるの、きっとあなたくらいですよ。ま、気持ち半分だけ、覚えておきます」
今でも彼の言葉を覚えています。
それはこの日から彼の言葉を心のよりどころにして、生きてきたという証拠です。
わたしは魔王に仕える執事エイブに、誇りの大切さを教わりました。
ネコヒトは、けして弱い種族ではない、偉大なる古種なのだと。
●◎(ΦωΦ)◎●
それから1月も経たずして、わたしは彼の屋敷を離れることになりました。
修行中の身だったペルバストはようやく彼に認められ、仕事を任されることになったのです。
わたしの初めての主は善政をしくことで高名な領主で、人柄にも恵まれた、それはもう立派な方でした。
わたしの知る限り、300年前のあの頃が魔界の黄金時代でした。
魔王が消え、群雄割拠が始まった後に三魔将が台頭してゆくその後の時代と比較すれば、支配者は優雅で気品があり、魔王と貴族階級たちによる誇りある良き時代がそこにありました。
「これでお前も主に仕える使用人の1人だ。あの方によろしくお伝えしてくれ」
「はい、お任せを。それとエイブ、僕はあなたが嫌いではありませんでした。また会いましょう」
「ふんっ、一人前の口を利くにはまだ早いぞ。寂しくなるが、立派に勤めを果たせ」
「あなたの顔に泥は塗れません。一応世話になりましたからね、それでは……」
エイブと別れ、わたしは魔都を出ました。
先方や同僚に嫌われないかと、不安を抱えながら初めての主の下へ。
分割の都合により今回投稿分は短くなりました。
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