23-1魔王の寵愛を受けた、とあるネコヒトの見た歴史 - 旅立ち -
前章のあらすじ
隠れ里に春来る。まずは耕作地を確保するために、雪かきが進んでゆく。
ところがアルスと共に来た名馬ピッコロは、己の領分ではないと畑仕事を嫌がった。
そこでネコヒトはピッコロと共にカスケード・ヒルへと種の調達に向かう。
現地カスケード・ヒルに到着すると、ピッコロと男爵の間に謎の友情が芽生えた。
その翌日、ピッコロは馬と犬の友情に従って自ら畑仕事に加わっていた。
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リセリからの相談を受けて、年に一度のみんなの誕生会を開くことになった。
ネコヒトとリックは協力して誕生会のためにゼリーを作る。
ゼラチンマターと呼ばれる大型スライムより、ゼラチンの原料を確保し、子供たちの喜ぶ各種ベリーのゼリーを作った。
晩になると楽しい誕生会が開かれて、皆が皆に祝福される。
楽器が奏でられ、美味しい肉料理と、ゼリーというまだ見ぬ甘味を喜んだ。
パティアはこの日、数え年で9歳を迎えた。
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里の城壁付近に4色の葉を持つ謎の薔薇が生える。
それはしろぴよの糞から芽を出したものだった。しろぴよは意外にも恥じらい深かった。
後日、その薔薇はシロピアンローズと名付けられ、ネコヒトが伴侶となる雄株あるいは雌株を探すことに決めた。
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里の結界を張り直すと、半径2割ほども里が広がった。
ネコヒトとパティアは安全確認と討伐のために西へと向かう。
そこで美しい花園と、大地の傷痕と呼ばれる陥落の1つを見つける。
他の皆にも花園を見せたい。そうパティアが主張すると、古城に空中庭園を造るプロジェクトが浮かぶ。
適任は花が大好きな麗しの騎士、アルストロメリア。
ネコヒトは結界の発動者パティアより花輪の王冠を受け取り、花輪の国の王者に選ばれた。
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語られることのない断章
魔王の寵愛を受けた、とあるネコヒトの見た歴史 - 序 -
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23-1魔王の寵愛を受けた、とあるネコヒトの見た歴史 - 旅立ち -
きっかけはリード・アルマドでした。
彼は奥方似でしたが、ときどき見せる顔付きにはハッキリとあの方の面影が残っていました。
それがわたしの奥底に眠る遠い記憶を呼び覚まし、過ぎ去ってしまったもう戻れぬ日々を突きつけるのです。
あのときわたしにやさしくしてくれた人たちは、もうみんな死んでしまったというのに。
ネコヒト・ペルバストの運命が動き出したのは、ちょうど4歳の誕生日を迎えた日からでした。
昔話をします。もはや誰にも語れない、わたしの生い立ちを聞いて下さい。
わたしはずっと勘違いをしていました、わたしたちネコヒトは弱いのだと。
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4歳の誕生日は、旅立ちの朝でもありました。
家は土蔵の古いもので、けして大きくはありませんでしたがわたしには個室が与えられていました。
ネコヒトの里は山奥の高原、その草原地帯にあります。
エノコロ草やトゲトゲソウ、オナモミの実など、毛皮に張り付く種類の草が多く群生する土地でした。
「ペルバスト。おい、返事くらいしなさいペルバスト」
里に生える樹木は、自然そのものがネコヒトに合わせてか背丈が低いものばかりです。
エノコロ草とススキの原が風にそよぐ姿と音色が、今でもわたしの記憶と耳に焼き付いています。
「いるじゃないか、まったくお前は……」
「すみませんお義父さん、準備に夢中で気づきませんでした」
義父はグレーブルーの毛並みを持った穏やかな人でした。
少し説教がましいところがありましたけれど、パティアを娘に迎えた今となれば、自分の役目を果たしていただけだったのだと今さら気づかされます。
「ペル、しばらく会えないんだからお父さんに愛想良くしてあげて。寂しがってるのよ」
わたしには歳の離れた義理の姉がいました。
義父レヒトの娘のユトです。実父と同じグレーブルーの毛並みを持った、とても綺麗なネコヒトでした。
「ユト、止めてくれ。別れを惜しめばペルバストの出立が辛くなるだけだ」
「そうかしら、私は少しくらい感情的になっても良いと思う」
彼らはわたしの準備を何も言わずに手伝ってくれました。
それがその家では当たり前なのです。家族だったのですから。
「ええ、体よく僕を追い出す口実が出来て良かったですね」
そんなやさしいユトとレヒトにわたしは悪態をつきました。
まだ子供でしたから、子供相応に勘違いをして、1人でふてくされていたのです。
「違う。お前は優秀なのだ、この里で幼少期を過ごさせるにはあまりに惜しい」
「私もお別れが寂しいわ、ペルとずっと一緒に居たい。だけど外の世界を、あなたに見せてあげたいの」
「はぁ、何を言っているのやらわかりませんね」
ふてくされた小僧が聞く耳持つわけありません。
わたしは完璧な父と姉に目も合わさず、逃げるように準備に没頭しました。
「お偉方に差し出すなら、もっと武勇に秀でていたり、珍しい毛並みやオッドアイの個体を差し出すべきでしょう。それがなぜ、僕なのです」
当時のわたしは愚かでした。
愛情をもって育ててくれた義父と義姉に、感謝もしない愚か者でした。
グレーブルーの美しい毛並みを持った父と姉を羨んでいました。
自分はどこにでもいるクリーム色の毛のネコヒト。これといった模様も無い、平凡な存在でした。
「お前には知恵がある。他のネコヒトとはやはりどこか違うと思うのだ。お前を手放すのは俺も辛いが、これがお前の幸せのためだ。お前なら必ずやお役目を果たせる、他の誰よりもだ」
運動能力は下の中、ネコヒトの世界でその程度なのですから、わたしに兵士の才能は最初からありませんでした。
魔族の世界ではそれこそろくでなし、ネコヒトの里でも下と見られる立場でした。
現代と違って、昔はそういう厳しい時代でしたから……。
「僕はずる賢いだけです」
「そんなことないよ! 例えペルがそう思っていても、私は信じてるわ。あなたがいつか出世して帰ってくるって!」
「……それも口だけでしょ。義姉さんに子供が産まれるから、僕が邪魔になっただけと言ったらどうですか。この部屋を子供に明け渡せと……」
本当に、わたしは救いようもないバカでした。
己の無力さや劣等感を抱え、全てをわかったつもりで受け止めることで、現実から逃げていたのです。
ネコヒトでも、努力すれば魔王軍の戦士にだって、何にでもなれたはずだったのに。
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家の扉が力強く鳴り、ついにわたしの迎えが来ました。
逃げるようにバッグを抱えて応対に出ると、そこには豚づらのオーク種が立っていました。
「お前がペルバスト少年か?」
「はい、準備はもう済んでいます、行きましょう」
「家族に別れは?」
すぐ後ろでユトとレヒトが幼きわたしを見守っていました。
けれどわたしは振り返りませんでした。
「お世話になりました。これから生まれる実の家族とお幸せに」
わたしはまたもや愚かな悪態をついて、我先にと育った家を出て行きました。
「がんばってこい。お前の帰りを待っている」
「ペル、あなたならできるわ」
彼らの見送りの言葉をまだ覚えているということは、わたしはそれを心の支えに生きていたということでしょう。
その後はオークの男がわたしの背中を追って駆けてきて、しばらく口も聞かずに里の外への道を歩きました。
「親に対してあの言い方はないな……」
「余計なお世話です。それに僕に親はいません。親族がいなかったので、たまたま彼らの世話になっていただけですよ」
当時のわたしは本当にどうしようもないやつでした。
義父レヒトがわたしを送り出してくれなければ、あの方と出会えなかった。
価値観の狭いネコヒトの村でただ生き、少し頭が回る程度の弱いペルバストは、やがて魔王の豹変から始まる戦火に飲み込まれて、何も成さずに死んでいったことでしょう。
「む、むぅ……お前で、大丈夫なのか……? うちのお館様はたいそう懐の厚い方だが、それだけ周囲の者は恩知らずに冷たいぞ」
「ご心配なく、ご迷惑はおかけしません。それに僕は、他のネコヒトの誰よりも自分たちの立場を理解しています」
こんなくそ生意気なガキに、彼は怒りもせず心配してくれました。
愚者は自分が賢いと思い込むもので、わたしは完全にソレでした。
「あ~、わからん。つまり何が言いたいんだ小僧」
「僕たちネコヒトはあまりに弱い。他種族や魔王様の庇護を受けなければ、悪党に全てを奪われてしまう脆弱な存在です。弱い僕たちは魔族の最下級、いつ奴隷にされても仕方のない存在だと、理解しているのです」
あの頃のわたしはオーク種が羨ましかった。
生まれながらに戦いの才能を持っている種族、魔界で必要とされている民でした。
「お前、まだ4つだろ……」
「そうですが、何か?」
「何か? じゃねぇよ、そういう悲しいことは、簡単に言うなよ……」
「事実です。僕たちネコヒトは、その時代時代の強者に媚びへつらう他に、生きる道などありません」
わたしはオーク種の男に導かれて里を出ました。
旅は10日以上に及び、わたしはまず彼に外の世界の常識と、長旅の歩き方を教わったのでした。
いつも誤字報告、感想下さりありがとうございます。
この断章は短いものなので、どうか数日お付き合い下さい。




