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22-5 花輪の国のニャニッシュ - 白の花園 -

 最後にたどり着いたのはニャニッシュ北西のエリアでした。

 高台の森は比較的平坦だったのですが、そこだけゆるい傾斜面で、森も拓けて草地が広がっていました。


 あの恩知らずのミゴーに突き落とされたあの時のことを、わたしはふいに思い出していました。

 こんな傾斜面ではありませんでしたが、落ちた先にあったあの花のある草地にどこか似ていたんです。


「ねこたん、ここ、あれ、なーに……?」


 わたしとパティアは傾いた花畑を見つけました。

 その傾斜の果てには大穴と空があります。


 大陥落からのぞく遠い遠い向こう側に、紫色の瘴気渦巻く暗雲と、雷光、この世界の地の果ての姿が見えました。

 驚くべき光景だったでしょう。世界の底が意外にも浅かったんですから。


「あれこそ大地の傷痕、この土地の名前そのものです」

「へーー……なんか、すごいな……ふしぎ」


 危なっかしい足取りでパティアは斜面を歩きだし、花畑に座り込みました。

 白い花が多く、中には桃色やスミレ色、黄色も見つかります。

 花々の花弁は小さく慎ましく、けれど群れることで鮮やかに自らを自己主張させていました。


「ねえねえねこたんっ、あのさき、なにがあるのー? ねこたんしってるー?」

「見ての通りの瘴気――毒の煙による暗雲と雷鳴の世界、凄まじい嵐が渦のように岩を舞わせる、死の世界だそうですよ」


「それは、おっかないな……おちたら、しぬな……」

「そうですよ、石ころみたいに転がり落ちないよう、気をつけて下さいね」


 勇気と翼ある昔の友人が言っていました。

 大地の傷痕には、モンスターすら近づかない。

 本能でその陥落の果てにあるものを(おそ)れているのだと、そうまことしやかに言っておりました。


「みたの?」

「この先を、わたしが、ですか?」


「うん。ねこたん、なんでもしってるしなー。だてに、ながいきしてないのだ」

「フフ……残念ですがわたしは見ていません。友人がこの先に行こうとしたのです。この先に、ここではない別の世界があると信じて」


 いつかはたどり着くのでしょうか。

 人間と魔族の戦いが終焉を告げて、わたしの友のように、この先の世界に夢を見る者が現れるのでしょうか。


「ねこたんの、おともだちかー」

「バカな男ですよ。世界の果てより、己の寝床で夢を見た方が安上がりだというのに」


 わたしたちの世界は山脈、瘴気、霧の海に閉じ込められている。

 それはきっと神々が作為的にそう設計したのではなく、わたしたちが踏破出来る限界が世界の壁になっているのです。


「パティア、いってみたいなー」

「ダメです、恐らく行けば戻っては来れません。そもそもあそこは、人が通過出来る場所ではありません」


 魔界深部のさらにその果てを目指す方が、まだ可能性があります。

 あちらも瘴気の壁に阻まれています。

 しかしその先に、わたしたち魔族のルーツがあると、声高に主張する学者もいました。


 そういえば、ニュクスはその説を疑いながらも、強い興味を持っていましたっけ……。


「何だか気が抜けてしまいましたね……」

「きぐうだな、それは、パティアもだ。ちょっとやすもうぜ」


 男の子みたいな語尾に意味はきっとないんです。

 わたしたちは緩やかな斜面に寝転がり、討伐で疲労した身体を休ませました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 かと思ったら眠っていて、時間が飛んでいたんだなんて、わたしの世界では別段珍しいことではありません。


「ねこたん、おはよー」

「すみません、1人で寝てしまっていました。おや……」


 わたしが寝ている間、退屈だったんでしょうか。

 パティアの手に作りかけの花輪がありました。


挿絵(By みてみん)


 手先を眺めていると、それがもう不器用で、下手くそで、見ているだけでもどかしい……。

 しかし娘はすっかり没頭しています。一言も喋らず手を動かしていました。


「…………」


 ネコヒトはただただじっとそれを眺め続けました。

 成長するにつれ、人は器用さを身につけてゆくものです。


 子供の頃にはできなかったことが、大人になると自然とできるようになる。

 わたしの娘は人類最強の資質を持っておりましたが、手先の器用さは凡人でした。


「それ、貸して下さい」

「あ……っ。もー、ねこたん、いまの、らんぼうだぞー」


「すみませんね、見てられなくなりました。要領はつるを使った編み籠と変わりません、見ていて下さいね」

「あのね、バニーたんいってたよ。ねこたんは、パティアに、いいところ、みせたいんだってー」


「なるほど……残念ながら否定はできませんね。まあ、それが親という役割の一面なのでしょう」

「ねこたんは、パティアのパパだからなー」


 ネコヒトの指が花を摘み、花輪に巻き付けて輪を作る。

 半分ほど出来上がっていたこともあってすぐに完成しました。


「ぉぉぉぉ……これは、しゅごい……。きれー……」

「ええ、思ったより良い出来映えですね、あなたが作った土台が良かったようです」


 小さな花と花と結んで作ったそれは、花畑と同じ白の基調です。

 そこにスミレ色と、桃色、黄色の彩りと、場違いなツクシが何本も刺さっていました。


「どうぞ、お姫様」

「へ、へへ、でへへ……パティア、おひめさまだったのかー。ねこたん、パティアのつかいかた、わかってるなー」


 その花輪をパティアの頭に乗せると、わたしは困りました。

 似合うとか、似合わないとか、そういうレベルではもうありません。


 頭の上の花輪を両手で抱えて、無垢にはにかむパティアの姿は、わたしの長い一生の中で最も尊く美しいものに見えました。


「まるでこの世の楽園のようです」

「らくえん……?」


「美しい理想的な世界だという意味です。そしてそれは、ちょっとしたミスで、いとも簡単に崩れ落ちてしまうものです」


 魔王様とピクニックに行った日を思い出しました。

 といっても魔王様は怠惰なお方、わたしに花輪を編ませ、出来映えが良くないと文句を言っていました。


 花もこんな清らかな白ではなく、赤や紫の色の濃いやつでした。

 永久に枯れることがないよう、魔王様はわたしの作った花輪に術をかけて、大事に保管して下さいました。


「じゃあ、おはな、そだてよう。そうしたら、らくえん、ひろがるよ」

「はて、この辺りの花は美味しくありませんよ?」


「ねこたん! パティアがそんな、くいしんぼうにみえるかー!?」

「はい、わたしには拾い食いで地獄を見た娘がおりましてね」


 斜面だというのに、パティアは立ち上がって抗議に飛び跳ねる。

 かと思えば再びしゃがみ込みました。それも慎ましくです。


「あれは……うん、しぬかとおもった……。クーには、おしりむけて、ねれない……」

「そんなローカルはルール存じませんね。きっと尻ではなく足でしょう」


「おお……ちょっとまちがえたなー。あ、それでね、カールとか、おとこのこは、わかんないけどねー、おんなのこ、よろこぶとおもう」

「花畑の話ですか。まあ確かに、喜ぶでしょうね」


「やっぱりか……! あのなー、パティアなー、リセリとジアの、よろこぶかお、みてみたい。だからおねがい、ねこたーん、おはなばたけつくろー?」


 とても断れる気がしませんでした。

 花なんて育てても少しも腹は膨れません。それはわかっています。


「ダメ……? ねこたん、おねがい、みんなにもおはな、みせてあげたい」


 ですけどパティアや蒼化病の子供たちの笑顔がそれで手に入るなら、安い買い物なのかもしれません。

 パティアも子供たちも子供が背負うにはあまりに辛い過去を背負っています。それが心の歪みを招きかねない。


「ではいっそ、バルコニーにでも土を運んで、空中庭園とでもしゃれ込みますか?」

「なにそれ、そらとぶにわかー?! すごい、すごそうだなっ、それっ、それつくって、ねこたん!」


 パティアの妄想力はだてではありません。

 きっと物凄いやつをイメージしたのでしょう。文字通り空に浮かぶやつを。


「ではまずは花の種からですね」

「たねかー。はなのたねって、どこにおちてるかなー……」


 咲く前の苗を移すという手もあります。

 ですがそれではただ移しただけです。わたしたちが作った花畑にはなりません。


「今は春、野生の花が種を付けるまでまだまだかかります。なので明日の買い出しで育てやすい種類の物を買ってきますよ。……意外とこういうのは、アルスが詳しいかもしれませんね」


 すっかりなり切っていますけど、一応あれも王族でありお姫様です。

 空中庭園のたぐいにも詳しいでしょう。


「ねこたん、いいとこ、めをつけたなー」

「おや何かご存じなので?」


 するとパティアが興奮気味にわたしの隣にぴったり張り付いて座る。

 話したくてたまらないと、ネコヒトの横顔をのぞき込んでいましたので振り返ってさしあげました。


「うん! あのね、あるたんねー、よくパティアに、おはなくれるよ」

「何だか似合いますね、光景が目に浮かぶようです」


「ぜったいくわしい、パティアがおすすめする。あるたんはー、いがいにー、おはな、だいすきでねー、そこがかわいいんだー」

「なるほど、どうやら適任のようですね」


「だってそれにねー、あのねー、このまえなんかねー! おはなにむかって、あるたん、おはなししてた……。ウフフ、きみはかわいいね、って」


 ちょっとハルシオン姫様、なにボロを出してるんですか……。

 見られたのがパティアだからいいものを、そんな姿を人に見せたら性別を疑われてしまいますよ……?


「それはそれは、彼の恥ずかしい秘密を見てしまったものですね。それ、本当ですか?」

「ほんとう。なんかね、おんなのこみたいでー、かわいかった……。パティア、あるたんみたいなの、このみかも……」


 花に向かって話しかけてウフフ、ですか。

 アルス、あなたに憧れるジアなんかには、とても見せられない姿ですね。


「わかりました、彼に相談してみましょう」

「うーうん、それは、パティアがする。パティアがくーちゅー、おはなばたけ、つくる。だからなー、ねこたんはなー……、おにくとはちみつ、おねがいします!」


「結局食い意地じゃないですか……。さっきのオウルベアの肉、もうちょっとはぎ取って帰りましょうか」

「それはめいあんだ、ラブちゃんよろこぶなー。そしたらパティアのこと、もっとすきになって、くれるかなー……」


 オウルベアの腕肉は煮込めば人間の歯でも食べれます。

 わたしはパティアと共に花をもう少し摘んでから、古城グラングラムへと帰還するのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「あ、そだ。ねこたん」

「はい、何でしょう」


「この、はなわ、あげる」

「似合いませんよ、わたしには」


「うーうん、ねこたんは、ネコタンランドのおうさま。だからね、これは、おおかんなのだ……」


 最低の王者サラサールがパナギウムを継いだその年、わたしはパティアからの戴冠を受けました。

 そう、だからわたしはネコタンランドの――


「ちょっと待って下さい、なにしれっとネコタンランドで通そうとしてるんですかあなた」

「えー……ネコタンランドで、やっぱりよくない……?」


「よくありません、今さら不毛な論争に巻き戻さないで下さい」

「はぁ……ネコタンランドがいいのに……」


 ここは花輪の国のニャニッシュ 。

 今年はたくさんの家が建ち、里に花園が広がることが約束されています。

 サラサールが最低の王朝を作るなら、わたしは花輪を冠にしてここに楽園を作りましょう。


感想、誤字報告ありがとうございます。

次章はとある断章となります。


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