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22-5 花輪の国のニャニッシュ - わたしの娘は加減がわからない -

 西に向かったジョグとリセリが戻りました。

 ジョグはわたしたちをカエデの木の下に見つけると、リセリを二の腕で抱きかかえたまま大股で駆け込んで来ました。


 そしてこう言うのです。思いもしない予想外の結果を。


「エレクトラムさん、あのっ、聞いて下さい!」

「大変だぁエレクトラムッ! 里がっ、ニャニッシュがっ、なんか広がっちまったべさぁッッ!」


 こういうジョグのたくましいところにも惚れたのでしょうか。

 リセリはジョグの肩に腕を回して、右側の胸にぴったりと身を寄せています。


「はて、広がった、とは具体的にどういうことでしょう?」

「そのまんまの意味だべ!」

「パティアちゃんの結界が、なんだかその、大きくなったの! それが里の外側も飲み込んで……私たちそれを伝えに……っ」


 どうやらやり過ぎたようですね……。

 ニャニッシュが広がった。それは朗報でもありましたが、喜んでばかりもいられない部分もありました。


「大変ですエレクトラムさん!」

「そうなんだよねこくん! ……あ、いや、その様子だと先を越されたみたいだね」


 騎士アルストロメリアと令嬢マドリも戻ってきました。

 東側も同様の結果だったようです。


「あ、アルスさんがしつこいからですよぉ……」

「フフフ……君のようなかわいい子を守るのが、騎士の役目さ」


「だ、だからって、トイレくらい1人でさせて下さいっ!」

「ダメだよ。野生のウサギ野郎が、どこで聞き耳を立てているかわからないじゃないか」


 何やら大変だったようですね。

 初春の冷たく涼しい気候だというのに、マドリは長距離走も加わってか顔をまっピンクに染めておりました。


「ねこたん、パティア……もしかして、しっぱいしたか……?」

「いえ、あなたはがんばりました。がんばった結果、良いことと、悪いことの両方を引き寄せただけです」


「そか。じゃあー、また、やりなおすー……?」

「いえ、これだけ大規模な術を、何度も使って世界に干渉するのはあまり――いえ、つまりは隠れん坊の仕切り直しは何度もするものではない、ということです」


 ジョグとリセリはまだ離れません。

 心なしか口数が少なく、二人の世界に入りかけているようにも見えなくもない。


 どちらも離れたくないがゆえに、恥ずかしい状況には気づいてはいるが、今の停滞を望んでいるかのようでした。


「おお……ねこたん、いいこというなー。たしかに、そういうの、つまんないなー」

「フフフ、そうでしょう。さてそれはともかくとして、具体的にはどれくらい広がったのですか?」


 リセリとジョグはそっとしておいて、わたしはパティアの手を引いてアルスとマドリのすぐ前に移動する。

 気を使われたのを察してか、リセリの喉から小さな声が上がりました。


「たぶん、半径で2割ほどかと思います」

「盆地とそれに隣接する高台、それが今日までのニャニッシュの版図だとすると、高台部分を丸ごと飲み込んだ形になるだろうね」


 半径で2割増し――そうなると約44%ほど里の総面積が広がったことになります。


「あ、そうでした。元々外側にあったメープルの木も、今は新しい結界の中に入っています!」

「おお、そうだったべ。あれなら今までよりよ、ずっと安全に採集できるべさ」


 それは朗報です。

 パティアがメープルシロップ目当てで、1人で結界の外に抜け出さないか心配でしたから。


「それーっ、ほんとうー?! やったぁー、じゃあパティア、こんど、こじんてきに、とりにいくかなー!」

「いえ喜んでばかりいられないかと」


 ネコヒトはレイピアに手をかけました。

 いまだにバーニィとリックが戻らない理由がわかりました。

 今頃彼らは広がったエリアの探索、および安全確認を進めている。


「パティアちゃん、さすがに1人で高台まで行くのは……ダメだよ」

「リセリくんの言うとおりだ。君は怖いもの知らずだが、外の世界には恐ろしい悪党が山ほどいるんだ、気をつけてくれ」


 状況を把握したのでしょう。ジョグはリセリを下ろして周囲を見回しました。

 そうですね、里の結界が外側を飲み込んだ以上、ここも安全とは限りません。


「えーー……でも、めぷーるしろっぷ……」

「まだ初春だから満足に採れねぇべ。行くならおらが肩に載っけてっからよぉ、それでいいべぇ?」

「そ、そのときは、私もご一緒します……ジョグさんのお手伝いがしたいから……」


 すみませんがイチャイチャはそこまでです。

 わたしは古城の東に広がる耕作地に目を向ける。そこでは作物の若葉がもう芽吹いていました。


「ジョグとリセリはここに残って、里の防衛をお願いします。万一の可能性がありますから、ダンや子供たちを城に避難させて下さい。それとイヌヒトのラブレーは戦力になりますので、わたしから彼に協力要請を」

「わかったべ!」


「それとのろしの準備を。手に余る相手が現れたらすぐに上げて下さい」

「そうなると、ボクらは東側かな?」


 東側は危険度が低い。

 とはいえアルスとマドリに討伐を任せるのもどこか不安です。追加戦力としてパティアを預けるべきでしょうか。


「エレクトラムさん、私たちを信じて下さい。それにアルスさん、最近がんばってるんです。バーニィさんに負けられないって」

「見ていてくれたのかい、マドリくん! そうだよ、あんなデリカシーのないスケベオヤジだけど、アイツおかしいくらい強いんだ、そんなの悔しいじゃないか!」


 バーニィは生まれる時代と国を間違えました。

 平和ボケのパナギウム王国では、武勇がいくらあっても出世はできないのです。

 いっそ魔族に生まれた方が彼は幸せだったのかもしれません。


「ええ、困ったスケベ男ですが、腕だけはバカになりません。アルス、彼を越えるのは意地一つでどうにかなるものではありませんよ」

「フッ……アイツも倒せないようなら、ボクは自分の運命に飲み込まれて無惨に果てるだけさ」


 それはアルストロメリアではなく、現在の第一王位継承者ハルシオン姫の姿でした。

 既にパナギウム王国はサラサールという鬼畜男が王位を継いでいるはずです。


 歪みに歪み果てた邪悪な男です。いずれ何かしら良からぬ事態を引き起こすでしょう。


「では、東の討伐はお二人にお任せします」

「ああっ、ボクに任せてくれ! さあついて来たまえマドリくん!」

「え、ええっと……こういう時は……。この命に代えましても! 確かこう言うんでしたっけ……?」


 マドリは読書家です。

 そのセリフは騎士と従者の冒険物語ではお約束のものでした。

 走り抜けて行く偽りの騎士と、それを追いかける元魔公爵の姿は眺めているだけで皮肉が利いていました。


「ねぇねぇ、ねこたん、なにがおもしろいのー?」

「はい、なんだかんだあの2人、いいコンビだなと思いまして」


「おお……ねこたんも、きづいてたか。けっこんとか、するのかなー?」

「それは無理ですね」


 いきなり結婚とはステップをいくつも吹っ飛ばしています。

 しかしそれがいかにも子供の発想らしくて、かわいいものです。


「なんでー?」


 わたしはナコトの書をパティアのウサギ型のリュックから拝借しました。

 それを開き、静かにつぶやいてアンチグラビティを発動させる。


「立場が違いすぎます」

「おっ、おわーっっ、ねこたっ、ほわぁぁぁーっっ?!」


 わたしとパティアは半径で2割広がったという西側の調査、脅威の討伐に向かいました。

 ハルシオン、リード・アルマド、あの2人を見ているといつだって思います。


 歴史の面舞台を降りたのなら、古い役割などもう捨ててしまえばいいのです。

 しかしいつまでも未練たらしく魔王様への忠誠を尽くした愚か者が言うと、説得力も何もありませんかね……。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 わたしとパティアは西の高台に上がると、隠れ里の安全維持のためにモンスターを狩って回りました。

 グールを発見した時にはわたしも背筋が凍りました。


 その死せる食人鬼は、里の中に絶対に入れてはいけない、人々の命に関わる厄介な怪物だったからです。


「どうだー、ねこたん! パティア、またクマやっつけた!」

「フフ……オウルベアですね。里に近付けたくないモンスターのバーゲンセールときましたか」


 クマのようでクマではない、クマよりでかい狂暴な怪物オウルベアをパティアがこんがり焼き払っていました。

 男爵やラブレー少年の好物です。イヌヒトは硬くて強靱な肉が大好きですから。


「これ、ラブちゃんがすきなやつ?」

「ええ。せっかく焼けていますし、少し削り取っておきましょうか」


 ちょうど近辺に生えていた竹の枝葉で包んで、オウルベアの肉塊はパティアのリュックにしまわれました。

 その後も討伐は続きます。なにせ広がった面積は約44%、4分割で全域の11%分も回らなくてはなりません。


 スライム系、下級のエレメント系、ジャイアントビー、ゴブリンからトロルまで、ひたすら脅威を排除して回りました。

 何度言っても、トロルのことをトロロと言い張る娘と一緒にです。


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