22-5 花輪の国のニャニッシュ - 結界 -
これはちょっとした後日談となります。
あの後昼食を済ませ、優雅な昼寝に入ろうとしたネコヒトの寝室にリード少年が現れました。
「決めました! あの薔薇はシロピアンローズと名付けましょう! まずはどうにかあの一株を成長させないとですね!」
「シロピアンですか。なるほど、パティアが喜びそうな名前で良いかと」
しかしそこで気づいたんですよ。
そもそもあれは雄株なのか、雌株なのか、どちらにしろ対となる木がなければ種が採れないではないかと。
ですが水を差すのもどうかと思いますし、いずれ気づくことでしょうからこっちで勝手にやっておくことにしました。
植物に詳しい者に相談して、いつの日かシロピアンローズにお嫁さんを連れてきましょう。いえお婿さんかもわかりませんが。
●◎(ΦωΦ)◎●
さてこちらが本題となります。
それから翌日の昼過ぎ、わたしたちはかねてよりの計画を実行することにしました。
これから隠れ里ニャニッシュの結界を張り直しましょう。
この結界は、まだパティアが未熟だった頃に発動させたものです。
予定外のほころびが発生する前に、成長した今のパティアに張り直してもらうべきです。
「ねこたん、どうしてもあした、いくの……?」
「はい、行きますよ」
わたしとパティアは広場にいます。
あの光るカエデの大木の前で、四方に向かった仲間から連絡が入るのを待っていました。
「パティアをおいてか……?」
「はい、置いていきます」
すみません、少し脱線します。実は明日、わたしはレゥムの街に向かいます。
なのでいつものようにパティアは寂しがっていました。
「けついはかたいか……そうか……」
「どこで覚えてきたんですか、その慣用句」
「まどりんの、よるのごほん。まどりんね、むつかしいことばも、せつめいしてくれるから、すき」
「彼女をあの役割に置いたのは正解でしたか」
仕方ないのです。わたしたちは二ヶ月も冬ごもりをしていました。
レゥムでなければできないことが山ほどたまってしまっています。
「ねこたん、パティアはおいてくけどな……」
「フフフ……返しが上手くなりましたね」
「おお……それー、ほんとう!?」
「もちろん。痛いとことを突かれてギクッとしましたよ」
必要物資の調達、エドワード氏の足跡探し、魔王様の遺品も取り返さなければなりません。
人間の世界の情勢も念のため把握しておくべきでしょう。
「でへ……えへへへー、ねこたんも、おじょうず」
「ありがとうございます。実はレゥムでは、蜂蜜をたくさん買ってこようかと考えています」
おや飛び付くかと期待していたんですが、反応が返ってきませんね……。
薄目を開けてパティアの横顔をのぞくと、口をあんぐり開けっ放しにして何やら驚いていました。
「やっぱり止めますか」
「え、だめ! それはだめだねこたん! はちみつ……あこがれの、はちみつ……パティアはー、はちみつを、たべれるひが、きたのか……」
なんと……わたしはただただ不憫になりました……。
どんな生活してきたのですか、あなたたち……。
「パティア、明日出かけてもいいでしょうか」
「うんっ、いいよーっ!! みんなも、はちみつ、よろこぶとおもう! ねこたん……パティアは、おろかもの、だった……」
「少しお利口になってきたところで、その大げささは変わりませんか」
「だって、おとーたんいってたよ。おりこーのふりするの、あんまり、よくないって」
パティアの背中を隣から抱いて、わたしは彼女が大好きなネコヒトの毛皮を押し付けました。
ところがすっかり脱線しきっていたレールを戻すときが来たようです。
「パティア、あれを」
「おおー、けむりだ。あ、ちがった、えーと……の、のろ……のろもわ?」
結界を張り直すために、東西南北へと戦闘力のある大人を派遣しました。
安全が確認できたらのろしを上げる段取りでした。
「確かにもわっとしていますが違います、のろしです」
「でもなー、ねこたん。のろもわも、いいとおもう」
今上がった東側は騎士アルストロメリアと令嬢マドリに任せました。
一番安全な方角です。
「ええ、わたしにしか通じないという弱点をのぞけば、最高にかわいいかと」
「それはもったいないなー。よーし、それじゃ、ひろめよ? のろしはきんし、ネコタンランドはー、のろもわ、いっぽんで、ゆくのだ!」
リックは危険度の高い北、バーニィはカスケード・ヒル方面の南、西はジョグとリセリに任せました。
こういうときリセリの索敵能力は貴重でしたし、それに二人っきりの危険任務となれば、関係の進展も期待できます。
「そののろもわですが、全ての方角で確認できました。ではわたしの話をしっかり聞いて下さいね?」
「がお……!」
いきなりがに股になったのは、OKサインか何かだと勝手に思いましょう。
「まずわたしがハイドを解除して、もう一度あのカエデの木に放ちます。そうしたらあなたは、ナコトの書に記されたオール・ワイドの術をあの方角に撃って下さい」
「わかった、いがいとかんたんだな。パティアにまかせろー」
「あなたにはとにかく急いで欲しいのです。外でニュクス――いえ、悪いやつらが待ち伏せしている可能性もまだ捨て切れません。いいですか?」
「へへへ……むかしのパティアだとは、おもわねぇ、ことだ……?」
思ってません、あなたは成長しています。
アンバランスですが心配性のわたしの想定より、ずっとずっと前向きな方向にです。
わたしは光る樹木を腕で触れ、ハイドを解除し、すぐに再びかけ直しました。
「お願いします」
「ぉぉ……またきえた……。それじゃいくよー、みんなのため、みんなのため……がお、がおぉぉぉ……。いまだーっ、オールゥゥ……ワイドーー!!」
ナコトの書を片手に、パティアは光り輝く奇跡の術を放ちました。
キラキラの着弾と同時に、一陣の風が大地の傷痕を駆け巡る。
ハイドの術が生み出す影の世界に、わたしたちの里を隠蔽するために。術は行使され、履行されました。
「お見事、成功です」
拍手を送っておきました。
ポフポフとしたネコヒトの拍手はパティアの幸せに変換されます。
「へへへ……わるいきはしねぇぜ……。つぎは、らいねん?」
「もっともつと思いますが、万一を考えればそれも悪くありませんね」
有頂天のパティアと、なんだかんだ甘いダメな父親は、そのときはまだ予定外が起きているとは考えもしませんでした。
わたしたちはパティアの成長を、計算の全てに入れてはいなかったのです。




