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22-4 誰も知らない小さな定住者

 雪解け水が湖に流れ込むと、それがささやかな増水を招きました。

 いつもの岸辺は冷たい湖水に飲み込まれ、森は湖による一時的な浸食を受けている。

 その沈んだ森の中で、人より軽いわたしはシラカバの大木に腰かけ釣り糸を下ろしておりました。


「すっかり春ですね……」


 独り言というものには意味があります。

 はたから見ればカッコ悪いでしょうけれど、これは己が己に話しかけているのです。別にこれそのものは悪い行いではありません。


 今日はみんなでハッピーバースデーをしたその翌日です。

 とても暖かい日で、まだ正午前だというのに、麗らかで暖かい春の日射しが降り注いでいました。


 うとうととした眠気と、水没林での釣りというのはあまり相性は良くありません。

 よってわたしがボウズであっても、今日ばかりは腕の問題ではなかったのです。


 朝日は東から射し込んで長い影を作るものです。

 水面に映るそれはネコヒトの意識が浮上するたびに縮んでゆき、日光の色合いも白から暖色へと様変わりしてゆきました。


 昼が来たようです、昼食を食べに戻りましょう。残念な籠を腰に吊して。

 何度見てもそこには水草しか入っておりませんでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「あ、ねこたんだ! おーい、ねこたーんっ、こっちこっち、ねこたんのむすめは、こっちだぞー!」


 東の森より耕作地を抜けて、城門前までやってくると何やら人が集まっていました。

 パティアのおかげでわたしは注目を浴びてしまったようです。

 いつも通りの水草専門の釣果を、つい隠したくなる気持ちが少しばかし働きました。


「いないとおもったら、つり、してたのかー。どうだったー?」

「聞かなくともわたしの顔を見ればわかるでしょう」


「そっかー……ねこたん、げんきだせー? パティアはなー、ねこたんのつってくる、くさ、しゅき。おいしいとおもうよー」

「フフ、あなたはやさしいですね。それでこの集まりは……?」


 ジョグとリセリ、それにマドリの姿もありました。

 マドリはわたしに目を向けながらも、何か気になる物があるのかすぐに目線を足下に落としました。


「ちょうどいいべ、こっち来て欲しいべよ」

「パティアちゃんが不思議な物を見つけたそうです」

「うんっ、パティアがみつけました! だけどなー、あのなー、まどりんも、よくわかんないんだってー」


 それはちょっと気になります。

 ネコヒトは元気な娘に手を引っ張られて、マドリとリセリの間に連れて行かれてしまいました。


 それから彼らの目線を追って足下をふと見れば、確かに妙なものがそこに生えています。


「これは……これはまた、どこからまぎれ込んできたのでしょうね」


 それは緑、青、黄、薄茶の葉を持つ奇妙な草でした。

 特殊な色素を持った草は世に数あるものですが、1つの草に4色の色合いが同居したものはわたしだって初めてです。


「リ――マドリ、あなたはどう思いますか?」

「あ……すみません、観察に夢中になってました……。そうですね……」


 それに目の錯覚でなければ、ぼんやりと微弱な光を帯びているようにも見えました。

 よってこの見た目の時点で普通ではありません。


「がんばれ、まどりんっ、パティアがおうえんしてるぞー、ふれーふれー、まーどーりーんっ!」

「お、応援されても何だか困るんですけど……。えっと、ありがとうございます……?」

「ほれパティア、大きな声出したら邪魔になるべ」


 気合いと応援で知恵が出てくると思っているところが、いかにもパティアらしいです。


 一方のリードはしゃがみ込んだままわたしを見上げました。

 その好奇心を抱えた少年のような顔付きは、貴族令嬢マドリの設定からはかなりミスマッチです。


「薔薇でしょうか……。パティアさんが言うには、昨日はここになかったそうです」

「はて、さすがにそれは勘違いなのではありませんか?」


 リードが言うとおり薔薇の近縁種だとわたしも思います。触れるとまだ小さなイバラが指に引っかかりますので。


 ですがその草の背丈はもうパティアの膝の辺りまであります。

 よってもしパティアの証言を信じるなら、たった1日でここまで育ったということになってしまうのです。


「うそじゃないもん!」

「あの、エレクトラムさん。パティアちゃんは理由もなく嘘なんて吐く子じゃないと思います」

「わ、私もそう思います。だってこんな物が城門わきに生えていたら、誰だって普通、すぐに気づきませんか?」


 大好きなリセリとマドリのフォローにパティアは顔色を輝かせました。

 どうだねこたんと言わんばかりに胸を張って、両手を腰に当てて、昼の日射しに美しいブロンドを透かし輝かせています。


「へへーん……どうだー、ねこたーん!」

「はい、そう言われたらぐうの音も出ません。ではこの草は、昨日の時点ではここに生えていなかったんですね」

「だけどそれおかしいべ。大丈夫だべかこの草……本当に薔薇であってるんべか?」


 いったいどこからこんなものがまぎれ込んできたのでしょうか。

 心配そうにジョグが得体の知れない四色の薔薇を見下ろしています。


「はい、特徴は完全に薔薇かと思います。それでエレクトラムさん、これ、貴方には何だかわかりますか……?」

「フフフ……マドリ博士もお手上げですか」


「ええっ……。あの、博士とか、そういう言い方は困るんですが……」

「おおっ、まどりんはかせ! パティアはいいとおもうぞー。かわいくてー、あたまもよくて、やさしいまどりんがすきだしなー」


 マドリはパティアのまっすぐな好意と賞賛に、不意打ちもあって小さく感動させられていました。

 まったく困った娘です、天然の人たらしなんですから。


「それでエレクトラムさん、ご存じなんですか、この薔薇の正体」

「見たことはありませんね」


 一方のリセリはとても勘が鋭い。

 どうやらわたしに心当たりがあるのを見破ったようでした。


「ですが、聞いたことならありますよ。知り合いの学者の口からです」

「本当ですかっ?! でしたら名前はっ!?」


「それがすみません。わたしが覚えているのは、とても貴重な植物であるということだけでして……」

「じゃっ、そだてよう! あのねーねこたん、これなー、パティアのかんだけどなー。おはな、きれいだとおもう」


 ジョグとリセリは危険な雑草として駆除する選択も考えていたようです。

 パティアの大胆というか思慮に欠けたの決断に、大丈夫かエレクトラムと、無言で確認の目を向けてきました。


「まあ危険なものとは聞いていません。掘り返して畑に植えなおしてみますか?」

「だ、大丈夫だべか……?」

「でもジョグさん、種が取れたら喜ぶと思います。あ、その学者さんがです」


「言われてみたら確かに、そうかもしれねぇべな……」

「でしょっ、ジョグさんもそう思いますよねっ」


「お、おぅ……思うべ」


 リセリは他人思いです。

 そしてジョグはそれにお似合いのお人好し、あっさり説得されていました。


「2人ともその話だけど……だいたいエレクトラムさんの昔話には、最後に同じオチが付くんです。今回もそのパターン、ですよね……?」

「はい、いいやつでしたが、とっくの昔に死にましたね」


 生きていたら喜んだでしょうに、関係ないわたしの手元にやってくるなんて、運命の神様はいつだって意地悪で皮肉好きときて困ります。

 それとリード、そのセリフはわたしとあなたが旧知の間柄であることがバレてしまうのでは?


「ねこたんのおはなしのひと、すぐしぬ」

「パティア、身もふたもない言い方は止めて下さい」

「忘れてたべ、エレクトラムの昔話はだいたいそのオチだったべさ……」


 しかし研究されていたということは、少なくとも学術的な価値があるということです。

 見た目も綺麗ですし、レアな薔薇として売れると思います。


「ん……ところでみなさん、この場所なのですが、ここって……。あのカマクラがあった場所ではありませんでしたか?」

「あっ、そういえばそうかもしれません」


 思い返せばリセリはよくカマクラに姿を現していました。

 そこで年少組の女の子たちとゆっくりママゴトをしたり、やってきた者と世間話をしているのを何度も見ました。


「それって、何か因果関係があるのかも……!」


 リード、また顔色が好奇心あふれる少年に戻ってしまっていますよ。

 ちゃんと演じて下さいと、わたしは一歩下がって他の者の視界から消えてから、両手を左右に広げておきました。


「ピヨッピヨヨヨヨッッ!!?」

「あーっ、しろぴよだー。おーい、どうしたの、しろぴよー?」


 そこに白くて丸い生き物が飛んで来ました。


「ピ、ピィ……」

「あら、どうしたんでしょうか。いつものしろぴよちゃんらしくない気がします」

「お、おらには全然わからねぇべ……」

「ええ、わたしも同感ですね」


 しかしまあ言われたとおりの色眼鏡で見てみれば、慌てているようにも見えなくもない。

 となれば通訳のパティアが頼みってことです。


「ピヨ……ピヨォォォ……」

「んん~~、そうなの? あのね、しろぴよ、はずかしいって、いってるよー」

「はて、どうしてあなたが恥ずかしがる必要があるんです」


 しろぴよさんと正体不明の薔薇、それからカマクラの跡地。

 ああそういえば、リセリ以上に入り浸っている者がいましたね。


「ピ……ピュィ……」

「これって、なんて言ってるんですか?」


 何で会話が通じるかは、もう考えたり聞くのをマドリは諦めたそうです。

 パティアは神童、そういうものと思うしかないそうですよ。


「はずかしいから、とても、いえないって……」

「そうですか。ではわたしが代わりに答えましょう、しろぴよさんはこのカマクラがたいそう気に入っていました」

「ピッピヨヨヨヨッッ?!!」


 ネコヒトはしろぴよさんに体当たりをされました。

 ふわふわの軽い毛玉みたいな生き物なので、痛いのはくちばしとかぎ爪に限られます。


「そういえばよくご一緒したね、しろぴよちゃん」

「……あ。あ、おら、おらもうわかったべ」

「ピヨォォーッッ!!?」


 あなた意外に感情豊かですね。

 羞恥心だなんて、ある意味今のパティアより高度な感情を持っていたとは、驚きですよ。


「あっ、ぼ……私もわかりました! この薔薇ってもしかしてっ、この鳥の糞から生えてきたんじゃないですかっ?!」

「ピ……ピヨ……ピヨヨ……ピュ……ピュィィィィーッッ!!」


 はい、わたしにも今だけしろぴよさんの言葉がわかりました。

 『ぐれてやる』とか『もうやだイヤァーッ』といった絶叫です。


 それと目の錯覚か、しろぴよさんが跳び去ってゆくその際に、涙の雫が散っていたようにも見えました。


「まどりん……こんどしろぴよに、いっしょにごめんねしよ? しろぴよ、パティアたちがおもってるより、はずかしがりやさん、だったみたい……」

「そうでしょうか、ところ構わず糞をまき散らす方が悪い気もしますが」


 つくづく変な鳥でした。

 そもそも普通じゃ手に入らないような貴重な植物の種を、糞として排泄する時点でどうもおかしいですよ。


 しろぴよさん、あなた普段、どこで何を食べてるんですか……?


「もー、ねこたんには、まえにいったぞー? しろぴよは、うんちがまんできないのー。だから、おおめにみてあげないと、だめなんだぞー?」

「フフ、おやさしいことで」


 そのことについてはこの先いつまで経っても、とても分かり合えそうもありません。


・誰も知らない小さな定住者 しろぴよの恵み 終わり


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