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22-3 Happy birthday to all. - 真っ直ぐな成長を祈って -

 デザートといったら食事の最後です。

 娘の少ない曲のレパートリーに合わせて、2人で夢中で同じ曲を繰り返し奏でていると、ついにあのスライムゼリーの出番が来ました。


 食い意地は一人前です。

 演奏中だというのにパティアは竪琴を手放して、お行儀が良いのか悪いのか、自分のテーブルに付きました。


「ねこたんっ、なんだこれはー?! まさか、まさかこれ、スライムなのか……?!」


 子供たちおよび、人間たちの反応はそんなところです。

 甘い匂いを放つそれが食べ物かどうかを、まず判断しかねているようでした。


「ええ、食用になるスライムを材料にした、少し珍しい食べ物です。リックが苦労して作ってくれたんですよ」


 説明するよりも食べて見せた方が早いです。

 皆の注目を浴びて食べにくかったですけど、わたしは自分の口にゼリーを一口運んで見せました。


「ああ、美味しい」

「た、たべた……ねこたん……? へーきか?」


 ところがわたしが食べただけでは十分ではないようでした。

 半信半疑の目線がわたしに向けられたり、ゼリーに落とされています。


「あら不思議、プルプルなんですねこれ~」

「見た目は美しいな。だがボクとしては、スライムに似ているというのが、どうもな……」

「お、おらもこういうのは初めてで、だ、大丈夫だよなぁ、リセリ……?」


 未知の食べ物に子供たちは手を付けてくれません。

 さてどうしましょうか。


「パティアがたべる! だって、パティアはねこたんのむすめだ。それにー、9さいになったからなー、へーきだ。い……いくぞー、みんなー?! ……はむぅっ!」


 それが美味しいデザートであることを知る者からすれば、それはとんだ茶番でした。

 いえちゃんと受け入れてもらえるのか、わたしの提案がミスだったのではないかという不安もありましたがね。


 結論を申します。パティアはイケメンです。


「ね、ねこたん……こ、これは、ぐ、ぐぇぇ……」

「ピヨッピヨヨッ?!」


 茶番です。大げさに胸を押さえて苦しむパティアに、しろぴよさんおよびジアとリセリが心配を向けました。

 こういった演技が出来るようになったことに、成長を感じなくもありません。きっと他の子たちから教わったんでしょう。


「うまああああああいっっ!! みんなたべてみてっ、すごいっ、これはっ、すごいっ! あまくてっ、ぷるぷるでっ、いいにおいでっ、はーー、パティアはもうだめだ……、あっ、あっ、ああああっ……あれ……? もうなくなっちゃった……」


 本当に茶番に過ぎませんでしたが、わたしとしたことが微笑んでしまっていました。

 この子にこれほどに喜んでもらえると、それがとんでもなくわたしも嬉しいようで……。やりました、大成功です。


「あっ、本当、おいしい……」


 そのパティアの反応にリセリとジアがつられてゼリーを口にしました。


「うわっ、うまっ?! これうまっ、ごめんっ、それしか言えないっ、なにこれ美味しいじゃん!」


 といってもリセリは質感がいまいちわからず、上手くさじですくえなかったらしくジョグに口へと運んでもらっていました。

 どうもどちらも無自覚なようです。それ、とんでもなく恥ずかしい行為のはずなんですが……。


「ああ、確かに美味いね。へぇ……魔界の食べ物も悪くないものだね」

「あらホント。でもアルスさんって、もっと色々食べ慣れてると思ってたわ」


「そ、そうかい……? そんなことないよ、しょせんはほら、騎士だしボク……」


 連鎖的に皆がゼリーを口に運び、その口ですぐに感動しました。

 美味しい美味しいと、蒼い肌の子供たちも大喜びです。


「なんだよ、お前さんやっぱボンボンなのかよ? うちとは大違いだな……ちくしょぅ、スライム食ってるみてぇだけど、普通に美味ぇから気に入らねぇなおい……」

「う……。この、失礼なやつだなキミは! ボンボンで悪いか!」


 バーニィたち大人まで大絶賛です。

 いえ文句たれてますけど、元からこういう口の悪い人なので誉めてるうちに入ります。


「はっはっはっ、何うろたえてんだよ? なんか都合悪いところあったか?」

「う、うるさいっ! ボクはただ、デリカシーを持ってくれと言ってるだけだ!」


 バーニィ、失礼ですよ。

 何度も心の中で言いますけど、それあなたの元主君の娘ですからね。

 それはともかくゼリーの登場でパーティの賑わいにまた華が咲きました。成功ってことです。


 リックもそれを実感したようで、急にイスを鳴らして立ち上がっていました。


「あらためてみんな、誕生日おめでとう。喜んでもらえて良かった……。教官もオレも、みんなのことを、家族だと思ってる……。来年もまた祝おう、そのまた来年も、ずっとこの先も、このみんなで……!」

「ちょっと待って下さいリック、なにわたしを連判にしてるんですか?!」


 そんな家族だと思ってるだなんて、恥ずかしい言葉をみんなの前で、そんな、そういうのはちょっと、いえかなり困るのですが……。


「すまん教官、つい口に出ていた。えっ……」


 するとどうしたことでしょうか。

 急にフリージアがリックに横から抱き付いていました。


 いいえそれだけではありません、年少組を中心に次々とリックにくっついて、さながら薔薇の花のように取り囲んでゆくではありませんか。


「ごめん、リックさん。でもなんか、なんだか、本当のお母さんみたいで……」

「おかあさん……」

「お母さん!」

「や、止めろよジア、そんなこと言われると俺たち……。ぅ……カーチャン……」


 あのカールまでベソかいてました。

 家族という単語が彼らを刺激して、皆がリックに母親の影を見たのでしょう。


「ねえねえねこたん、ああいうのがー、おかあさんなのー?」

「ええまあ、母性というやつですね。それをカールは感じたんです」

「ちょっと待てエレクトラムさんっ! お、俺は、ジアたちとは違う……」


 わたしからはただ正直じゃないだけに見えますよ、カール。


 リックは困った様子で一人一人を慰めていました。

 なにせ年少組の中には泣き出して止まらない子まで出てきていましたので大変です。


「ふーん……うしおねーたん、やさしいもんなー」

「ええ、思えば変わったものです。……パティア、あなたは母親の記憶がないんですよね」


 ですがパティアだけは違いました。

 最初から母親に対する感情を持っていなかったのです。この場においては異様なほどに異質な存在でした。


「うん、ないよー。おとーたんいたし、いまはねこたんも、おねーたんたちも、みんないる。パティアはー、さびしくないよ」

「あなたは強いですね」


 それはきっと、わたしと出会う前からです。

 しかしどういうことなのでしょう。


 エドワード氏の妻は、パティアが生まれるより前に他界しています。ならば彼女は誰の子なのでしょう。

 レゥムのホルルト司祭やマダムが情報にたどり着いてくれているといいのですが……。


「どした、ねこたーん?」

「はい、わたしの分のゼリーを、食べたそうにしているなと」


 パティアの目はわたしの座席にありました。

 そこにも手つかずの肉料理と共に、ゼリーが並べられていたのです。


「お、おお……すご、なんでわかったのー?」

「親子ですから。食べていいですよ、今度は味わって下さいね」


「ねこたん……イケメンか……。あ、じゃあ、はんぶんこにしよ?」

「はんぶんこですか、ではひとかけらだけ。……実は先に試食してましてね、あなたよりずっと多く食べていたりします」


 嘘です、実はそんなに食べていません。

 子供たちのために用意した物を、わたしの胃袋で減らす理由がありませんでした。


「なら……リセリーっ、ねこたんがね、それくれるっていうからーっ、はんぶんこにしよー!」

「ピヨヨヨッ?!」


 リセリとパティア、それと勝手に間に入った雑食極まるしろぴよさんがゼリーに群がります。

 パティアの手でリセリの口にプルプルが運ばれ、続いてしろぴよさんもついばみました。他の子たちの熱い目線を受けてましたけど。


 わたしは幸せそうな娘のやりとりを見届けました。

 思うことは1つです。このまま無事に、彼女が成長してくれることを願わずにはいられませんでした。


 そのためには、わたしたち大人ががんばっていかなくては……。

 なんて平凡でつまらない発想に至ってしまいます。


「教官、この話に誘ってくれて、ありがとう。オレは、新しい発見をしたかも、しれない……。こういう生き方も、やはり悪くない、ということにだ……」


 リックはようやく解放されたようです。

 いまだテーブルに付かず楽器と共にいるネコヒトに歩み寄ってきました。


「はい、名実ともにあなたはママとなってしまいましたしね」

「ああ、仕方ない。みんなの成長を見届けるまで、戦場に戻るのは、止めることにする」


「なら例の単独攻略も自重して下さい、あれは未知数の危険を常にはらんでいます」

「わかった。心持ちだが、少し控えよう……」


 どうもそっち方面は期待できそうもありません。

 魔族が闘争を望むのは本能とも言っていい。わたしのような例外もおりますが。


「ねこたんっ、ゼリー! これまたつくれるかー?! パティア、つくりかたしりたいっ、またたべたい!」


 メープルシロップの残量はもう残り少ない。

 しかしそうとは言えませんでした。

 口にすれば、この場にいる子供たち全てが意気消沈してしまいます。


「なら明日作るから、手伝ってくれ。教官、ゼラチンは、売るほどたくさんあるが……」

「わかっています、次の遠征では甘味料も調達してきますよ。贅沢品ですが、娘の笑顔が買えるなら悪い取引ではありません」


 例えば蜂蜜ならば重量比で優秀なエネルギー源にもなります。


「教官」

「なんです?」


「心から貴方を尊敬している。教官と一緒に生活できて、ただただ嬉しい……!」

「フフフ、ありがとうございます。教え子に言われると感慨深いです」


 リックは笑っていました。

 あの不器用で、子供の扱いにすら戸惑っていた彼女がです。


 この日、隠れ里ニャニッシュにとってゼリーはお祝いの象徴になりました。

 子供たちの笑顔のためならまあ、この程度の材料調達など苦ではありません。


「ところでシスター・クークルス、どうされましたか?」

「は、はい……わ、私、私さっきから感動しちゃって……。ま、前がみえましぇん……ああっ、良かった、みんな良かったわぁぁ~~……」


「あなたが号泣してどうするんですか……」


 それにその耳、いっこうに引っ込みませんね……。

 ハートフル過ぎて疲れてきましたし、その後のわたしは現実逃避もかねて竪琴をまた奏でることにしました。


 いつも賑やかですが、今日はその中でも特別です。

 こうしてみんなのお誕生会は、幸せとともに過ぎ去ってゆくのでした。


 Happy birthday to all.


 パティア、9歳のお誕生日おめでとうございます。わたしはいつだって、あなたの真っ直ぐな成長を祈っています。


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