3-3 シスター・クークルスはふかふかがお好き(挿絵あり
「えっええーーっ、それっそれは本当ですかっ?! わたくし、わたくしこういう、ふわふわっ……としたものにどうも目がなくて……!」
シスター・クークルスが飛びついた。
薄緑のやわらかな毛皮をワシワシと触れて、女性を魅了してやまないその感触に浸っていた。
「……あら、ですが、こちらは何の毛皮でしょうか?」
「う、ウニャ……ッ」
ところがクークルスの手が余計なものにまで伸びてきました。
「こちらも負けず劣らずふわふわで、すべすべで、それにこのぷにぷにとした感触が……素晴らしいですっ、わたくしこんなやわらかい毛皮、触ったことがありません!」
「そ、それは、売り物ではございません……どうかご勘弁をっ、ッ、フニャッ……」
それは売り物ではない、毛皮ではなく、わたしの手の毛並みです……。
毛皮に目がないと言うだけあって、このシスター……触り方がとんでもなくアグレッシブで危険です!
「そうですよね……これだけのものですから、さぞやお値段が……ああ、でもなんて魅惑的な触り心地なのでしょう……」
「そ、それでどうでしょうか、悪い話ではないと思うのですが……。あの、聞いておられますかシスター・クークルス!? あっ、ちょっとっ!?」
ところが困った人です、彼女はわたしの話をほとんどというかまるで聞いてませんでした。
ふわふわのフカフカがなぜそこまで彼女を突き動かすのか、ついにわたしの腕をたどって、出てきてはいけないネコヒトさんを引っ張り出してしまいましたとさ。
ええなにせわたし体重が軽いので、なすすべもありませんでした。
シスター・クークルスとわたしのキャッツアイが見つめ合い、わたしは呆れと同時にこの先の緊急処置を考えるはめになりました。
「あら~、大きなネコさんですこと」
「おやおや、見てしまいましたねお嬢さん。……ならば仕方ない、この毛皮を代価にあなたの身ぐるみ剥がさせていただきましょう」
わたしは追放されたとはいえ魔族、彼女は聖堂の所属、もう話し合いなんて無理です。
……ところで急になぜかは知りませんが、あのパティアのようにシスターは右手を上げだしました。
「あのっ、わたくしにそのお仕事をさせて下さい! だって、そのふさふさの毛皮が欲しいんです。……それに何より、言い訳めいているかもしれませんが、困っている方を見捨てられません」
何なんですかこの人……。自分の立場をちゃんと理解しているんでしょうか……。
「あなたは何を言っているのです。わたしこれでも魔族の、ネコヒトという生き物なのですが、その辺りをちゃんと理解しておられていますか?」
「はい、もちろんですよネコヒトさん。……ウォードさんにはお世話になりました。そのお知り合いの方というならば、種族なんて関係ありません、ぜひ手伝わせて下さい」
ああ、この方アレですか。いわゆるお人好し、余計なことに首を突っ込んで、しばしば悲惨な目に遭うかわいそうな人種なんでしょう。
ウォードに大小の恩があるのなら、これも縁と呼ぶことも出来ますけど……。
「あ、ですが1つだけ条件を付けさせて下さいませ。いえ難しいことではないんです、ただ……ネコさんのもふもふを、小一時間楽しませていただければそれだけで……ああ、わたくしたはただ、貴方をモフりたいんです……っ!」
長く生きてますけど、この域のモフモフ狂いは希です。
魔族との取引の代価がモフモフ小一時間、それ果たして賢明な選択なのでしょうかね、シスター・クークルス?
「それはまあ、どうしてもあなたがそうされたいというなら、構いませんが……いえ、ならばこちらも条件を追加いたしましょう」
「はいっ、何なりとお申し出下さい! フフフ、紳士的で面白い方ですねネコさんは」
「いいえわたしは魔族、外道です。ではシスター・クークルス、毛皮と薬草を売却した代価で、ノコギリ、手斧、カンナ、クワ、それから人参、たまねぎ、かぶ、じゃがいも、小麦の種、それから8歳くらいの人間の女の子の服を1着購入して来て下さい」
わたしの代わりに買い物もさせましょう。
しかし聖堂のシスターがレイピアなんて買ったらさすがに怪しまれるに決まっている。悔しいがそこは諦めました。
帰りにもし冒険者を見かけたら、何か武器になるものを盗んでやりましょう。
「わかりました、では明日の夜ここで落ち合いましょう。はぁぁ……それにしても、ふ、ふふ、ふぁぁぁ……ふわふわ、首狩りウサギの毛なんて目じゃないわ……っ」
「いつまでわたしに触って……まあいいです、それが代価でした……お褒めいただき光栄です、お嬢さん」
ほんの少しの間だけ、彼女の変わった趣味に付き合いました。
たったこれだけで代わりに買い物もしてくれるっていうんです、感謝を込めて、くすぐったいけど今は我慢するしかない……。
「ああ、失礼な物言いかもしれません……でもわたくし、貴方を飼いたい……。なんて素晴らしい触り心地、もうわたくし脳髄がとろけてしまいます……」
「この現場も、神様が見ておられるのではないですか、シスター」
「うふふ……大丈夫ですよ、貴方はやさしい魔族さん、わたくしにはそれがわかるんです」
「……そうですか、わたしもあなたのことがよくわかりますよ。あなたはお人好しです」
先ほどの注文内容に8歳の子供の服、だなんて場違いな物を含めたせいだろうか。
淡い緑髪美しいシスターはわたしに勘違いを始めていた。
「……ではそろそろ失礼」
暑苦しい、わたしはシスター・クークルスを引きはがして背中を向ける。残りは成功報酬です。
……しかし何だかわたし、女を手玉に取る悪いジゴロみたいですね。
まさかこの歳になって人間の女にモテるだなんて思いませんよ……。
「いえ待って下さい、ウォードさんにお別れをされてはどうでしょうか。安心して下さい、中には誰もいません、会っていかれませんか?」
「……ではお言葉に甘えて。ところで、どうして彼は隠れてしまったのでしょうか?」
「それは、流行り病ですよ。薬があればどうにかなったかもしれません。しかしお年寄りに与えるだけの量は残っておらず……ウォードさんは自然回復を待つしかありませんでした……」
彼女に案内されて木造の一軒家に入った。
ここで彼から熱い歓待を受けたのは、どれほど昔のことだったろう。
ウォードは不器用なところがあるものの、大柄で立派な戦士でした。
それが今はしぼんだようにちっぽけなじいさんになっていたんだから驚きです。
寂しさを覚える反面、しかし出会いもありました。
聖堂のシスター、クークルス嬢。彼女はわたしたちを排斥しない、物わかりの良い損な人種でした。
こうならったら彼女には、わたしのこちら側での協力者ウォードの代わりをつとめてもらいましょう。




