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0-02 大地の傷痕に墜ちたネコヒトのはじまり

 大地の傷痕の底には果ての無い暗雲が続いているそうです。

 翼と蛮勇を持った知り合いによると、その先には死を招く雷雲、強烈な毒を持つ瘴気、矢のように暴れ回る石の嵐が待っているとか、なんとか。

 その知り合いも遙か昔に他界して久しいので、もはや誰も確かめようともしていない。


「ゴロゴロ……」


 ご安心下さい、わたしはまだ生きています。

 大地の傷痕は別に便利な処刑場などではなく、ただの古戦場にすぎない。

 恩知らずのミゴーに墜とされた奈落の先に、平らな土地と草地が現れてわたしを抱き留めてくれました。


「ゴロゴロ……。うう……ミゴーめ、あの力押しバカだった頃のうちに、いっそ虐め殺してやれば良かった……」


 しかしノーダメージとは言っていません。

 わたしは生い茂る花々と草木に囲まれながら、その不思議な崖っぷちにうずくまっています。


 まず愛用のレイピアですけど、ミゴーから引き抜いたのちに絶壁に突き込んだその瞬間に、悲しくも当然へし折れましたよ。

 それで落下の衝撃をやわらげた結果、わたしはやわらかな草地のクッションに左の利き腕と、左あばら骨を支払うだけで済んだのですけど。


「ゴロゴロ……ゴロゴロ……。わたしの身体が体重の軽いネコヒトでなかったらと思うと、ゾッとしてしまうな。ゴロゴロ……」


 負傷したときに喉が鳴るのはわたしの体質です。

 これがネコヒトの肉体を活性化させ、負傷の治癒を早めてくれる。


 わたしを殺そうとしたミゴーには申し訳ないですけど、ネコヒトは骨折に強い。

 ざっと7日ほどあれば骨そのものは完治するはずです。


 あたりには色とりどりの花々が咲き誇り、白っぽい霧が空と四方を包み、大地の傷痕の向こう側を見れば黒い暗雲に雷光が輝く不可思議な光景がある。

 わたしは己の身体の状態を確認しながら立ち上がり、痛みを堪えながら絶壁側を探りました。


「おやおや、これはこれは……」


 霧っぽいので自信がありませんでしたがね、いよいよもってそこは不思議な崖っぷちでした。

 なにせわたしが霧をくぐりながら進んでゆくと、壁に空洞が現れていたのですから。


 この身体で絶壁をフリークライミングとはいかない。

 上でミゴーの手下が見張っている可能性もなくもない。

 それに鳥魔族のムクド、あの小者のことを忘れていた。ここに生死の確認に来られたら今度こそ殺される。


 わたしはその空洞を進む他に道はありません。

 地底の中を進むその道は、幸いなことに先細ることなく上へ上へとわたしを導いてくれました。


 ネコヒトの目をもってしても空洞内は暗く、けれど先の方からわずかばかりの光を感じる。

 なんだっていいからどうにかして、ここから地上に戻りたい。


 魔界を追放されたわたしに戻れる家なんてありませんが、このままミゴーと三魔将に殺処分されるだなんて正直、しゃくでたまりません。

 今さら思えば思うほどに腹が立ってきます。

 300年も魔軍の力となってきた古参のわたしを、ただ老いたからといって捨てるだなんて。


「あ……光。ゴロゴロ……」


 光。わたしの猫目が瞳孔をせばめて光量を調整した。

 それと同時にわたしの足も止まる。喉も止めて、ネコヒトは身を屈めて光の向こう側をうかがう。昼の白い日差しに透けるように青い木々が見えた。


 まだ落ちて間もない、不用意に地上に戻ればわたしの命は今度こそはかなく散ってしまうことだろう。

 わたしは元より慎重な性質でして、外を確認したい気持ちを堪えて後ずさりしました。


 この辺りがちょうど良い明るさでしょうか。壁を背に座り込む。

 わたしはネコヒト、一日16時間の睡眠を要する型落ちの古い生き物。そこは認めよう。


「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」


 傷ついたネコは静かにまぶたを閉ざし、夜が訪れるのを待つことにした……。

 昼と夜のどちらが得意かと聞かれれば、わたしは迷うことなく夜と答えるでしょう。



 ○◎(ΦωΦ)◎○



 夜、それも星々が姿を変えた深夜にわたしは目覚めた。

 冴えた外気が月光降り注ぐ地上より流れ込んでいた。

 約半日程度ではまだまだ寝たりない。しかし行動を起こすならば今の時分が手頃、睡眠により打ち身の症状もだいぶ引いてくれている。


「ミゴーのあの性格を考えれば、半日も同じ場所に居座るとは考えづらいですか。念のため誰かを残している可能性こそありますが……いえ、だからこそ……」


 だからこそ外を偵察しなければならない。

 ここが危険ならば夜のうちに離れ、追っ手の付かない場所に逃げ込まないとなりません。

 わたしは意を決して、4つ足を使っての自慢の忍び足で地下空洞の外へと進んでいきました。


「おや。これは」


 そこにきてわたしはここが何という名で呼ばれているのか、今さら思い出した。

 ここは大地の傷痕、無数の陥落が大地をどん底まで貫き、実に複雑怪奇な地形をなぞり描いた土地なのです。

 その曰く付きの古戦場には広大な森が生い茂り、わたしの目の前にはある建物が打ち捨てられていた。


 大きな廃墟が1つ、それが青白い月光と木々の影に彩られ、ただただ静かに眠っておりました。

 年寄りらしくもなくロマンチックに言っちゃえば、かわいそうな老兵ベレトートルートを、古参同士のよしみでその廃墟が、今日までここで待っていてくれたかのようでした。


「古戦場に忘れられた支城。フフ……これは格好の隠れ家ではありませんか」


 わたしは忍び足を止めて二足歩行に戻った。

 念のため周囲を警戒しながらその廃墟、古城に忍び込む。


 少し意外でしたが正門はまだ役目を果たしていました。しかしながら当時攻撃を受けて陥落したのか、左翼部の外壁が崩れている。

 どうも薄気味悪いので入るのは止めよう――いえそんな選択肢は最初から、存在すら許されていません。


 冷たい石の廊下、腐ったベッドの敷き詰められた兵士宿舎、食堂、娯楽室、酒瓶とカウンターの残る酒場らしき部屋、そして大きな書斎机を持つ司令部。

 あちこちを巡り、わたしは最後のそこを新しい寝床に選んだ。


 傷を癒すために、もっともっと長い眠りがネコヒトに必要でした。

 傷を癒し、骨を繋げないことにはどうにもならないですから。

 司令部は頑強に設計されていたのか、壁のどこにも崩落が発生しておらず、すきま風もないので比較的暖かい環境が整っている。

 休眠するにはまあ及第点といったところでしょう。


 わたしはその書斎机をベッドにして横たわり、負傷による本能的な眠気に従った。

 追放されてしまった以上は仕方ありません。老兵は老兵らしくここで隠居して、ただ静かに世を捨てて生きることにいたしましょう。


 どうにか誰にもバレずにここで暮らせればいいのですが……。

 生きていることがもし奴らに知れてしまったら、この世のどこにも逃げ込める場所なんて存在しませんので。


「ゴロゴロ……ゴロロ……。みすみす狙い通りに殺されてたまりますか。300年を生きたネコヒトの意地、生き抜いて、ひっそりと、独りあざ笑ってやりませんと……。ゴロロ……」

 

 これだけの負傷となると4,5日は続けて眠ることになるかもしれない。

 その間に、ミゴーたちに無防備なわたしが見つからないことを願う。

 300年前にわたしを生んでくれた、顔も知らぬ母と、あの方に向かって。目覚めた先のわたしが、どうか生きていてくれるよう願った。


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