表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

198/443

22-3 Happy birthday to all. - ゼラチンマター -

 その翌日、ネコヒトさんとホーリックスは森を歩いていました。

 場所は里の結界の外側、最も危険度の高い北部の森を選びました。


 スライムがよく集まる谷場や水辺、行き止まりになるような場所が主な目的地です。

 朝食後にリックを誘って古城グラングラムを出発してより、かれこれ1時間ほどが経過していました。


「いざ探すと、なかなか見つからないものだな……」

「スライム系は里の中では絶好の練習台ですからね、パティアの魔法の」


 だから結界の外にしました。

 バリケードぞいに掘った堀には、残念ながら食べられる種類はかかっていませんでした。


 かかったままでも安全上困るので、外側に出ていけるようにしておいたのが裏目に出たようです。


「パティアは規格外だからな。教官の性質を、変えてしまったくらいだ、人をたらし込む力もまた、末恐ろしい」

「……それより先ほどのワイルドボア、やっぱり狩っておくべきだったでしょうか。あの子たち、ボアのお肉が大好きですし」


 それとリックは小脇に、パティアら子供たちが焼いた素焼きの壷を抱えています。

 相手は不定形生物ですから、持ち帰るにはこういった容器が必要でした。


「いや、それではいつもと変わらない。お祝いには、特別なものが、必要だ」

「ごもっとも」


 万一見つからなければボアを狩って帰る予定でした。

 リックがいればナコトの書はいりません。わたしはそっとレイピアに手をかけながら歩く。


「おや、ついに現れたようですよ。どうやらわたしたち、つけられていたようで」

「教官……。気づいていたのなら、もっと早く教えてくれ……」


 背中側に気配がありました。

 それとなく横目で確認した限りでは、わたしたちの目当てである最高級です。


「フフ……逃げられてはたまりませんのでね。わたしが退路をふさぎます」

「わかった」


 見れば正面は行き止まりの絶壁、スライム系は動きが鈍い分、こういった場所を本能的に見つけて、そこに追い込む習性を持った個体が多いのです。


 ネコヒトは潜伏魔法(ハイド)を発動させると、身の軽さを最大限に発揮して標的、ゼラチンマターの背後に回り込みました。


「ゼラチンマター! それも大物だな!」


 それはわたしの背丈ほどもある巨大なスライムでした。

 内部に核と内臓を持つのがこの種類の特徴で、スライムでありながら高い戦闘能力を持っています。


「これだけあれば、山のようにゼリーが作れますよ。他の材料の方が足りないでしょうけどね」


 普段ならば一方的に焼き払えばいいだけの相手です。

 しかしそれでは焦げてしまって台無し、ゼラチンが取れません。


 なのでわたしが先制して、レイピアで内部の核を乱れ突きにしました。

 一方相手はわたしに押し寄せるばかりです。


 己の内部へと相手を飲み込んでしまえば、後はゆっくり溶かして終わりというのが大型のスライム系のやり方です。


「わかってはいましたが、レイピアではダメージが足りませんね」

「油断するな教官!」


 敵はバカの一つ覚えでわたしを飲み込もうとする。

 繰り返される体当たりを避けては突き、避けては突きましたが、どうにもこのままではきりがなさそうです。


「やはり刺突ではダメですね」

「そのようだ」


 挟み撃ちでリックが十字槍で突いても結果は同じ、とにかく大きすぎました。

 そこで挟み撃ち作戦を止めました。敵の頭上を飛び越えて、リックの背中側にネコヒトは降り立つ。


「どうする、妥協して半分ほど焼き払うか?」

「いえ、わたしたちが欲しいのは核ではありません。あの周りのプルプルです」


「ならば、削り取ってしまえばいい!」

「そういうことです、お手伝いしますよ」


 迷宮のドラゴン戦と同じ手口を選ぶことにしました。

 ハイドを再び発動させたわたしがリックの背中に手をかけて、彼女をゼラチンマターの世界から消したのです。


「お前には、あの子たちのために、ゼリーになってもらうッ!!」


 十字槍の乱舞がゼラチンマターの右半身を削ってゆく。

 それから核が外側に露出すると、リックはわたしが予想もしない行動に出ました。


 何をするかと思えば、コの字にスライムへと切り込みを入れて、それから力任せに核に十字槍を叩き付けたのです。


 槍の平面を使った強烈な打撃は、周囲のプルプルから核と内臓を引きはがし、文字通り獲物を丸裸にしてしまいました。


「お見事、とんでもないお力です」


 ちなみにこの段階になるとハイドの効果もさすがに切れてしまいます。攻撃などの目立った行動をするとハイドの力は大幅に薄れるのです。

 リックの背から手を離し、それから賞賛を込めて軽くその肩を叩きました。


「教官あっての一方的奇襲だ。今さらだが、教官が、軍を去ったのが惜しい」

「フフ……年寄りが見栄を張りたいあまり、少し張り切っただけですよ、長続きはしません」


 ゼラチンマターの核は勝てぬ相手と悟るなりもう逃げ出していました。

 わたしたちの目当てはやつの肉体だけです、追撃する理由などありません。


 それから核を失った、弾力のある透明の塊を1つ1つ拾い上げてゆきました。

 透明度が高く、不純物のない、プルプルのスライムボディです。それを壷へいっぱいに押し込みます。


「処理をします。このまま持ち帰るのはさすがに無理がありますしね」


 焦げ付かないように壷の内側には、ボアの獣脂をたっぷりと塗ってきました。

 たきぎを集めて放射状にそれをしき詰めると、わたしは炎の術を放って着火する。


「ありがとうございますリック、もうわたし1人で十分ですから、先に帰ってリセリの飾り付けを手伝ってあげて下さい」

「いや、もう少しだけ、ここにいる」


 火にかけられたスライムボディがグツグツと煮えてゆく。

 ここからは火加減を調整しないと焦げてしまいます。かさが減ったらスライムを継ぎ足して、濃縮させた物を乾燥させるのです。


「材料の作り方を教わりたい」

「ああ、それもそうですか。では料理上手のあなたの力を借りましょう。ああそうそう、せっかくの機会ですし聞きましょう、バーニィのことを、あなた本当はどう思っているんですか?」


 この作業はとても時間がかかります。

 それでいて手持ちぶさたで退屈で、しかし油断をすると焦がしてしまうのが困り物でした。


「意味がわからない。そうだな、バニーは……とてもいいやつだ」

「いえ、いいやつ、という言葉ではくくれない人物だとわたしは思いますよ」


「ああ、だが困ったところはあるが、頼りになる。正直、人間にしておくのが惜しいな。なかなか理想的な男だと、思わないでもないよ」


 レイピアで皮を削った木の枝で、壷の中身をグルグルと混ぜる。

 こうして聞いた限りでは、バーニィ、あなた好かれてますね……。


 てっきりマドリのことで、軽蔑されてもおかしくないと思っていたんですが……。


「それがどうした、教官?」

「いいえ、しかし参考になりました。あんな男ですけど、これからも面倒を見てやって下さいね」


 わたしとリックは他愛のない歓談をしながら、壷の中をゆっくりと蒸発させて、底に残ったカサカサの塊、ゼラチンを持ち帰ったのでした。


本作と並行連載している『俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆるーく冒険+才能チートに腹黒生活』が第7回ネット小説大賞を受賞しました。


双葉社様から書籍化します。もしよろしければこの機会に読んでみて下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ