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22-3 Happy birthday to all. - 死とやすらぎの慣習 -

 ピッコロさんのお力は除雪作業にもいかんなく発揮されました。

 馬の持つ長い足は少しくらいの積雪など物ともせず、強い力を秘めた馬体が農具を引くと、地面から雪を根こそぎ持って行ってくれました。


「見てくれ教官、これは発見だ」

「おやリック、何をやってるんですか、どうもこれは、目を疑うような光景になっているようですが……?」


 今は昼過ぎ、ピッコロさんが開拓を手伝うようになってからもう三日が経っています。


「そうだろうか」

「そうですよ」


 今わたしの目の前では、ええまあ文字通りで申し訳ありませんけど、馬とリックが入れ替わっています。

 リックが馬用の農具を引いて、まだ少し冷たく硬い大地を耕していました。


「これがとても、良いトレーニングになるんだ。それにクワを振るより、ずっと楽だ」

「ええまあ、そう見えます。あなたがそれでいいなら構いません」


「ああ、バニーは良い物を作ってくれた」


 さすがに失礼なので口にはできません。

 リック、あなたそれでは牛そのものじゃないですか、などとは。


「教官、リセリだ。……どうした?」


 そこに屋内組であるはずのリセリが現れました。

 コートを脱いでしまっているリックとは対称的に、彼女はまだきっちりと着込んでいます。まだまだ寒いものは寒いですからね。


「すみませんお仕事中に……」


 いつもならクークルスを手伝うか、城内の片付けや調理補助などの雑務をしているはずです。

 盲目の彼女にとって雪は特別に厄介な相手でしたから。


「それより足下は大丈夫でしたか? 帰りはわたしが送っていきますよ」

「それがいい。リセリの勘の鋭さは、武人として憧れを覚える。だが雪が弱点だとはな……」


「大丈夫です、私は足手まといにはなりません。あ、それより相談があるんです……」

「ジョグのことか? 悪い、色恋ざたは、力になれる気がしない」


 リセリの相談と言えばそれです。

 いつだって彼女は憧れのヒーローでありイケメンの、ジョグのことばかり考えています。


 わたしだって相談の内容がそうとばかり思っていました。


「い、いえ……それもおいおいお願いしたいんですけど、今回は違うんです。安らぎの里の、みんなのことでご相談が」

「これは失礼、ぜひうかがいましょう」


 蒼化病の子供たちについての相談ともなれば、わたしたちは態度をあらためる他にありません。

 リックも作業の手を止めて、農具から離れてリセリの前にやってくる。


「い、いえ……大したことではないんです。ただ、少し思い出したことがあって……」


 深刻な話ではないように見えました。

 しかしだとすると内容に予測が付かない。ネコヒトは好奇心に尻尾を揺らさざるを得ません。


「あっちの里では、余裕がなかったんです。だから、年に1度だけ……春が来たら、数え年でお祝いをしていたんです……」


 何を? などと聞くのは無粋でしょう。

 そこでリックにもわかりやすいよう、彼女の言葉をフォローしておきました。


「みんな同時に歳を取る、お誕生会をしていたということですか?」

「おお、そういうことか。それでオレと、教官のところに」


 合っていたようです。それからふいに楽しい思い出がよみがえったのか、リセリが小さく微笑みました。


「言葉足らずですみません……。なんて説明したら良いか、わからなくて……」

「みんなで、みんなのための、誕生祝いか……」


「はい。生まれた日を覚えていない、小さい子もいたから……その方が色々都合が良かったんです」

「そうか。ならばオレの意見を言おう。良い催しだと、思う」


 リックが話に乗ってくれてリセリは安堵しました。

 パーティをするらば、リックという厨房担当の強力は必要不可欠です。


「楽しかった……。苦しい毎日だったけど、その日ばかりはみんなで、笑いあって、お祝いしたんです。すみません、この時期になるとどうしても、思い出してしまって……」


 残念ですがこの里ではまだ、個別に誕生日を祝うほどの余裕がありません。

 なにせ40を越える住民が共同生活をしていますから、頻繁に祝っていてはきりがなかったのです。


「何か言ってくれ教官。リセリが不安そうだ」

「あの……それで許可を、くれませんか……?」


 許可と言われても困ります。そんな他人行儀な言葉を使われては。


「すみません、歳を数えなくなって久しくてですね、自分はいくつだったかなと、少しぼんやりしてしまいました。ではやりましょうか」


 100年までは数えました。己の年齢ではなく、あの方が消えてからの年数をです。

 魔王様は100年待っても忠実な僕の前に帰っては来ませんでした。


「なら教官、オレから頼みがある。……バニーには、年齢を知られたくない、黙っていてくれ」

「おや意外ですね。リック、まさかあなた、ああいうおじさんが好みなんですか?」

「そ、そうだったんですか……っ!?」


 リセリの食い付きがまたなかなかでした。

 彼女は長い片思いの真っ最中にありますから、興味の度合いがわたしやリックと異なったのでしょう。


「そ、それは違う……。何というか、その、見栄のようなものだ」

「ああ、人間の尺度から見えればあなたはオバサン、わたしはお爺さんを通り越して大妖怪ですからね」


 バーニィは若い子が好きです。

 リックとしては彼の調子の良い好意が、別に嫌ではなかった。

 少なくとも失いたくないと思っているようです。


「そんなことありませんっ。リックさんは綺麗で強くてカッコイイお姉さんで、エレクトラムさんは、童話の中から飛び出してきたかのような、素敵な老紳士様です! 私お二人のこと、尊敬しています!」


 さすがにそこまで熱く言われると、わたしだって照れてしまいます。

 リックに至っては、女性的な部分を誉められたのがそんなに嬉しかったのか、顔に興奮の朱色を浮かばせていました。


「し、しかし、祝うにしても、どう祝う……?」

「あ、すみません、そこまでは考えて来ませんでした……」


 やると決めました。次は具体的な方法です。

 二人と一緒にわたしも、子供たちが喜ぶお祝いを少し考えてみました。


「教官、それは、何か思い付いた顔だ」

「ご名答、わたしに良い考えがあります。冬の間にあなたに話すつもりでしたが、すっかり忘れておりまして……リック、ゼリーという食べ物はご存じですか?」


「ゼリー……どこかで聞いたことがある。菓子だったか?」

「はい、少し変わったお菓子です。わたしそのレシピを知っておりまして」


 人間の世界には存在しないはずです。

 だからこそ祝い事の特別なメニューとなります。まず間違いなく子供が喜ぶものですしね。


「お菓子……! それっ、どんなお菓子なんですかっ?!」

「フ……リセリらしからぬ興奮だ。確か、甘くて、プルプルしたデザートだったか? 子供のお祝いには最適だな」


「プルプル……ん、ちょっとイメージできません。甘いプルプル……」

「それで教官、必要な材料は?」


 イメージだけでは美味しさがよくわからないようで、リセリは急にトークダウンしました。

 彼女たちにとって未知の食べ物です。それだけサプライズ性があります。


「毒性のないある種のスライムです」

「す、スライムを食べるのか……?」

「えぇぇ……。本当に、美味しいんですかそれ……」


「はい、それを一度乾燥させて材料に加工します。最高級のものになるとゼラチンマターという個体の身体が望ましいです。少し凶暴ですが透明度も高く、不純物も少ないですからね」


 怠惰なあの魔王様が気まぐれで作るのがゼリーでした。

 材料さえそろっていれば、そこまで手間暇がかかりませんので。


「ゼラチンマターというと、ああ、あの大岩のようにでかいやつか……あれは内臓透けて見えて気味が悪いぞ」

「な、内臓……」


 リセリがちょっと青い顔になりました。

 どうもまともな食べ物になる気がしないと、思ったようで。


「それにそうそうあれが、都合良く見つかるとも思えない」

「最高級の場合の話です、他にも食べられる個体はいます。選別はわたしがしますから、明日一緒に狩りに行きましょうか」


 一緒に狩り、という単語がリックはお気に召したようでした。

 嬉しそうに態度を変えて、今はないあの十字槍を握るようなそぶりを見せる。


「あの、私はどうしたら……?」

「そうですね、明日の昼食が終わったらジョグを誘って食堂の飾り付けをして下さい。花でも摘んで、それと倉庫にあるプリズンベリルも使ってしまいましょう。誰かさんがご親切に在庫を増やしてくれましたしね」


 あの宝石の出所をリセリは知りません。

 彼女は好奇心を堪えて、わたしの誘いにただうなづきました。


 さあ、お誕生会を開きましょう。

 みんなでハッピーバースデーをして、安らぎの里の良き慣習を隠れ里ニャニッシュが引き継ぐのです。


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