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22-2 ワンとヒヒーンな雪解けの旅路

 小柄な名馬と共に行く雪解けの旅は、なかなかもって乙なものでした。

 森の中は直射日光を受けない分だけ、古城グラングラム周辺と比較して積雪が残っておりました。


 しかしその分だけ草木の緑が目にまぶしい。地中より現れた淡い色の若葉や、気の早い花、木々の新芽が生命力となって森を活気づかせています。


「待って下さい。……ここは迂回しておきましょう」


 溶けかけの雪は道としては最悪です。

 グチャグチャしていて重く足を取られますし、滑りますし、当然冷たいので脚の体温も奪います。


 ピッコロさんを一度止めて周囲を慎重に見回し、時に樹木の上にわたしが登って、積雪や待ち伏せの少ないルートを選ぶ必要がありました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「グールの群れです。わたしが排除しますので突っ切って下さい。アンチグラビティ」


 春の訪れと共に招かれざる住民も帰ってくる。グールは動きこそ鈍いが、いざ近付かれると力が桁外れに強く危険な怪物です。


 その気味の悪い怪物の行進を、ピッコロさんは小さいいななきを上げて勇敢にもかわして、立派に走り抜けてくれました。

 避けきれないやつはわたしがファイアボルトで焼き払い、あるいはピッコロさんが豊かな瞬発力で頭上を飛び越えたのです。


 その後はやつらの追撃を逃れるために距離を稼ぎ、状態の良い乾いた地面を見つけたので、一度火をおこすことにしました。


 それにもうじき走ればカスケード・ヒル、時刻は薄っすらと暗い日没。となればアクシデントに出会う前に、今のうちに休んでおきたい頃です。


「ピッコロさん、バーニィのことを悪く思わないで下さいね」


 地面が乾いているエリアでしたので、たきぎにはさほど困りませんでした。

 冷たい悪路に文句も言わず、ピッコロさんはここまで駆けてきてくれました。


 今は暖かいたき火に張り付くように、炎を恐れることなく乾いた土に座り込んでいます。


「彼はあなたに活躍の場を与えたかったのです。畑仕事を手伝ったら、あなたがみんなにもっと尊敬されるようになると思ったんですよ」


 身体が暖まったらこのぬくもりを捨てて、また走らなくてはなりません。

 ピッコロさんは疲れもあってか眠るように身をふせて、まぶたをとじてしまいました。


「もし人間の世界に帰りたいというならば、次のレゥム遠征の際にお連れしますが、あなたはどうしたいのですか?」


 すると馬耳がピクリ立ちました。続いてふせていた首を起こして、わたしに向かってピッコロが顔を横に振る。


「では仲間としてあらためて、わたしたちの開拓を手伝ってくれるのでしょうか」


 次の問いかけに、ピッコロさんはいななきと共にうなづいてくれました。

 やはり賢いです。ハルシオン姫の逃亡のために手配された選りすぐりの馬だけあります。


「ありがとうございます。……実を言いますとね、あなたという足を失うのはあまりに惜しいと思っていました。なにせカスケード・ヒルとの行き来が難しくなった今、あなたという機動力と、積載能力は非常に貴重でして。おや」


 すると何を思ったのか、ピッコロさんは立ち上がる。

 それからさあ行こうと言わんばかりに、小さく鳴いて南東を向く。わたしを誘うようにやさしい横目を向けながらです。


「もう少し暖まってからでも良いと思うのですけどね、そのお気持ちはむげに出来ませんか。……では行きますよピッコロさん!」


 カスケード・ヒルまで後少し、わたしはたき火の痕跡を隠蔽すると、ピッコロさんと共に駆け抜け、現地ヘンリー・グスタフ商会所有の馬小屋に押し掛けるのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 カスケード・ヒル郊外の馬小屋に、あのしわ深いブルドッグづらがすぐに現れました。

 文字通り報を聞いてパジャマを着替えもせず飛んできた、といった風体でした。


「来ると思ってたぜ、猫野郎が……」

「お見通しでしたか、さすがは男爵です。しかし犬の肉球柄とは、意外とかわいいパジャマですね」


「ああ、昔ママンが――」

「その話はいいです」


「ママンが買ってくれたやつがこういう柄だったんだよ、へっ……懐かしいなぁ、ぁぁ、ママン……」

「はいそうですか、としか返しようがありませんよ」


 男爵がいつになくおとなしい。いつもならもっと喧嘩腰でギャンギャン言うのが彼です。

 まあ原因はわかっています。


 わたしが彼たっての願い、リード・アルマドの救出という願いを叶えたから、男爵は恩知らずな行動を取れない。

 彼もまた社会性の獣ことイヌヒト、そういう人であり種族なのです。


「ご心配なく、リードは元気ですよ。里の者にも男女問わずすこぶる好かれ、それはもうモテモテで羨ましい限りです」

「そうか……」


 かわいいパジャマ姿のわんこは馬小屋の壁に背中を預け、ついつい凄んでしまうので誤解されやすい顔を、いつも通りに凄ませました。


「かえって幸せそうに見えます」

「そうか……」


「ええ、あの子は聡明ですけどね、やさしすぎます。父親のレアルには悪いですけど、アレは、公爵なんて元から向いてなかったのでしょう」

「レアルにとっちゃ、やっと出来た自分のガキだ……。仕方ねぇさ」


 そうですね。それにわたし、レアル公爵のそのまた先代にはとてもお世話になりました。

 リードは奥方似ですが、どことなくあの方の面影が感じられます。


「その件についてはわたしも強く言えませんね。実子となるともっとかわいいんでしょうか」

「ふんっ……助かった、これでママンも喜ぶ……。感謝しているぜ、ベレトートルート・ハートホル・ペルバスト。どうかこれからもリードを頼む」


「名誉あるグスタフ男爵家の名誉に誓いましょう、どうかお任せを。ああそれより男爵」

「へっ、なら今すぐ口を閉じろ猫野郎がっ。……おい搬入だ!」


 馬小屋に男爵の配下のイヌヒトが現れました。

 量は多くありませんが、馬で運びやすいよう小分けにされた多数の皮袋がわたしの前に下ろされる。


「なんと、なぜこちらの欲しい物がわかったんです……?」


 中身はジャガイモとサトイモそれぞれの種芋と、それに大豆、ライ麦が詰まっていました。


 わたしは小麦を買うつもりでいましたが、今の季節に植えるならば寒さに耐性のある品種の方が好ましい。

 つまりそれはわたしたちの算段にきっちりそう品々でした。


「ケッ、来ると思っていたって言っただろ。それによ、何よりよ、ぁぁ……っ、パティアさぁぁぁんっっ! のご成長を少しでも考えればッ、こんなの当然も当然のご奉仕だろうがテメェッッ!!」


 わたしに怒り散らしながらパティアにデレるのは、そろそろ止めていただけませんかね男爵。


「くぅぅん……会いてぇ……今すぐ会いてぇ、パティアさん……。くぅぅ~ん……」


 あの子のどこがそんなに気に入ったんですか。

 男爵は目を閉ざすと、妄想の中のパティアさんに尻尾を振りたくったようでした。


 それからほどなくして、ピッコロさんに彼が目を向ける。

 激しい性格であることはもう彼も肌で察しているのか、だいぶ警戒気味です。


「確かピッコロだったか……。どうか、パティアさぁぁぁん♪ たちに届けてくれよ。あの子らに2度とひもじい思いはさせたくねぇ……。親どころか、国からも捨てられるなんて、そんなのよぉ、かわいそうじゃねぇかよぉぉぉ……」


 男爵、わたしにいつもの挨拶代わりの罵声を吐きにくいからって、うちの馬にまでからまないで下さい。

 しかし男爵とピッコロは謎の意志疎通に成功したようで、ピッコロがうなづいて、やさしく男爵に横顔を擦り付ける姿を見てしまいました。


「ピッコロよぉ、テメェもそう思うか……リード共々、どうか守ってやってくれ……ワォォン、優先順位は、もちろんパティアさんが最優先だぞっ、わかったな?!」


 犬と馬はくっついて、ヒンヒン、ワンワンとなんか語り合っていました。

 前者は獣で、後者は名誉ある魔界貴族のはずなんですが……わたしからはもう獣と獣にしか見えませんでした。


「ピッコロさん、日が落ちると寒くなりますし帰りましょう。ピッコロさん? もしかして、男爵のことが気に入ってしまったんですか……?」


 ピッコロは偽ることなくいななきで返してくれました。


「コイツは良い馬だ、俺の目利きに間違いがなけりゃ、城だって買える名馬だぜ……。ピッコロよぉ、どうか、パティアさぁぁんっ♪ を頼んだぜ……」


 変な友情が芽生えていたので全部無視して、わたしはピッコロに荷物を載せました。

 それから別れを惜しむ彼らを引き裂き、騎乗して、馬で運べるだけの種と芋を持って大地の傷痕に帰還したのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 翌日、昼過ぎに目覚めると東バルコニーの向こうに珍しいものを見ることになりました。

 なんとピッコロが自ら進んで農具を引き、新しい畑を耕してくれていたのです。


 本当に賢い馬です。やはりピッコロに鞭は必要ない、彼は自らその事実を証明していました。

 いえ失礼、ピッコロは確か彼女(・・)でしたか。


「良いぞ、さすがボクの馬だ! ボクはキミが誇らしいよ!」

「ピッコロさんえらーい! すごいなー、パティアがなー、いっぱいがんばらなきゃ、おわらないおしごとなー、もうおわってる! ピッコロさんはー、ただうまではないな……」


 眠気混じりのわたしの耳に、幸せないななきが届きました。

 もしかして律儀に男爵との約束を守ろうともしてるんでしょうか。


 よく見てみると、ピッコロさんは今まで以上にパティアを気にかけてか、しきりに目線を向けてるようでした。


「おはようございますエレクトラムさん。あれ、どうしたんですか?」


 ぼんやり彼らのやり取りを眺めていると、わたしの背中にラブレー少年が立ちました。

 どんなに面白い物が見えるのかと、彼は広場に広がる畑を見下ろす。


「いえ、犬と馬の友情も捨てたもんじゃないかと思いましてね」

「えっ……。えっと、馬の方はわかるのですけど、犬って誰のことですか?」


「男爵です」

「……え?」


 わたしはラブレー少年に昨日の出来事を教えてさしあげました。


「男爵のお気に入りのパジャマが、犬の肉球柄のかわいいやつなの知っていましたか?」

「……えッッ!!?」


 男爵は立派な方でしたが、やはり正真正銘のマザコンであることも。ちっぽけな美談の付け合わせとして。


 こうして男爵のおかげで皆さんとピッコロさんの距離が縮みました。

 犬と馬の友情も捨てたものではありません。


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