22-1 雪解けから始まる新しい日々 - 春の兆し -
前章のあらすじ
暖かい日が来た。ネコヒトが昼に目覚めて古城のバルコニーに出ると、眼下の広場に雪遊びで盛り上がる子供たちを見つける。
はしゃぐ子供たちの姿に彼は淡い安らぎを抱いた。彼らは絶望と共にあったが、もう強く立ち直っている。
・
積雪が始まってよりはや1ヶ月が経った。
そんなある日、ホーリックスがネコヒトに頼みごとをした。『狩りに連れて行ってくれ、冬の生活は戦いの勘を鈍らせる』と。
そこでネコヒトは古城に隠された迷宮の秘密を彼女に明かした。バーニィ、パティア、それからマドリを連れて迷宮を下る。
ホーリックスはその絶好の鍛錬場を喜び、勇猛に獅子奮闘した。
最深部には知恵を失ったドラゴンが待ちかまえていたが、もはや彼らの敵ではなかった。
攻略の報酬はマドリのための杖。パティアが宝箱に祈った結果現れた物だった。
その後、迷宮のソロ攻略という無謀を働くリックに、管理者でかふくからの猛烈な抗議がネコヒトに飛んでくるのだった。
・
もうじき雪解けを控えた頃、シスター・クークルスが高熱に倒れた。
魔法の素養の高いマドリによると、彼女の中に魔力の異物を感じるという。
通常の治療法ではどうにもならないことをネコヒトが悟ると、人ならざる者との交渉能力をもつ腕輪、魔王の腕輪がついに使われる時が来た。
腕輪の力により、シスター・クークルスに宿る黒い影が実体化する。彼女に仕立屋の才能を与えた影は、何と種族ネコヒトによく似ていた。
その影こと黒いネコヒトとの交渉がまとまる。ネコヒト・ベレトはクークルスを救うために、支払い切れなかった代償を支払うため、危険な魔界北部を目指す。
やがて旅の果てに目当ての地下洞窟を見つけ出した。
彼はそこを下り、死せる魔導師リッチとの戦いの果てに交換条件の物品、瑠璃色の女神像を入手した。
その後強行軍で大地の傷痕に帰還する。すると瑠璃色の女神像がネコヒトの手をすり抜け、彼を在るはずのない地下へと導く。
深部にあった祭壇に女神像が安置されると、黒いネコヒト、古城グラングラムの主ザガが現れて約束を果たした。
ところがザガの余計な置き土産が残る。
病床よりクークルスは立ち直ったが、その頭に猫耳が生えていた。
・
―――――――――――――――――――
隠れ里の春
雪と花が乱れるつかの間の頃のこと
―――――――――――――――――――
22-1 雪解けから始まる新しい日々 - 春の兆し -
連日暖かい日が続いていましたが、昨日はその中でも特別に暖かい日になりました。
「おいそっちじゃないって! こっちこっち、雪はこっちに捨てろって言われただろジア!」
「ああそうっ、悪かったわねこのチビ! アンタはもうさ、少し人に対する言い方を覚えなさいよ!」
「ならチビって言うなよ!」
「その言い方! それに悔しかったら、私よりでっかくなってみなさいよ!」
隠れ里のまだ白い原野に、コートが要らないほどの熱い日射しが降り注いだのです。
昨日のわたしたちはその季節外れの真夏日に、当然ながら否応ない期待を向けました。
「うんしょ、うんしょ……はーー、ゆき、なかなか、なくならないなー……。あっ……」
「おわっ、つ、冷てぇぇッッ!」
雪解けが加速して、明日にはようやく外を活発に動き回れるのではないかと。
「ごめんカール、て、すべっちゃった……」
「パティアナイス、よくやった!」
「パティアお前っ、何で毎回毎回っ俺に向けてばっかミスるんだよぉっ!」
結果はこの通り。まだ広場の半分以上に雪が残っていますけど、野外での活動が可能になりました。
「なんだろ……あのねカール、わざとじゃないよー? でもね、なんかね、なんでかわかんないけどー、そっちにとんでくの」
「そうなんだね、じゃあしょうがないよ」
「しょうがなくねーよっ! クークルスのコートがあるから、全然平気だけどさ……」
今は一丸となって水っぽくて重い雪をどかし、いち早く耕作地を確保しようと広場が賑わっています。
「カールはー、クーすきだよなー」
「おうっ、そこのデカ女と違ってやさしいし、綺麗だからなー! 冷たぁッッ?!」
なぜなら冬の間は食料の供給がほとんどなかったため、既に備蓄がかなり目減りしていたのです。
しばらくは平気ですが、初夏以降にひもじい思いをしたくなければ、今日からすぐに動かなければなりませんでした。
「ごめん私も手滑った」
「パティアと違って、おめーはぜってーわざとだろーがッ!!」
重ねて今はまずい状況でもあります。
ハイエナたちの自由都市カスケード・ヒルから、大っぴらに食料を買い込むわけにはいかなくなっていました。
「カールとジアはー、なかいいなー」
「それは絶対ないよパティアちゃん。それに私の好みは、アルストロメリアさんみたいなイケメンだもん」
道中の雪がまだ溶け切っていないのも理由の一つではあります。
「あるたんかー。あるたん、おもしろいもんなー。あるたん、パティアより、かわってるとおもう」
「えー、バーニィのおっさんの方がいい男じゃね~?」
しかし最大の問題はミゴーにわたしが生きていることを知られた件です。
しかもカスケード・ヒルとここを繋ぐ経路の上で。あれっきり行き来のリスクが跳ね上がってしまっていました。
「うんっカールはわかってるなー! バニーたんはー、いいおとこだぞー。ラブちゃんもだいすきって、いってるしなー。くちだけじゃなくてねー、しっぽが」
「わかってるじゃん! やっぱ見習うならあっちだろっ!」
「まあ、それは私もわかんないでもないけど……。でも、バニーさんってスケベじゃん……」
雪かきの手を止めて3人が目を見合わせる。
意見の食い違う彼らでしたが、その点においては共通の認識で一致していたようです。
「うん。バニーたんは、すけべーだなー」
「だな。性格が南国風っていうかさ、ああいうところがなけりゃもっと尊敬できたよなー……」
しかし子供ってやっぱり見てるもんですね……。
バーニィ、マドリに手を出しつつクークルスにセクハラして、リックに良い顔をするのはほどほどになさって下さい。
あなたは慕われている分、変な影響を彼らに与えかねませんから。
●◎(ΦωΦ)◎●
前置きはさておき、朝から始まった雪かきが昼過ぎにようやく一段落しました。
今は先ほど話題となったバーニィが年少組の10名を取り仕切って、種まきを始めているようです。
「今は貴重な種だ、大事に植えてくれよ」
「うんっ、バニーさんのためにがんばる!」
彼はいつだって子供たちに慕われていました。
何だかんだ面倒見が良く、それにわたしなんかよりずっと父性がありました。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。上手くできた子はおっさんが高い高いしてやるぜ。それが嫌なら釣り竿の作り方を教えてやる。それも嫌だっていうなら……」
高い高いという言葉にはちょっとしたパワーがありました。
子供扱いを嫌がる子もいましたけれど、行為を拒む年少組はいません。誰もが親に捨てられたも同然の状況にあったからです。
「そうだな、ホーリックスちゃんにやさしく抱きしめてもらえるよう、俺が頼んでおいてやる」
「本当ー?!」
「おうバニーさんに任せとけ。へへ、ついでにあやかれるかもしれねぇしな~……」
そんなことだろうと思いましたよ……。
日向で腰を休めていたわたしは立ち上がり、バーニィの前にゆっくりと歩いてゆきました。
まだ土がところどころ凍っています。しかしそれも明日明後日には日射しに照らされて、春の土に変わるはずです。
一方の種の方は冬を越えられない作物を中心に残っていました。
その中にはレゥムの町で貰ったトマトとやらも混じっています。
しかし何を植えるにしてもいささか心許ない。順調に雪解けが進めば足りなくなるのが目に見えています。
「バーニィ、いつものお願いはまだでしょうか」
「お願い? ああそういうことか。頼むネコヒト、買い出しを頼めねぇか? とか言ういつものやつな」
狩りを始めるには少し早いです。
もう少し暖かくならないとモンスターの発生率も思うほど上がりません。
森のモンスターはわたしたちを脅かす存在であると同時に、生活を支える糧でもありました。
「雪かきよりは向いていると思いましてね。取り急ぎはエネルギー源になる芋類、穀物、血肉になる豆の種が欲しいところでしょう」
葉物野菜は優先順位が下がります。
森で春の山菜を集めたり、そこで得た苗を畑に移植すればある程度まではカバーができます。
「そりゃ明日の朝一にしたらどうだ、夜はパティ公が寂しがるぞ」
「それを言われるとかなり心が揺らぎますね。おや、どちらへ?」
「ちょっと助っ人を連れてくるわ。戻るまでここを頼む」
「助っ人ですか。まあかまいませんが」
バーニィに種を渡され、お爺ちゃんは親しみ混じりに背中を軽く叩かれました。
仕方ありませんので、ネコヒトはバーニィの後ろ姿を見送ると、子供たちと一緒に種まきを手伝うのでした。
「エレクトラムさん、がんばったら、モフモフしていい……?」
「あ、私もねこたんさん触りたい」
「僕も。パティアがいると言いにくいし……」
ええ、仕方ありません。
わたしは顔を泥で汚した子供たちにうなづいて見せました。手は洗ってもらいますがね。




