21-1 まっしろで、あったかいひ - 高みの見物 -
前章のあらすじ
リード公爵あらため令嬢マドリを里の皆に紹介した。
マドリはその可憐な容姿と、やさしくひかえめな人柄もあって大歓迎される。
彼女は特にバーニィと男装騎士のアルスにやたらと好かれ、セクハラまがいのスキンシップでベタベタと迎えられた。
魔界の古い文字が読める個性もあって、マドリの里での役割が説話集の語り部、および教師役に決まった。
その翌日、ネコヒトは3日間の休眠に入ることに決めた。
マドリの正体がリード公爵であることを、既に男であることを見破りかけていたリセリに伝えて眠りについた。
ネコヒトの休眠中にバーニィとアルスがマドリをめぐって張り合ったり、パンツをのぞいた事実をバラしあったりもした。
2人はいまだ、彼女が彼であることにまるで気づいていない。
ネコヒトが休眠より目覚める。
骨を煮てにかわを作るバーニィを見て、彼はゼリーという名の、スライムを使った甘味の作り方を思い出していた。
三日の休眠の間、やはりパティアは寂しかった。
目覚めたネコヒトに飛びつき、クークルスが作ってくれた雪ウサギを自慢する。
ウサギの名はバーニィ。ネコヒトが新たに作ったもう一匹の名が、たるたる。
冬の間の何でもない日々が今日も続いていった。
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牙城グラングラムに眠る意志
黒いネコヒトと偉大なる竜殺しの剣
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21-1 まっしろで、あったかいひ - 高みの見物 -
それからざっと10日ほどが経過しました。
冬季のわたしの生活は元の怠惰なネコヒトに戻り、昼食すらも取らずに昼過ぎから夜の間だけ活動するような日も多々あります。
どうやら今日もそうなりそうです。
朝パティアの退室を見送って、二度寝、三度寝から目覚めるともう昼過ぎでした。
しかしまだまだわたしは眠れそうです。
ネコヒトは夢の続きを求めて瞳を閉ざし、ほどなくしてやむなく書斎式ベッドから身を起こしました。
「何だか、とっても賑やかですね……」
冬だというのにどうも外が騒がしい。
わたしは書斎から飛び降りて、軽く柔軟運動で身をほぐしてから司令部こと寝所を出ました。
東のバルコニーに出てみれば、白くまぶしい日射しがわたしを迎え入れてくれる。
見上げればそこに冬空はなく、天高く清々しく澄んだ青空がありました。
冬の間、わたしたちが無意識に恋い焦がれた太陽です。
キラキラとした日射しが暖かく大地の傷痕に降り注ぎ、雪化粧の世界をまぶしく照らし出しています。
この季節には珍しい快晴です。空気もとても暖かく、雲も小さいものが数えられるほどしかありませんでした。
「あらねこさん、おはようございます」
「おはようございます、シスター・クークルス。こんなに天気が良いならもっと早く起きておけばよかった、などと後悔していたところですよ」
雪の白と、灰色の古城、常葉樹の深緑、後は曇り空しかなかったこの場所に、今日だけの春が来ています。
命の気配を感じさせられる久々の情景に、わたしの気分もそれに逆らいようもなく晴れやかでした。
「うふふふ、ねこさんは冬に入る前にたくさん、がんばったんですよ~。だから少しくらい、ゆっくりされても良いのです♪」
「それもそうかもしれませんね。が、あなたが言うとまるで説得力がありませんよ」
「あら、やっぱり言われちゃいましたかー♪」
「よろしければ自堕落に過ごすコツを教えましょうか? それは予定やノルマを立てないことです」
クークルスは笑ってごまかしながらわたしの隣をすり抜けて、バルコニーの奥から下を見下ろしました。
さっきから城門前広場の辺りが騒がしい。
どうやら彼女もこれに引きつけられて来たようでした。
「ねこさん、こっちこっち」
「おや面白いものでも見つけましたか?」
「はい、とっても♪ それより早く見てあげて下さい♪」
クークルスの隣に立ってみれば、確かにとても面白い光景がそこに見えました。
騒がしいのも当然です。カールを中心に男の子たちが雪合戦をしていたのです。
いえよく見ればそこにパティアとバーニィ、意外なところではリセリまでもが混じっています。
「皆さん盛り上がっていますね」
「ほらあそこにパティアちゃんがいますよ? 声をかけてあげたらどうでしょう?」
「いえこの熱気に水をさすのもどうかと」
広場の南北にそれぞれ雪の防壁が築かれていました。
便宜上、南軍と北軍とでも言いましょうか、それぞれは壁に身を隠して、雪玉を投げては身を引っ込めています。
「も~、その一言でパティアちゃんがどれだけ喜ぶと思ってるんですか~」
「まあそうかもしれませんね。しかしあれはお調子者でして、わたしの視線があると張り切り過ぎてヘマをしでかすかと」
城のバルコニーから見れば全て丸見え、ここは絶好の観戦席でした。
絶望と共にあった蒼化病の子供たちが、こうしてはしゃぎあいながら雪玉を投げ合う姿はこれがなかなかどうして感慨深いものがあります。
「そういう問題じゃありません。だってたった一声で、パティアちゃんの幸せが買えるんですよっ?」
「いつになく強情ですね……。わかりました、もし気が向いたらそうしてみます」
「もー、ねこさんこそ強情です!」
「老人は一度決めたことを曲げるのがとても苦手なのですよ」
さて見ればわかりますが、パティアとバーニィは敵同士でした。
なにせそのパティアに、バーニィの投げた雪玉が直撃したからです。
「わぶっ……?! こらー、バニーたんっ、おとななのにーっ、こどもに、ほんきでゆき、なげるのかーっ!」
「わははっ、悔しかったら俺をやっつけてみろよパティ公! おっと危ねぇ、はははっ!」
「バニーたんっ、よけるとか、おとなげないぞー!」
「誰が手加減なんてするかよ! おらみんなっ、パティア軍は大したことねぇぞっ、ほらやっちまえ!」
「ぶぇぇぇーっ?! おのれ、おのれぇー、バニーたんめぇぇーっ!!」
怒って抗議するパティアの顔面に、バーニィがまた雪玉をぶつけていました。
その姿は大人というより大人子供、もうじき42だろうにまだまだ元気はつらつです。
「本当に大人げない人ですね……」
「そうですね~。うふふ、でもそこがバーニィさんの良いところかしら? 何だかんだ手加減はしてるみたいですし、いつも子供と対等というか……」
「ええまあ、わたしよりずっと子供の扱いが上手いのは事実でしょうね。それよりシスター・クークルス」
「はい、なんでしょう」
「みんな手袋を付けているようです。つまりこの雪合戦は、あなたのがんばりの結果とも言えますね」
下に気づかれないひかえめさで、クークルスに拍手を送りました。
白いコートをまとったシスターさんは柔和な笑みで、わたしの賞賛を喜んでいます。
「リセリちゃんやフリージアちゃんたちが手伝ってくれたからですよ。それにですね、まだブーツの方がそろってないんです。だからもう少し休んだら仕事場に戻りませんと……」
「シスター、もう少し何というか、目の前の怠惰なネコヒトを見習ってくれてもいいと思うのですが」
冬ごもりという名目で、せっかく仕事を休む機会が来ているというのにこの方ときたら……。
ところがその時、彼女の足取りが揺れました。
「ちょっと、危ない!」
急にバランスを崩して、背中からバルコニーの下に落ちそうになったのです。
あわやその一歩手前で、筋力に恵まれないネコヒトが全身で抱き支えることになりました。
「あら……あら大変、私ったら落っこちる寸前でしたね」
「焦りました……危ないじゃないですか。倒れられたら困ると、あなたは何度言えばわかるんですか」
彼女の腰を支えて3歩ほど後ろに引きました。
何もないところで急にバランスを崩すなんて、それは身体の不調以外の何物でもありません。
「ごめんなさい、ちょっとバランスを崩したみたいで……」
「そうですね、それも普通あり得ないタイミングでです。今日はもう休んで下さい」
シスター・クークルスはすぐに返事をくれませんでした。
子供たちの足が凍える前にブーツを作りたいと、使命感を持っていました。ですけど今回ばかりはわたしも譲りません。
「私休まないと、ダメでしょうか?」
「答えるまでもありません、何の権限もありませんが命令です、休みなさい」
「困りました……。あ、それでしたら、私と添い寝して下さいませんか?」
「添い寝、そう来ましたか……」
「だってそうしないと、気づいたらお仕事してしまってるんです私」
そうやって他人のためにばかり時間を使っていると、気づいた頃には自分がなくなってしまいますよ。
そのままお婆ちゃんになる気ですかあなたは……。
「わかりました、この際その条件でかまいません」
「あら……!」
するとクークルスの顔つきが変わりました。
嬉しそうに身を跳ねさせて、ニコニコと歓喜の笑顔をわたしに向けたのです。
「さっきも言いましたが、あなたが必死で手袋を手配してくれたおかげで、この光景を見られたのですからね」
「いいんですか? 人生何でも言ってみるものですね! うふふ~、今日はー、ラッキーデイみたいです♪」
しかしその前にわたしは足を戻して、バルコニーから雪合戦をもう一度だけ見下ろすことにしました。




