20-4 冬眠から目覚めるとそこはまだ雪国でした
わたしなりに冬の間の短期目標を作りました。
それは冬季生活の安定化と、後見人として友の息子リードが里に馴染むよう見守ること。それとわたし自身の魔力の温存です。
少し消極的ですけれど冬の間はこんなものかと思われます。
積雪で移動するだけでも大変なのですから、無理して動いたところで体力を使うばかりで、あまり利益らしい利益はありませんでした。
「おはようございます、何か困ったことはありませんか?」
「あ、エレクトラムさんだ! ううん、別にないよ」
冬眠から目覚めて寝床を出ると、まずカールとジアを見つけることになりました。
ちょうど年長組の部屋から出てきたところのようです。
「俺たちよく言うんだ、こんなあったかい場所に居られるなんて、それだけで幸せだな~ってさ」
「ご飯もお腹いっぱい食べれるしね」
質問の返答は特になしの満足でした。
暖かい場所でひもじい思いをせずにいられるだけで最高だそうです。
「パティアはリセリが言うとおりイケメンだよね! みんなエレクトラムさんとパティアに感謝してるよ!」
その暖を担っているのがパティアのメギドフレイムです。
危険極まりない術ですけど、使いこなせれば人を暖める不滅の暖房にも変わる。そこは認める他にありません、素晴らしい力だと。
「そうですか、そんなに親子ともどもほめ倒されると、わたしのクールキャラが崩れてしまいますよ。フフフ……存外に嬉しいようで」
「うん、二人とも最高の親子だよ! あ、それよりパティアにはもう会った?」
「会ったも何も今起きたところですよ。……それよりお二人とも、わたしたちに遠慮はしないで下さいね。あなたたちはもうわたしたちの仲間なのです、困ったことがあったら何だって言って下さい」
「わかったけど、今んところマジで満足してる! あ、なら剣術の授業もっと増やしてくれよ!」
「いいですよ、わたしも冬の間は暇ですから」
昼食を食べ損ねたわたしは舞い上がるカールと、お説教がちなジアを見守って、他の顔ぶれを求めて場所を移しました。
●◎(ΦωΦ)◎●
カールとジアにはふられてしまいましたが、毛皮を持つわたしやクレイ、ラブレーにしかできないことも多々あるでしょう。
そう思いまして、寝起きのわたしは仕事を探して城内をブラブラと歩き回りました。
「何か困ったことはありませんか?」
食堂に寄るとリセリの姿がありました。
昼食はもう全て食い尽くされていると見るべきでしょう。
「あの、それでしたら私の相談に乗って下さい。ジョグさんと、もっと仲良くなるには、私どうしたら……。春の同居までに、一歩踏み出すきっかけが欲しいんです……!」
仕事とは言い難いオーダーです。
けれどリセリは本当に深く悩んでいるようでした。
「肌寒いとでも言って彼に抱きつきなさい」
「だ、抱きつく……?!」
「彼は毛皮を持っていますからあなたの体温感覚などわかりません。バカ正直にあなたを暖めてくれることでしょう」
「な、なるほど……! アドバイスありがとうございます。で、でもっ、私……あの、なら抱きつく勇気の出し方を、教えてくれると……」
どうやらこの手は望み薄のようですね。
朴念仁のジョグに超奥手のリセリ。これが進展する未来がいまだに今一つ見えませんでした。
「なら春まで待つことですね、同居すれば嫌でも接点が増えますから、心の準備だけされておけば良いかと」
「そ、そうですね……はい、私、覚悟を決めます……っ!」
これだけどちらも不器用だと、この先も手が焼けそうです。
●◎(ΦωΦ)◎●
1階にあるバーニィの作用場を訪ねると、うっすらと雪か何かで髪を濡らしたバーニィがいました。
「ようネコヒト、きっちり3日で起きるたぁ器用なもんだな。で、何やってんだ?」
「それはこっちのセリフですね。これは骨ですか、こんなものを煮て、なにをやってるんです?」
メギドフレイムの暖炉に壺が置かれています。
どうも魔物の骨を煮立たせているようでした。
「ああ、にかわだ、にかわ作ってる。もっとわかりやすい言葉で言うと、接着剤ってやつだな」
「にかわ、骨から作るスライム状のやつですね。ん、スライム……?」
「どうしたよ、それってよ、なんか思いついた顔だろ」
よくもまあたった半年で、ネコヒトの表情を読めるようになりましたね。
「いえ思い付いたのではなく、思い出したんです。わたしお爺ちゃんですので」
「ああそうだったな、たまに忘れそうになる」
「おべっかを」
「思ったこと言っただけだろ。で、何を思い出したんだ?」
にかわは骨や皮、ひづめをドロドロに煮込んで作ります。
バーニィが大げさに言うには春から建築ラッシュだそうですから、いくら用意しても足りないくらいなのかもしれません。
「魔界のとある地方に伝わる郷土料理です」
「料理だぁ?」
「ある種のスライムを乾燥させたものを使った、ゼリーと呼ばれるプルプルの甘い半透明の菓子を思い出しました」
本当は郷土料理ではなく、魔王様が作られたのですけど。
それが広まって、今でも上流階級の一部ではデザートとして親しまれていたはずです。
「スライムもにかわの原料だろ? つーことは、にかわを食うってことか? うげぇぇ……ぜってー不味いだろそれ……」
「いえそれが絶品で、宝石のように美しく、かつプルプルしていまして、子供が喜ぶこと間違い無しの一品なのです」
「ほー、ああわかった、つまり魚の煮凝りみてぇなもんか?」
「まあ、一気に風味が魚臭くなりましたがそうですよ」
しかし魚の煮凝りもいいですね。今度リックに提案しましょうか。
「ならホーリックスちゃんに教えてやれよ。なんかよ、ここ最近は力が有り余ってるって感じだったわ。スライムならバリケード沿いに掘った堀にはまってるかもしれんしな」
ホーリックスは生まれながらの戦士、冬とはいえゆっくりしていると落ち着かないのでしょう。
ちょくちょく訓練に誘うのもいいかもしれません。
「そうしてみましょう、煮凝りをオーダーしなくては」
「ネコヒトよ、目的入れ替わってんぞ。んじゃ、案内ついでに俺も少しあっちを手伝いに行くかね」
にかわを作っている最中だというのに、何を言ってるんですか。
バーニィは壺をのぞき込んで、ミトンを使って暖炉の外に運ぶ。
「おや居場所を知っているんですか」
「それが予定より積雪が厚くてな、せっかくの用水路が埋まっちまった」
「それは困りますね、普通に」
「だろ? だから今は東の森までの道を整えてるところだ。俺も午前は手伝ったんだが……やっぱ外は寒くていけねぇ、毛皮のある連中に任せてきちまった」
「それを早く言って下さい、ゼリーなど後回しにして雪かきを手伝うことにしますよ。ああ、あなたは結構です、毛皮のある我々の仕事を取られたら、たまったものではありませんので」
「そうか? ホーリックスちゃんに良いところ見せたかったんだけどなぁ……」
「節操なしが何を言ってるんです。それよりマドリをあまりいじめないで下さいよ」
バーニィが何か言い返した気もしますが、大したことではありません。
わたしは彼の仕事場を颯爽と出て、東のバルコニーから外へと飛び降りました。
●◎(ΦωΦ)◎●
すると何の偶然か、城門の目の前にパティアの姿を見つけました。
「ねこたんっ、おきたか!!」
「あらー、空からねこさんが降ってきました♪ 何だか懐かしいです、おはようございます」
「おはよーっねこたんっ、パティアへーきだぞ、おとなだから、ねこたんずっとねてても、ぜんぜんへーきだったぞー!」
どうも信憑性の怪しいところです。なぜならパティアはわたしの毛皮に固くしがみ付き、けして離れようとしなかったのです。
本当は寂しかった。彼女が言葉にしなくとも態度でわかってしまいました。
「良かったですねパティアちゃん」
「まーな~! べつに、ぜんぜんさびしく、なかったけどなー。うごいてるねこたんは、はぁー、かくべつだ……」
「しばらく動いてないねこたんで、すみませんでしたね」
パティアの頭をやさしく撫でて、それからわたしは彼女のバッグにしまわれたナコトの書に触れました。
アンチグラビティを少しの間だけ発動させて、パティアを抱き上げます。
「おわぁーっ?! ねこたん、まほーのちから、ためるんじゃなかったのー?!」
「はい、ちょっとだけムダづかいしてみました」
すぐに効力は失われ、わたしの筋力はパティアの体重に負けてしまいました。
「ところでシスター、こんな時期に外で何をされていたのですか?」
「はい、それはですね~」
「そうだった! ねこたんっ、それがたいへんなの! クーがな、クーが、うさぎさんつくってくれたんだぞー!」
ソレに走り寄るパティアに導かれて、ふと目線を落とせばそこにウサギがおりました。
真っ赤な目と純白の毛皮を持ったウサギです。体の組成が雪とブラッディベリーであることをのぞけば、それは立派なウサギそのものでした。
「どうだ、すごいだろねこたーん!」
「うふふ、何だか大人の方に見られるのは恥ずかしい気がしますね~」
まるで自分の手柄のようにパティアが雪ウサギを紹介してくれました。
あんなにも邪険にしていたクークルスに、ここまで心を開くようになるとはパティアも変わったものです。
「このこのね、なまえはね、バーニィ」
ついついなごんでしまったところで、ネコヒトは危うく吹きかけました。
「あら、この子はバニーさんだったんですね~」
「うーうん、バニーたんは、バニーたん。このこは、バーニィちゃんだぞー」
バーニィ・ゴライアスとは赤の他人だそうです。
雪とブラッディベリーで作られた塊ごときに、バーニィは本名を奪われてしまったようでした。
「ねこたん、だまってないで、なんかいって」
「ええそうですね、これはかわいいバーニィちゃんですね。あのスケベ男も、これくらいかわいかったら許されたのでしょうか」
わたしは腰を落として、見よう見まねで新しい雪ウサギを作っていきました。
できました、しかし目玉はどうしましょう。
「おおー、ねこたんもじょうずだなー。よしっ、あとは、パティアにまかせろー!」
そこはパティアがやってくれました。隠し持っていたブラッディベリーを目の位置に埋め込んでくれたのです。
明日の朝には、しろぴよさんの腹の中に消えている可能性もありますね。
「わぁ~、ウサギさんのご家族の完成ですね♪ この子の名前はなんていうんですか、パティアちゃん?」
「うんっ、たるたる!」
たるたる。わたしとクークルスはついつい目を見合わせてしまいました。
バーニィの家族のたるたるさんだそうです。
「やっぱりこのウサギ、バーニィがモチーフなのではありませんか?」
「もちーふ……? あ、ねこたんのおかげでね、パンふわふわもちもちになったよ! ねこたん、ありがと、ごはんおいしい!」
パン酵母が手に入ったことで、生地がふんわり膨らむようになりました。
風味も良くなって食事がとても進みます。
はい、言葉のキャッチボールになっていません。
「それはたるたるとキシキシのおかげですよ」
「きしきし? それ、どんなひとー?」
「バーニィと同じパナギウムの騎士で、お人好しが靴はいて歩いてるような方です。叶わぬ願いでしょうけど、せめて1度は里にご招待したいものでして」
知っています、バーニィがこれに猛反対することくらい。
「では毛皮を持つ者は雪かきを手伝ってきます。お二人は凍える前にほどほどで城に戻るのですよ」
「わかった。でもね、そのまえにね、たるたると、バーニィちゃんの、こども、つくってからにするねー」
クークルスがやさしそうに笑いました。
意地悪なわたしと違って、子供を作るという発想に安らぎややさしさを抱いたようでした。
「フ……名案です。ああそうです、後でこの話をバーニィにもしてあげて下さい」
「バニーたんに? なんでー?」
「面白そうだからです」
「そうね~、私もちょっとだけ反応が気になるかしら……♪」
バーニィはどんな顔をするんでしょう。後でパティアから聞き出しませんと。
●◎(ΦωΦ)◎●
「おいこらパティ公……もう一度言ってみやがれ……っ」
「あのね、ゆきうさぎ、つくった。パパがバーニィでね、ママがたるたる。ふたりのこどもも、つくったんだよーっ」
どんな顔してました? と聞きました。
すごくこまったかお、あとときどき、はんわらい、いっぱいあたま、かいてた。だったそうです。
「そうか……」
「うん、そうだ」
「その……嫁さんの名前、変えちゃダメか……?」
「ダメ、それは、ゆずれない。バーニィちゃんと、たるたるは、あいしあってるの」
恐らくパティアは雪ウサギの話をご機嫌でしたのでしょう。
拒絶するわけにもいかなかったはずです。
「たるたるか……」
「たるたるだ。バニーたん、あしたいっしょに、みにいこー」
「そりゃ構わねぇけど、たるたるなぁ……。それ、どのへんに作ったんだ?」
「おしろのね、すぐそと! ばるこにー? おりたとこだ」
「よっしゃわかった! なら俺に任せとけ!」
「うん、わかった、まかせた。……はれぇ、まかせとけ??」
その翌朝、パティアが雪ウサギの元を訪れると、なぜか角のあるウサギと、クロスを付けたウサギ、さらには額に氷を付けたウサギが増えていたそうでした。
子供の遊びにそこまでしますかバーニィ、照れ隠しにしたっておとなげない……。




