20-3 アルスとマドリ、あとおっさん - 冬のバルコニーで -
これは冬眠2日目の夜のことです。
隠れ里ニャニッシュにはバーニィの他にもう1人女好きがおりました。
わざわざ説明するまでもないでしょう、もちろんそれはあの麗しの騎士アルストロメリアのことです。
「ここにいたかマドリくん」
「あ……アルスさん。こんばんは、見つかってしまったみたいですね……」
雪が止んだのを見計らって、マドリは賑わう食堂を抜け出して東のバルコニーに出たそうです。
暖かい人々の輪から抜け出して、落ち着いて見つめ直したいことがあったのでしょう。
淡く燐光する魔界側ではなく、星のある人間の夜空を選んだのは何か理由があってのことなのか、そこまではわたしにもわかりません。
「たまたまそこを通りかかってね。というのはさすがに無理のある嘘になるか」
「あはは……私、後を付けられてたんですね。それならエレクトラムさんの寝顔をのぞきに来たついで、というのはどうですか?」
雪化粧をまとった隠れ里は神秘性なほどに
美しく、照明魔法を少し強くすると白い雪と暗闇がそこに浮かび上がる。
リードはこの場所からの里の景観が気に入ってしまったとわたしに後で話してくれました。
「ふむ、ネコヒトくんか。実はボクも彼に導かれてここに来たくちでね、キミにはどことなく親近感を抱いている」
「え、あなたもですか……?」
「ああ、訳あって彼と大変な冒険をすることになったよ。ギガスラインを知ってるかい?」
「はいもちろんです。かつて巨人種ギガンデウスの侵攻を防ぐために作られた、天をも覆う巨大長城のことですね」
思っていたよりずっと博学でアルスは驚いたそうです。
わたしの知るリード少年は優等生タイプでして、若いというのにときどき子供らしからぬことを言う子でした。
「詳しいんだね。ギガンデウス……どこかで教わったような気がするよ」
「かなり古い時代のことなのですけど、そちらの世界ではちゃんと教わるんですね。人間側は進んでるな……騎士学校か何かで教わったんですか?」
巣が出ていますよ、リード。
まあいいですか、気弱な乙女にも意外な一面があった方が魅力的です。
「そ、それはその……騎士学校では、そういうことは教わらないかもしれないな。ちょっと歴史好きの老人と話す機会があってね、その時に聞いたのかもしれないなっ、は、ははは……」
アルスは焦りました。それは王立学問所から出向した教師に教わったことで、騎士が知るはずのない昔話だと思ったようです。
しかし実際は問題などないのです。国を守る騎士がギガスラインの由来に詳しかったところで、別におかしくなどないのですから。
「人間側の歴史、私とても興味あります。あの、よかったら今度、私に教えてくれませんか……? お返しに私もこちらのこと、お話しますから……」
「お、おお……。つまりはデートの誘いということかな。ううむ、しかし困った、冬でなければ花の1つも用意したんだが」
「べ、別に花はいらないです……っ。というより、その、デートなんかじゃありませんよ……っ」
「フフ、その恥じらい深さはキミの可憐さを最高に引き立てるスパイスさ」
「可憐って……。な、何を言ってるのか、よくわかりませんよ……っ」
教師として人間の歴史をアルスから教わるのは有意義だと思います。
なにせこれからあなたが受け持つのは人間の子供、姫君ハルシオンならば国元でみっちり教育を受けているはずです。
「ところで話は変わるけどマドリくん」
「え、な、何ですか……?」
それがさも当然と、アルスはマドリの背中をそっと抱いて親身な紳士を演じます。
バーニィと同様、紳士ぶるにはもうだいぶ手遅れな気がしますがね。
「キミ、あのデリカシーの欠如したスケベオヤジに付きまとわれて苦労してるんじゃないか? 正直に言ってくれ、あの手合いはハッキリ言ったところで、グイグイ押してくる。わかるんだ、ボクが相談に乗ろう」
それから懸念を示すと同時に、もう1人の女ったらしはバーニィをだしにしました。
いえ男なんですけどね、その方は。
「い、いえ……バニーさんはやさしい方、だと、お、思いますよ……」
「おお、何てことだ……」
大げさにアルスが顔をおおう。彼にとってバーニィという存在は、ささやかな近親憎悪の対象なのです。
性質が似通っているからこそ、行動の1つ1つが鏡を見てるようでしゃくに障るのではないかと。
「待ちたまえマドリくん、騙されてはいけないよ。確かに彼はすこぶる面倒見が良い、しかしどう見たってそれが行き過ぎている! 正直言ってあのお節介っぷりは、鬱陶しさのあまりハエ叩きが欲しいくらいだ!」
「え、あ、はい……。えぇっと……?」
アルスがバーニィをあまり良く思っていないという点だけはきっと伝わったはずです。
それも最初の出会いが出会いでしたからやむを得ません。腐ってもアルスは姫君、それに連れションを誘ったのがバーニィの大失敗です。
「よく聞きたまえ、あれはね、ただのスケベ男だ。頼りがいがあって親切、そこまではボクも認めるよ。しかしね、彼を見ているとボクはもやもやしてくるんだ……っ」
「ひゃっ……あ、あのっ?!」
と、言いながらどうしてか今度は肩を抱かれたそうです。
リード本人から聞いた限りでは、どうもこれにも嫌がってるようには感じられませんでした。
ちなみにですがアルストロメリアさん、それはやはり近親憎悪というやつでしょう。
「な、なぜ私の肩を……?」
「とにかく気を付けたまえ、スケベ男であること、前提で、彼には対処するんだ……!」
「え、えぇぇ……でも、やっぱり私……。あのそれって、私、え、エッチな目で見られてたって、ことですか……っ?!」
「そうだ、ヤツはキミをエッチな目で見ている。ボクは見てしまったのだよ、城の階段を、スカートをまくって上がるキミを、キミのパンツを! 彼が下からのぞき込もうとしているヤツの犯行現場をね!」
今度は両肩に手を置き、アルスがマドリを正面からのぞき込む。
一応フォローしますと、バーニィとは違ってコート越しにです。
「う、嘘……っ?!」
ちなみにバーニィに事実の確認を取るとこう言っていました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「ああそうさ、首を低くして下からのぞき込んだかもしれねぇよ?! だけど聞けってネコヒトよ、俺だけじゃなかったんだ! あのアルスの野郎もマドリのパンツ見てたんだよ、俺の隣で、俺と全く同じ姿勢でよぉっ!?」
彼らのパンツに対する度を越した情熱は、老人には理解しかねます。
要するにやっぱり、あなたたち同類だったってことじゃないですか……。
「そうですか。その時あなたは、いい大人が2人揃ってなにやってるんだろうか。とはお思いになりませんでしたか?」
「おう、ちょっとだけ思ったぞ。けど見ないで後悔するより、見て後悔するべきだろ?」
はい、正面側からのぞかなくて正解でしたね。
アルスとバーニィはパンツのぞいてくるので、中身がバレないよう気を付けるようリードに強く言っておきました。
いつもご支援ありがとうございます。
バニーたんの女性票がこぼれ落ちてゆく音がする……




