20-2 少し冬眠します、起こさないで下さい - おっさんと女装子 -
わたしが眠りについて間もない頃、マドリは蒼化病の子供たちと行動を共にしました。
それはわたしの提案通りの内容です。
授業の計画を立てるために、今彼らに何が必要なのか見定めさせたのです。
といっても、まずはつる細工の編み方を彼らに教わるのが先だったようでした。
「意外と、む、難しいです、頭を使うんですね……」
「頭より身体で覚えるといいよ。それにしてもマドリってさ、よっぽど良いところのお嬢様だったんだね」
「え、あ、はい……そういうことになっています……」
公爵家の世継ぎが、つるの編み方や、陶器のこね方、木工仕事、雪下ろしを体験したことなどあるはずありません。
最初はどの持ち場もずいぶん苦労されたようです。
●◎(ΦωΦ)◎●
ええまあ問題はですね、予想通りその木工仕事の担当の方でした。
「あ、あの……バーニィさん……? あのっ、さすがにくっつき過ぎ、では、ないでしょうか……あの、あのっ……」
それは呆れが約束されたような話です。
かなづちと釘の使い方を教えるとか言って、バーニィが後ろからお嬢様を抱きすくめたそうですよ。
人に聞けば10人中10人がセクハラと言い切るでしょう。
しかしまさかセクハラを楽しんでいる対象が、彼だとは思いもしなかったでしょうね。
積雪が始まって急場ごしらえで作った作業場に、子供たちの姿はどこにもありません。
入れ違いになったのでしょう。
「いいから手先に集中しろって、ほらいくぞ」
「は、はい……」
騙してるみたいでリードは悪い気がしたそうです。
いえセクハラをしてきてるのはバーニィであって、あなたは被害者、別に悪くなどありませんよ。
「トントントンっと……ほらできた、立派なスノコの完成だ」
「わぁ……。私にも、作れました……ありがとう、バニーさん、大工仕事って思ってたより、楽しい……」
しかし木工仕事の師匠としてはそれなりに優秀でした。
ほとんど操り人形にされてたようなものですが、自分にも物が作れたとリードは感動していました。
「お、おう……へへへ、いや別にいいってことよ、マドリちゃんみたいなかわいい子なら手取り足取り、お兄さんがなんだって教えてあげるからよ、これから何だって頼ってくれよ」
バーニィがやさしい言葉を使うと、つい言葉を失ってしまったんだそうですよ。
わからないでもありません。リードは別人のマドリとなり、天涯孤独となったのです。
バーニィ・ゴライアスは不良オヤジでもありましたけど、頼れる兄貴でもありました。
「本当に……頼って、貴方に頼っても、いいんですか……? 私、魔族なのに……どうしてそんなに、やさしく……」
それは100%混じりっけなしのバーニィの下心ゆえですよ。
見境無しなんです……。
「言っただろ、ここじゃ種族なんて関係ねぇさ。お互い生きていくためによ、助け合っていかねぇとだろ?」
「バニーさん……」
リードは心細かったんです。一番の庇護者であるはずのベレトートルートはそのとき短い冬眠としゃれこんでいましたしね。
だからやさしくしてくれるバーニィの口車をつい信じてしまって、彼の手を乙女となって握り返してしまったそうでした。
「じゃあ、頼りに、させて下さい……私、まだ不慣れで、ぜんぜんわからなくて、人並み以下で、みんなと仲良くできるかも、わからなくて、とにかく不安で、不安で……」
「ああわかるぜ、若い頃ってのはそういうもんだ。まあお前さんもじきに慣れる、いいから俺に任せとけって」
しかしバーニィなら下心抜きでもそう言う。それだけはわたしにもわかりました。
ま、男同士であやしく手を握りあってる事実は変わりませんがね?
「やっぱりやさしい……人間にも、貴方みたいな人がいたんだ……」
「ははは、マドリちゃんはかわいいから特別――」
ところがそこに邪魔者が飛び込んできました。
「バーニィさんっ、そっち片づいたら一緒に釣りに行きませんかっ。あれっ……マドリさん?」
慌ててマドリはバーニィから飛び退いたので、イヌヒトの少年の瞳にそれが奇妙な光景に映ったというわけです。
「もしかして僕、何か邪魔しちゃいました……?」
「いやいやいやいやいやっ、そんなことはねぇよラブ公! というかこのことみんなには内緒な? なっ? 特にリックちゃんとクークルスちゃん、あとネコヒト、アレには絶対秘密にしてくれな……?」
残念、もう漏れてますよ。
ちなみにラブレーにはマドリの正体を秘密にしていました。知る者は少ないにこしたことはありませんでしたので。
「別にいいですけど……それより釣りに行きませんか!? あ、同じバーニィさんを慕う仲間として、マドリさんも良かったら!」
イヌヒトは社会性の高い種族です。
忠犬ラブレーはマドリには嫉妬などしませんでした。
ちなみに城から東の湖までの経路は、かねてよりの予定通り雪かきを行っています。
そうしておかないと飲料水を取りに行くのも大変ですし、貴重な魚の供給がなくなってしまいます。
ええ後者も前者に等しく重要です。
冬の間、新鮮な魚が食べられないなんてわたしはお断りです!
「す、すみません……まずは、えと、エレクトラムさんから与えられた、役目をですね、果たしたいので……すみません」
口べたで気弱な女の子を演じるのも結構大変みたいです。
マドリはその誘いを断り、半ば逃げるように次の持ち場へと移るのでした。
「おうラブ公、もうちょっとで片づくから手伝ってくれ。そしたら湖まで散歩と行こう」
「はいっ! あ、だけど……。うーん、何かあの子、引っかかるような……」
「あの子って、もしかしてマドリのことか?」
「はい、あの子……。僕、どこかで見たことあるような……」
「はははっ、案外どこかで会ってたりしてな。例えば男爵殿繋がりでよ。実は俺ぁよ、もうあの子の正体わかってるんだぜ」
魔王様の言葉を借りたところの、それはドヤ顔というやつでした。
「えっ、それ本当ですか!?」
「ああ、だが悪いな、こればかりは秘密だ」
「ええーっ、ああでも、それよりお散歩! ではなくて、早く釣りに行きましょうよっ!」
「だから先に仕事手伝ってくれってって言ってるだろ、ほらラブ公、おすわり」
「わんっ! あっ……」
誰に仕込まれたのやら、ラブレーは条件反射で命令に従ってしまっていました。
すぐに素に戻って恥ずかしい醜態に焦りだしたらしいです。
「バーニィさん僕を犬扱いしないでくださいよっ?! わっ、わふぅぅっ……」
「おおよしよし、パティアにわんこ扱いされてその気になっちまったんだな、わかるわかる」
「ち、違いますよぉぉー!」
わしゃわしゃとラブレーの頭をなで回して、バーニィはわかった口をきくのでした。
ええまあ、あなたの推理で合ってはいるのですよ。ご想像の通り、彼女の正体はリード公爵です。
ただし逆さまです、リードは男ですよバーニィ。
なのになんで勝手に勘違いして、あまつさえ口説いてしまってるんですかあなた……。
ちなみに事情を知る他の者は、後日こう語ってくれました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「見るに堪えない、教官、バニーに教えてやるべきでは……」
「なんかよぉ、後でムチャクチャ、逆恨みされねぇべか……? 見てるだけで、ぞわぞわしてくるべよ……だって、男同士だべアレぇ……」
「実にうさぎさんらしいにゃぁ~。ああいうどうしょうもなさが、にゃーにはおもしろ――ではにゃく、クズと言われがちな身として共感するにゃ~」
それがリード少年であることを知る者からすれば、困惑であり、哀れみであり、失笑を禁じ得ない光景でもありました。
「エレクトラムさん、バニーさんはもしかして……男性も愛せる方なんですか……? いえ私、そういう世界もあるって、知ってますから、へ、偏見はあり、ありません……っ」
いいんじゃないですか。
女ったらしが男と知らずに手を出して勝手に自滅してるだけです。
リードも一定の頼もしさをバーニィに抱いてるようですし、悪い関係ではありません。好きにさせておけばいいでしょう。
自覚のないシスター・クークルスの肩を揉んだりと、これまでセクハラざんまいを尽くしてきた自分の業を、バーニィが支払うべき時が来た。
ただそれだけのことでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
「ねこたん、いっしょにねよ」
「ねこたん、すごいな、ぜんぜんおきないな」
「ねこたん、ふかふかであったかいな」
「ねこたん、やっぱパティア……ちょっとだけ、さびしい」
「ねこたん……ねこたん、しゅき……」
「ねこたん……はやくおきて、いっしょにあそぼ……」
長い夢の中、パティアの声が聞こえたような気がしました。
それが夢だったのか、現実だったのかは定かではありません。
せめて冬の間だけでも娘の隣にいようと、記憶に残らない夢の中でわたしは心に誓いました。
残念ながらそれは覚醒と同時に、忘却の彼方へと消えていってしまったのですけれど……。
「ねこたん……おやすみ……」




