表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/443

20-2 少し冬眠します、起こさないで下さい - おっさんと女装子 -

 わたしが眠りについて間もない頃、マドリは蒼化病の子供たちと行動を共にしました。

 それはわたしの提案通りの内容です。


 授業の計画を立てるために、今彼らに何が必要なのか見定めさせたのです。

 といっても、まずはつる細工の編み方を彼らに教わるのが先だったようでした。


「意外と、む、難しいです、頭を使うんですね……」

「頭より身体で覚えるといいよ。それにしてもマドリってさ、よっぽど良いところのお嬢様だったんだね」


「え、あ、はい……そういうことになっています……」


 公爵家の世継ぎが、つるの編み方や、陶器のこね方、木工仕事、雪下ろしを体験したことなどあるはずありません。

 最初はどの持ち場もずいぶん苦労されたようです。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 ええまあ問題はですね、予想通りその木工仕事の担当の方でした。


「あ、あの……バーニィさん……? あのっ、さすがにくっつき過ぎ、では、ないでしょうか……あの、あのっ……」


 それは呆れが約束されたような話です。

 かなづちと釘の使い方を教えるとか言って、バーニィが後ろからお嬢様を抱きすくめたそうですよ。


 人に聞けば10人中10人がセクハラと言い切るでしょう。

 しかしまさかセクハラを楽しんでいる対象が、()だとは思いもしなかったでしょうね。


 積雪が始まって急場ごしらえで作った作業場に、子供たちの姿はどこにもありません。

 入れ違いになったのでしょう。


「いいから手先に集中しろって、ほらいくぞ」

「は、はい……」


 騙してるみたいでリードは悪い気がしたそうです。

 いえセクハラをしてきてるのはバーニィであって、あなたは被害者、別に悪くなどありませんよ。


「トントントンっと……ほらできた、立派なスノコの完成だ」

「わぁ……。私にも、作れました……ありがとう、バニーさん、大工仕事って思ってたより、楽しい……」


 しかし木工仕事の師匠としてはそれなりに優秀でした。

 ほとんど操り人形にされてたようなものですが、自分にも物が作れたとリードは感動していました。


「お、おう……へへへ、いや別にいいってことよ、マドリちゃんみたいなかわいい子なら手取り足取り、お兄さんがなんだって教えてあげるからよ、これから何だって頼ってくれよ」


 バーニィがやさしい言葉を使うと、つい言葉を失ってしまったんだそうですよ。

 わからないでもありません。リードは別人のマドリとなり、天涯孤独となったのです。


 バーニィ・ゴライアスは不良オヤジでもありましたけど、頼れる兄貴でもありました。


「本当に……頼って、貴方に頼っても、いいんですか……? 私、魔族なのに……どうしてそんなに、やさしく……」


 それは100%混じりっけなしのバーニィの下心ゆえですよ。

 見境無しなんです……。


「言っただろ、ここじゃ種族なんて関係ねぇさ。お互い生きていくためによ、助け合っていかねぇとだろ?」

「バニーさん……」


 リードは心細かったんです。一番の庇護者であるはずのベレトートルートはそのとき短い冬眠としゃれこんでいましたしね。

 だからやさしくしてくれるバーニィの口車をつい信じてしまって、彼の手を乙女となって握り返してしまったそうでした。


「じゃあ、頼りに、させて下さい……私、まだ不慣れで、ぜんぜんわからなくて、人並み以下で、みんなと仲良くできるかも、わからなくて、とにかく不安で、不安で……」

「ああわかるぜ、若い頃ってのはそういうもんだ。まあお前さんもじきに慣れる、いいから俺に任せとけって」


 しかしバーニィなら下心抜きでもそう言う。それだけはわたしにもわかりました。

 ま、男同士であやしく手を握りあってる事実は変わりませんがね?


「やっぱりやさしい……人間にも、貴方みたいな人がいたんだ……」

「ははは、マドリちゃんはかわいいから特別――」


 ところがそこに邪魔者が飛び込んできました。


「バーニィさんっ、そっち片づいたら一緒に釣りに行きませんかっ。あれっ……マドリさん?」


 慌ててマドリはバーニィから飛び退いたので、イヌヒトの少年の瞳にそれが奇妙な光景に映ったというわけです。


「もしかして僕、何か邪魔しちゃいました……?」

「いやいやいやいやいやっ、そんなことはねぇよラブ公! というかこのことみんなには内緒な? なっ? 特にリックちゃんとクークルスちゃん、あとネコヒト、アレには絶対秘密にしてくれな……?」


 残念、もう漏れてますよ。

 ちなみにラブレーにはマドリの正体を秘密にしていました。知る者は少ないにこしたことはありませんでしたので。


「別にいいですけど……それより釣りに行きませんか!? あ、同じバーニィさんを慕う仲間として、マドリさんも良かったら!」


 イヌヒトは社会性の高い種族です。

 忠犬ラブレーはマドリには嫉妬などしませんでした。


 ちなみに城から東の湖までの経路は、かねてよりの予定通り雪かきを行っています。

 そうしておかないと飲料水を取りに行くのも大変ですし、貴重な魚の供給がなくなってしまいます。


 ええ後者も前者に等しく重要です。

 冬の間、新鮮な魚が食べられないなんてわたしはお断りです!


「す、すみません……まずは、えと、エレクトラムさんから与えられた、役目をですね、果たしたいので……すみません」


 口べたで気弱な女の子を演じるのも結構大変みたいです。

 マドリはその誘いを断り、半ば逃げるように次の持ち場へと移るのでした。


「おうラブ公、もうちょっとで片づくから手伝ってくれ。そしたら湖まで散歩と行こう」

「はいっ! あ、だけど……。うーん、何かあの子、引っかかるような……」


「あの子って、もしかしてマドリのことか?」

「はい、あの子……。僕、どこかで見たことあるような……」


「はははっ、案外どこかで会ってたりしてな。例えば男爵殿繋がりでよ。実は俺ぁよ、もうあの子の正体わかってるんだぜ」


 魔王様の言葉を借りたところの、それはドヤ顔というやつでした。


「えっ、それ本当ですか!?」

「ああ、だが悪いな、こればかりは秘密だ」


「ええーっ、ああでも、それよりお散歩! ではなくて、早く釣りに行きましょうよっ!」

「だから先に仕事手伝ってくれってって言ってるだろ、ほらラブ公、おすわり」


「わんっ! あっ……」


 誰に仕込まれたのやら、ラブレーは条件反射で命令に従ってしまっていました。

 すぐに素に戻って恥ずかしい醜態に焦りだしたらしいです。


「バーニィさん僕を犬扱いしないでくださいよっ?! わっ、わふぅぅっ……」

「おおよしよし、パティアにわんこ扱いされてその気になっちまったんだな、わかるわかる」


「ち、違いますよぉぉー!」


 わしゃわしゃとラブレーの頭をなで回して、バーニィはわかった口をきくのでした。

 ええまあ、あなたの推理で合ってはいるのですよ。ご想像の通り、彼女の正体はリード公爵です。


 ただし逆さまです、リードは男ですよバーニィ。

 なのになんで勝手に勘違いして、あまつさえ口説いてしまってるんですかあなた……。


 ちなみに事情を知る他の者は、後日こう語ってくれました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「見るに堪えない、教官、バニーに教えてやるべきでは……」


「なんかよぉ、後でムチャクチャ、逆恨みされねぇべか……? 見てるだけで、ぞわぞわしてくるべよ……だって、男同士だべアレぇ……」


「実にうさぎさんらしいにゃぁ~。ああいうどうしょうもなさが、にゃーにはおもしろ――ではにゃく、クズと言われがちな身として共感するにゃ~」


 それがリード少年であることを知る者からすれば、困惑であり、哀れみであり、失笑を禁じ得ない光景でもありました。


「エレクトラムさん、バニーさんはもしかして……男性も愛せる方なんですか……? いえ私、そういう世界もあるって、知ってますから、へ、偏見はあり、ありません……っ」


 いいんじゃないですか。

 女ったらしが男と知らずに手を出して勝手に自滅してるだけです。


 リードも一定の頼もしさをバーニィに抱いてるようですし、悪い関係ではありません。好きにさせておけばいいでしょう。


 自覚のないシスター・クークルスの肩を揉んだりと、これまでセクハラざんまいを尽くしてきた自分の業を、バーニィが支払うべき時が来た。


 ただそれだけのことでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「ねこたん、いっしょにねよ」


「ねこたん、すごいな、ぜんぜんおきないな」


「ねこたん、ふかふかであったかいな」


「ねこたん、やっぱパティア……ちょっとだけ、さびしい」


「ねこたん……ねこたん、しゅき……」


「ねこたん……はやくおきて、いっしょにあそぼ……」


 長い夢の中、パティアの声が聞こえたような気がしました。

 それが夢だったのか、現実だったのかは定かではありません。


 せめて冬の間だけでも娘の隣にいようと、記憶に残らない夢の中でわたしは心に誓いました。

 残念ながらそれは覚醒と同時に、忘却の彼方へと消えていってしまったのですけれど……。


「ねこたん……おやすみ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ