3-1 猫は要塞を越えて買い出しに行くようです
前章のあらすじ
パティアは勉強が苦手だった。常識を身に付けさせるために、不平を無視してベレトが教師役に徹する。
パティアが泥団子を持って帰ってきた。よく見るとそれは粘土、それで皿を作ろうと誘う。しかし娘は人形作りにはまりだして、なかなか皿を作ろうとはしなかった。
そんな平和な生活がある土地にある日、侵入者が現れる。
ベレトが急ぎ森からパティアの元に戻ると、その侵入者が娘の魔法に吹き飛ばされていた。
その後、怪しい侵入者はベレトの実力を試そうとする。その挑戦にアンチグラビティを使って勝利すると、侵入者は己の素性を語った。
バーニィ・ゴライアス、彼はパナギウム王国の騎士、王家の宝物庫に忍び込み、2000万ガルドを盗んだ男。その男がどうかここに置いてくれと願う。
パティアの懇願により願いは受け止められ、バーニィは保育士けん大工として、ド辺境生活に加わるのだった。
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ネコヒト買い出し紀行
シスター・クークルスはふかふかがお好き
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3-1 猫は要塞を越えて買い出しに行くようです
バーニィの見せたやる気は本物でした。
わたしとパティアが築いた生活基盤をベースに、1日16時間という倍の活動能力で、様々な部分に顔に似合わぬ細やかな手を入れていってくれました。
古城の修繕を始めてくれたのもそれです。
粘土を城の亀裂に流し込むと、まともな食糧倉庫が1つ生まれていました。
食べ物を暖かな部屋で保管するのは劣化を招く。
そこで司令部のすぐ隣の部屋を当面の備蓄倉庫にしたようです。
さてバーニィ・ゴライアスがここに住み着いて7日、わたしはかねてよりの予定を実行に移すことにした。
今日まで彼を尾行をしたり、寝たふりをしたり、しなかったりと様子をうかがってきたが、どうやら妙な気を起こす気はないようです。
この行動のきっかけは不在の間、パティアを任せられるとわたしが彼を信頼したからに他ならない。
「では行ってまいります。パティア、彼の言うことをちゃんと聞くのですよ、いい子にしてたら、おみやげを買ってきてあげますから」
「いくのか……すこし、さびしいな。よる、ねこたんのふかふか、くっついてねるのが、パティアの、いきるよろこびだった……つらい」
泣きつかれても予定は変更しない、わたしは東を目指す。
名残惜しくわたしのふかふかに抱きつくのを、したいようにさせました。
時刻は昼過ぎ、城正門の前の広場でネコヒトは大げさな見送りを受けておりました。
「おう、パティ公は俺に任せとけ、アンタはこれから俺たちのために、必要なことをしてくれんだ。何年だってここで待ってるぜ」
「バニーたん!! え、えんぎでもないこと、いうな、ばかーっ、ねこたんはもどってくる!! ぅぅ……むちゃ、するなよ、ねこたん……」
2人はこの通り打ち解けてます。
もしかしたらわたし以上に本音をぶつけ合っているかもしれません。
だから安心してあやしいおじさんに任せられました。
「お任せ下さい。では行ってまいります、パティア、くれぐれも、バーニィのいうことを聞くんですよ?」
「そうか……さびしくなるな……。それまで、ねこたんの、ひろったふかふかで、がまんする……」
パティアがおもむろにかわいいカバンから妙な物を取り出した。
それ……まさか、ああ、わたしが吐いた毛玉じゃないですか……。
「そんなものポイしてきなさい」
「だめだ! かたみになるかも、しれない!」
「パティ公、おめぇも十分縁起悪いぞ。……ま、行ってきてくれネコヒト」
「はい、それでは切りがないので行ってきます」
「ねこたんっ、はやくもどってこい! ねこたんのふかふかが、パティアの、いき、い……いきがいだ!!」
何を言ってるんでしょうかこの子は……。
わたしは彼らに背を向けて東へ、まずはこの盆地を抜けて山を登っていった。
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ギガスラインという地名は、魔界にかつて存在した巨人ギガンデウスの、侵攻を防ぐために築かれた長城の名前です。
この巨大長城ギガスラインによって、魔界と人間の国は隔てられている。
ちなみに同じような防衛設備が魔界側にもある。だがそれは今回関係ないので割愛しよう。
このギガスラインを越えて、必要物資を調達するのが今回の目的。
物資の買い出しを果たすには、まずはこの、でかければ防げるという頭の悪いコンセプトで作られた要塞を、越えなければならない。
なぜならあの古城で本格的に隠遁生活していくにあたって、どうしても確保しなければならないものが出来てきたからです。
農具、工具、作物の種、それと出来れば新しいレイピアが要る。
バーニィに大工仕事を任せるにしても、木工道具がなければ何も始まらない。
畑を作ろうにも農具がない、作物の種もない、あらゆるものが無い無い無い、自作もできない。
よってまるで釣り合わない危険を冒してでも、これら必要物資を確保しなければなりませんでした。
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ギガスライン要塞近辺の森には警備隊がいる。
要塞より魔界側に広がる森は深く、魔族だけではなくもっと得体の知れない者共、モンスターが住み着いているので、兵士たちは定期的にそれを警戒・討伐しなければならなかった。
しかしそれは裏を返せばここ南部が比較的平和だということでもある。
現に大陸北部のギガスライン要塞では、今も魔軍と人の国の戦争が続く。
なぜなら北部は魔軍の3派閥、あのバカ弟子ミゴーが属する殲滅派の支配圏にあたるからに他ならない。
逆に南部のこちら側は穏健派寄りが支配しているので、今のところは平和なのだ。
さて、わたしは警備隊を警戒しながら巨大長城ギガスラインの大門前にやってきました。
時刻は深夜、このタイミングで到着するように予定を立てておいたのです。
ネコヒトは大門前の出入りを監視するために、そこにあった一番大きなナラの木に登った。
「おやおや、来るたびに平和ボケが悪化している気がしますね……。これなら潜伏の魔法を使うまでもありませんか」
ギガスライン要塞にはバリスタに投石機、中から弓を放つための小窓が設置されている。
大樹が若木に見えてしまうほどに壁は桁違いに高く、天の星々を包み隠し、そこに刻まれた歴戦の傷跡を誇っていた。
これがあるからこそ、北部の戦場では膠着という仮初めの秩序が成り立っている。
強行突破は現実的でない。チャンスをうかがい、見晴らしのいいそこで猫は潜伏を続けた。
「やっと着いたっ、ひゃぁぁ……夜間の移動は肝が冷えたなぁ」
「損耗は1名、怪我人3、上出来だろうよ。おい要塞連中にいつもの合図を」
「へいリーダー、もう準備は出来てますよ。ほいっと」
粉末染料とサクレツソウの実を筒へと入れて火にくべると、その実が空に上がって軽い破裂音と色の付いた煙を立てる。
それが彼ら冒険者の合図で、帰還したので門を開けて通して欲しいという意味になる。
何せバカみたいに巨大な要塞です、叫んだところで城郭の兵に言葉がまともに届くものではない。
「フフ……城壁に頼り切ったザル警備、魔界の穏健派様々ですね。さて」
彼ら冒険者の目当ては迷宮です。
この迷宮というものが様々な資源や財宝をもたらす。
要塞より東の人間の領土にもわずかに点在しているものの、大多数は魔界側に偏っている。
ところがここが困ったことなんですがね、私たち魔族は、その迷宮に入ることどころか、なぜか近づくことすら出来ないんですよ。
だから迷宮の周辺に潜伏し、そこから帰還してきた冒険者を襲う。そういうクエストを請け負って生活している魔族連中も多い。
「よし、門が開いたな。行くぞ、戻ったら酒盛りだ野郎ども!」
「今回はわりかしついてたなぁ、またよろしく頼むぜリーダー」
大地の傷痕にはその迷宮すらありません。
元はあったのかもしれませんが、大地を貫かれて全部消し飛んだのでしょう。
だからあそこは誰もやってこないド辺境、傷だらけの土地なのです。
「ええ、よろしくお願いしますよ、皆さん」
「へ……今の声、誰だ?」
わたしです。ちなみに得意のハイドの魔法を使って、気配を完全に断ってあります。
これを使うと気づかれにくくなるのです。特に夜は。
「何言ってんだお前。それよりさっさとこんなところ抜けるぞ。こっち側は命がいくつあっても足りねぇ、俺はよ、この門の前で背中射抜かれて死んだやつを知ってるんだぜ!」
「リーダーよ、そのセリフはもう100回は聞いたぜ。そろそろ耳にローパーができちまうよ」
「おいおい、それを言うなら耳にオクトパスだろ、ベン!」
わたしは魔界より帰投した冒険者パーティを利用させていただきました。
そのお宝と負傷者を運ぶ大きな馬車の下に忍び込み、まんまと大要塞ギガスラインに潜入したのです。
それからすぐに彼らが要塞に通行料を支払うと、馬車が反対側の門をくぐり抜けてわたしを人間の領土、パナギウム王国へと運んでいってくれたのでした。
ほら簡単でしょ、意外とザル警備なんですよここ。




