19-7 ねこたんと、かわいいまどりんがきた!(挿絵あり
まだ積もり始めです。魔界の森は樹木が傘となって、かろうじてまだ道を残しておいてくれました。
粉雪はいつまでも止まず、いつしか大きな固まりとなって、少しずつ世界を白く染めてゆく。
わたしと彼女はカスケード・ヒルから続く旅路を、積雪を迂回したり、パラシュートで飛んだり、面倒になってファイアで溶かし払ったり、苦労しながらも着実に進んでゆきました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「何ですかそれ……あ、かわいい。猫ですよねそれ」
「はい、娘の手作りです」
隠れ里ニャニッシュの結界前にたどり着くと、わたしはパティアの猫の割り符を取り出しました。
「お守りですか? 娘さんがいたことにも驚きです、父は誰とも結婚しようとしない、魔王にだけ忠誠を捧げた男だって、あなたのことを……」
「ま、否定はしません、わたしは魔王様を愛していました。彼女の飼い猫としてですがね。それと、これはお守りではありません」
「違うんですか……?」
「割り符です。お手をどうぞ、レディ」
彼女にも見せてさしあげました。
割り符を持つわたしがその細い手を握ると、そこに灰色の盆地が現れたことでしょう。
「レディは止めて――なっ、なんですかこれぇぇっ?!」
「ダメじゃないですか、素が出ていますよ。あなただとは判別できない、別人になっていただきませんと」
その点、ハルシオン姫の方はノビノビとそのまんま過ぎました。
しかしあの方はまあかまわないでしょう。
あれは社交界では淑女の皮をかぶっていたそうなので。一応。
「どうやってこんな場所を作ったんですか!?」
「わたしと娘の合わせ技です。ふむ――これ、春になったら張り直しましょうかね……」
時間が経てば術は効力を失ってゆく。
今の成長したパティアなら、もっと強力な結界を作り出すかもしれません。
「あの、貴方の身に、何があったんですか……? これ、どう考えたって普通じゃありません、とんでもない力です!」
「フフ……とても素敵な出会いがありましてね。外側より中の方が安全です、どうぞこちらへ」
彼女をニャニッシュの内部に招きました。
色彩を鮮やかに変える世界に当然ながら驚きます。
説明いたしますと、彼の種族は魔法の素養が高いのです。
つまりそれだけ敏感に、パティアとナコトの書のもたらす異常性を理解されたようでした。
「さて……」
彼女は結界の内部に夢中で、とても静かでした。
無事に盆地を下り切りましたので、わたしは足を止めて後ろの彼女に振り返ります。最終確認というやつです。
「確認します。あなたの名前は?」
「ま、マドリ……」
リード公爵はカスケード・ヒル近郊の荷馬車内にて、マドリという名の別人となりました。
魔王様の言葉を借りるところのゴシックロリータという、フリルがふんだんに使われたシックなドレスを着込み、その上に皮のコートを重ね着しています。
「そうです、あなたはマドリ。して年齢と、立場は?」
「14歳……お家騒動で、叔父に命を狙われ、カスケード・ヒルに逃げてきた……」
「性格と趣味は?」
「気が弱くてビクビクしている弱い女、趣味は、フラワーアートと絵画、それと読書……」
「今着ているのは?」
「コート。その下は、お気に入りの、お父様にもらったドレス、です……」
気弱で会話下手なタイプなら、多少矛盾があったり挙動不審でも、性格によるものだと見てもらえるでしょう。
大丈夫、リックがサポートしてくれるはずです。クレイには期待していません、むしろ不安しかありません。
「はい、その通り。では行きましょう、里の者にあなたを紹介しますので。おや……またですか」
「また?」
しろぴよさんの影が見えた気がしました。
きっと気のせいではないでしょう。
「もう演劇のカーテンがあがっているということですよ。もうじきここにわたしの娘が――ああ、もう嗅ぎつけて来ましたか。さすがしろぴよさんです」
「えっ、えっ……?」
第一関門はパティアです。あの子は騎士アルストロメリアをお姉ちゃん呼ばわりしました。
勘の鋭さが出ないと良いのですが……。
ああそれと勘という面ではリセリも不安ですね、いっそ事情を打ち明けて抱き込みますか。
「あなたは深窓の令嬢マドリ、行きますよお嬢様」
「あ、はい、わかりました……」
城門前広場に向けて森を進んでゆくと、奥の平地が見えてきました。
そこにも雪が積もっています。日向と雪の反射がパティアのブロンドをキラキラと輝かせて、夢中でわたしを見つめていました。
わたしの帰郷を嗅ぎつけるのが本当に早い。
「あれは……」
「娘です、わたしの」
「ぇ……でも、あれって、人間……」
「ここではささいなことです」
シスター・クークルス、素晴らしい出来映えではないですか。
白い純白のコートに、迷宮から手に入れたあの猫の尻尾まで付けているとなれば、それはもう立派な白猫――装束です。
似合う、似合いすぎるのではないかと胸が熱くなる反面、わたしはクールな自分のキャラを崩さないよう苦心させられました。
「ねーーーこーーたーーんっっ、おかえ――ありりぃぃぃ……??」
いつものタックルを覚悟しました。ところが失速してしまったんです。
トコトコと通常ペースの足取りで、娘がわたしの目前までやってきます。
「くんくん……これはー、ぉぉ……」
8歳の少女に匂いを嗅がれました。
そこで思い出しました、変装のために毛皮をブチ柄に変えたのでしたね。
「やっぱりねこたんだ! おかえりーっ、おかえりねこたーんっ、パティアっ、ずっとあいたかったぞーー!」
「犬ですかあなたは……」
手順が少し後回しになっただけです、わたしは期待通りのタックルを受け止めました。
助走距離がない分、勢いがなくて助かりましたよ。
「もうさむいからー、そと、いっちゃだめだよー? ふゆのあいだはー、パティアとなー、ずっとくっついてろー?」
「無理を言わないで下さい、毛皮にあなたの匂いが染み着いてしまうじゃないですか」
「おふとんとおなじだなー。あれ……、そのひと、だれー……? はっ?! まさか、それ、あたらしい、まちのおんな……あいたぁっ?!」
悪い発作が始まりそうでしたので、パティアの額を肉球で軽く小突きました。
「こちらはマドリさん、カスケード・ヒルをさまよっているところを拾ってきました」
「つまり、まちのおんなか……あたっ、ねこたんなにするぅー!」
リード、いえマドリはわたしの娘が人間だとは思ってもいませんでした。
ぼんやりとわたしたちのやり取りを見つめていたところ、急に注目を浴びることになりました。
「何だか変わった子……あ、いや……」
首を小さく横に振って、それじゃダメだとリードに伝えます。
あなたはマドリ、気弱なお嬢様です。
「よ、よろしくお願いします……あたし、悪い人に追われてるところを、エレクトラム様に、助けていただいて……ああ、怖かった……」
「わるいやついたのかー?! ねこたんやっつけたかー?!」
やっつけましたよ、デーモン種のなんとかかんとかさんを。ええと、カルビー、でしたっけ……?
そんなどうでもいいことはさておき、パティアの態度がマドリに親身なものに変わりました。
「ええまあ。ですがそいつらは彼女の実家の連中のようでしてね、まだマドリさんを狙っているようなのです。だからこの里に――」
すると今度は令嬢マドリの前に飛び込んで、彼女の腰を両手で触れて、視界の真下からパティアは叫ぶ。
「そかっ、あんしんしろー、おねえちゃんはパティアがまもるぞー! そかそかー、そうならそうといえー? てきりパティアなー、ねこたんをねらう、あたらしいおんなかとおもった……」
「……っ」
一方のマドリはというと、何かに驚いていました。
見上げる子供の目線を見下ろして、それから慌ててわたしに首を振る。
「おや、どうしましたかマドリさん」
「この子……ッ、何者……ッ」
パティアに秘められた桁違いの魔力に気づいてしまったようです。
リード公爵だった者は驚愕していました。
「パティアだぞー! よろしくねー、まどりん!」
「わたしの娘です。おや、早速良いあだ名を付けてもらえましたね」
そんなのんきなこと言ってる場合じゃない。しかし気弱な女に擬態していなければならない。
そんなところでしょう、今のリードの心境というものは。
「むぎゅー……まどりん、いいにおいするなー」
「ちょ、ちょっと……。恥ずかしい……」
いえパティアに急に抱きつかれて、対処に困っているようにも見えました。
こんなこともあろうかと、香水も付けさせておいたのです。
男爵いわく、ママンのお気に入りだそうです。そんな情報知りたくもありませんでしたよ。
「ああそうそう、まどりんさん、1つ忠告が」
「な、なに……忠告……? というかこの子、どうにかして下さい……」
「パティアはあなたのことが気に入ったそうですよ」
「うんっ、きにいった! おでこからキラキラはえてて、きれいだしなー」
「なっ……?!」
額の宝石がサークレットに見えるように偽装したのに、いきなり見破られてしまいました。
わたしから見た限り、完璧に近い変装になっているはずなのです。それなのになぜわかったんですか……。
「綺麗な頭飾りでしょう」
「んー……きれー、きにいった! まどりんかわいい!」
「か、かわいくなんか、ありません……っ」
これだからバーニィに女ったらしと言われるのですよ、パティア。
どうしてだかわかりませんが、パティアからは額から宝石が生えているように見えるようですね。
「あなたのせいで肝心なことを言い忘れてしまいましたよ。マドリお嬢さん、忠告の続きですが、バーニィというおじさんには気を付けて下さい」
「え……っ、もしかして、恐い、人なのですか……?」
年上の男性が苦手なのでしょうか。それは演技にはとても見えません。
昨日までの境遇を思い返せば当然かもしれません。
「うーうん、バニーたんはやさしいよー。ラブちゃんもだいすきだからー、マドリも、だいすきになるとおもう。かも」
バーニィにはこう伝えておきましょう。リード・アルマド公爵は男爵に預けてきたと。
秘密を知るものは1人でも少ない方がいいです。
特に彼には、これ以上魔界の事情に触れさせない方がいいでしょう。バーニィは人間なのですから。
「ぁ、いい人なんですね……よかった。でも、なら何で……?」
「見境無いからです」
「うんっ、バニーたんはー、みさかいないなー」
「ぇっ、ぇぇ……っ? それじゃ、よ、よくわかりませんよ……」
これにて一件落着、そういうことにしましょう。
わたしは雪に覆われた広場を、娘と手を繋いで進みました。
前途多難なマドリお嬢様を、暖かい城内へとエスコートするために。
「ようこそ古城グラングラムへ。ここがあなたの新しい家です、歓迎しますよマドリお嬢様」
「まどりんならだいかんげいだぞー。おーい、みんなきてー、かわいいこきたよー! えと、あのね、かみ、ピンクなんだよー!」
懸念事項はやはりバーニィですが……まあ、きっとどうにでもなるでしょう。きっと。
実は次回も挿絵あります。そっちも尊い……




