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19-6 眠れる森の美女 その背の上で

 要点だけ述べます。ローゼンラインまでたどり着いたわたしたちは、バイコーンに謝礼として食料の約半分を与えて解放しました。

 どうもわたしが懐かれてしまったようなのですが、連れてはいけません、かわいそうな気持ちを堪えて諦めました。


「強い……貴方って、こんなに強かったんですか?!」

「ええ今は。不思議な巡り合わせが重なりまして、いつの間にかそれなりになっていたようです」


 それから茨の長城(ローゼンライン)に近づき、覚悟を決めて、最も手薄なこの監視塔を強襲したのです。

 防衛兵力はたった20足らず、本当にただの監視のための設備でした。


「父上からはとても聡い方だと聞いていました。軍学校の校長にすらなれたのに、貴方は下野(げや)してしまったと、とても残念がっていました……」

「ああそのことですか。魔軍と同じく、軍学校にもつまらない派閥争いがありましてね、巻き込まれる前に下りたんです」


 じきに追っ手がやってきます。

 ローゼンライン地下を強行突破をしたり、トゲだらけの城をアンチグラビティで血塗れになって登るだなんて選択は無謀でした。


「でも、後悔はないんですか……?」

「ありましたよ、家賃も食費もかからない生活を手放したのですから」


 だから監視塔を制圧しました。

 寝かせるものはナコトの書のスリープで寝かし、寝ない者は力ずくでどうにかこうにかしました。


「さてリード、着きましたよ」

「ぅ……っ、そのようです……」


 監視塔の最上部まで上り詰めると、眼下にエメラルドローズによる巨大な生け垣が広がりました。

 その向こう側には広大な樹海、遙か東の彼方にそびえる敵城ギガスラインまで見下ろせます。


 さらによく見れば、標高の高い山岳部では既に積雪が始まっているようでした。


「さ、飛びますよ」

「だ、大丈夫、なのですよね……?」


「ええまあ、大丈夫かと。8割方」

「かなり際どくないですかそれッ?!」


 あのスパイダーシルクのシーツは、ここで使うために持ってきました。

 それをパラシュートにして、この監視塔の一番高いところから、眼下に広がるローゼンラインに向けてこれから飛び立ちます。


「どちらにしろ猶予はありません、ここで迷えば迷うほど生還率が下がります。では行きますよ、勝手に落っこちないで下さいね」

「う、嘘っ、もう少し僕を丁重に扱ってくれてもっ、う、うわああああーっっ?!!」


 わたしはアンチグラビティの安定維持のために、ナコトの書を片手で持つ必要があります。

 よってパラシュートの片側の管理は、リード少年の手に任されました。


「やりましたね、どうにか浮いていますよ。ではリード、予定通り後方に風の術を」

「あ、あぁ……うっ、うわ、た、高い……。墜ちたらあの茨で、ズタズタに、ぅぅぅ……ここ数日でもう、寿命がなくなってしまいそうです……っ」


 風魔法ウィンドの反動によりパラシュートの巡航速度が上がる。

 このコースならば無事に茨の長城の上を越えられそうです。


「リード・アルマド、レアルとの昔のよしみ、グスタフ男爵のたっての願いによりあなたを救出しました」


 そうなると余裕が出てきました。なので後回しにしていた話を彼にすることにしましょう。


「が、ここより先に、魔公爵という地位は存在しません」

「それは……どういう意味ですか……?」


「わたしたちの隠れ里はあなたを受け入れます。しかしリード・アルマドの名は持っていけません。あなたを特別扱いもしませんので、どうかご理解を」


 ニャニッシュに特権階級は必要ありません。

 特別な階級が存在してしまうと、追放者たちの心はそれぞれの事情を持つがゆえに安まらないのです。


「なんだそんなことか……。もう何だっていいよ、生きていられるならなんだって……。ワシ、いや僕はどうすればいい……?」

「別人を演じていただきます」

 

 パナギウム王女ハルシオンは、麗しの男騎士アルストロメリアになりました。


「別人ですか……わかりました、もっと具体的に教えて下さい」

「はい、あなたには女性になっていただきます」


「そうですか、わか――エェッッ?!!」


 驚きにパラシュートの管理が乱れ、あわや茨の剣山に落っこちかけました。

 これはタイミングを間違えましたかね、さすがのわたしもゾクゾクしました。


「あなたは魔界でも特に珍しい種です。外部の者に存在を知られると、極めてまずい人物でもあります。ならば性別と、性格をフェイクに差し替えましょう」

「だから僕に女になれって言うんですかっ?!」


「プロデュースはわたしにお任せ下さい、潜入任務でこういった偽装には慣れておりますので。まずはカスケード・ヒルのヘンリー男爵を頼り、あなたの着替えを用意させましょう」


 それにしても絶景でした。毛皮を持つ者としては粉雪程度なんでもありません。

 あの樹海の奥地、大地が陥落した地域にわたしたちの里があります。


「性格はそうですね……気弱で内気な姫君を演じましょう。額のそれはサークレットをかけて、飾りの一部にしましょうか」

「本気なんですね……でも、そこまでする必要が……」


「あります、十二分に」

「確かに別人になることを、僕自身も心のどこかで望んでいるかもしれません……。ですけどっ、女になりたいなんて、僕は一言も言ってませんよ……っ!」


 容姿が女性に近い分、リードは男らしさを求めるのでしょう。

 ワシと僕という自称がブレるのも、公爵という役割を男らしく全うしたいからこそ出るのかもしれません。


「あなたは目立ちます。こうする他にありません。どうかご安心を、事情を知る者があなたをサポートしてくれます」

「いや……でもっ、他に、他には方法ないんですかベレトさんっ!?」


「恥じる必要はありません、女装は立派な変装術です」

「そんなこと言われたって……だったらっ、他の変装方法を教えて下さいよっ!」


 彼の顔立ちを見ればわかります、そんなものはありません。

 どんなに抗議されようとも他にないのです。


「そう言われましてもね、あなたの年齢でヒゲを生やしても不自然ですし、そもそも全く似合いません。それにその額はやはり隠しようもありませんよ」

「僕は父上の子です、ヒゲだって似合います! あと何年かしたら、きっと……っ」


「まあそこまでお嫌なら、鉄仮面と全身鎧でも付けていただくことになりますが。おや、それではあのアガレスの風体と同じですね」

「そんなのもっと嫌ですよぉっ!」


 ふと気づけばパラシュートがローゼンラインを越えていました。

 ここまで来たらもう大丈夫です。後ろに敵飛行兵の姿もありませんでした。


「でしたら他にありませんね。リード、あの平野に着陸しましょう。早くカスケード・ヒルに行かないと、道がなくなってしまいそうです」

「確かにそれは困りますね……。あ、ところでベレトさん、1つだけ教えてくれませんか」


「はい、何なりと」

「僕はその里で、何をすればいいの……?」


 不安げな声でした。女装しろとムチャを言うわたしのせいでもありました。

 男爵がこのことを聞いたら、不敬だなんだと怒るでしょうかね。


「そのことですか」

「だって急でしたし……。それにこれまでは生きるのに必死で、他のことは頭にありませんでしたから」


 もうローゼンラインを越えました。

 追撃の可能性もないことはありませんが、広い魔界の森で、敵がわたしたちを発見することは不可能です。


「そうですね、もしあなたさえよろしければ、生まれたばかりの里の開拓を手伝って下さませんか?」

「僕が、開拓を……?」


 嫌がるか、それとも喜ぶか、わたしの推測では後者でした。

 リードはとても大切にレアル公爵と奥方に育てられ、男の子にして、さながら深窓の令嬢だったのです。


「はい。悲劇の魔公爵ではなく、1人のただの移民としてです」

「本で読んだことがあります。開拓者が努力して、新しい土地と家族を増やしてゆく話です。僕にもできるかな……」


「できますよ。隠れ里ニャニッシュ、そこは他のどこにもいられなくなった者たちが集まる、世にも不思議な共同体なのです。全てを失ったあなたは、里に入る資格がある」


 リードの仕事のあてが1つ浮かびました。

 彼は古い書物にも通じていたはず。ならば食堂での本読みの仕事を彼に任せるのも良い。


「僕……行ってみたいです、猫の隠れ里ニャニッシュに!」

「猫はいませんよ、ネコヒトが二人だけです。本当はバニッシュ、消失者の里って名前になるはずだったんですけどね……」


 彼があの古い説話集を子供に読み聞かせる姿を想像してみると、声も良いですし、なかなか悪くない気がしてきました。


 月日の果てにいつか彼も答えを見つけるでしょう。

 公爵家を復興させるべきか、あるいは里へと完全に帰化するかの結論を、いつか必ず。


いつも感想、誤字報告ありがとうございます。

ちゃんとお返事返せてませんが、感想欲しい……返すので下さい!


次回挿し絵回です。とっても尊いのでお楽しみにです!

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