19-3 導きの自由の翼
・隠れ里ニャニッシュ
「うっ、腹の、調子が……。は、はぁっはぁぁっ、仲間と、分けなかったから、バチがあたったのか……」
「うーうん、つめたいのー、いっぱいいっぱい、たべたからかも……。うしおねーたん、おなかだいじょうぶー?」
「ひ、ひとりにしてくれ、く、下ってきた……」
リックが茂みに駆け込んでいったとか、そうパティアに聞いたかもしれません。
いえこれ以上深くは追求しませんでした。
「しゃーべと、こわいなー……。あれ、でもー……なんで、パティアへーき?」
それはこっちが聞きたいですよ。
エドワード氏との泥水すするような悲惨な逃亡生活が、あなたの胃腸を強くしたのではないですか。
好きな物を食べ過ぎるとお腹を壊す。
リックが身を挺して示した教訓が、パティアに伝わったかどうかは定かではありません。
●◎(ΦωΦ)◎●
・魔界中央深部アルマド公爵家公城
見張り塔の上に木材を運びました。
そこで骨組みを組み、ベッドシーツを翼として縫い付ければ完成です。
それはグライダーと呼ぶにはあまりにお粗末な、スリリングなフォルムをしておりました。
それを見たリード公爵の青い顔を、わたしはしばらく忘れられそうもありません。
「そろそろ行きますよ、心の準備はよろしいですかリード」
「これ、本当に平気なんでしょうか……? ベレトさんを信じていないわけではありませんが……ぅぅっ、もう少しこれ、何とかならなかったのですか……?」
「余計な機構は重くなるだけです、これで十分なのですよ」
グライダーと呼ぶよりそれは凧に近い。
骨組みの横棒が2本ありまして、前の方にわたしが、後ろに殿下がつかまって飛ぶことになります。
「それにしたって……。よく平気ですね、怖くないんですか……?」
「ええ、来るとき簡単に検証しましたから。どうか信じて下さい。あなたの家臣たちと、お父上の友人を」
「ですが、あの、本当にいいのでしょうか……? みんなを、捨てて逃げることになります……」
「何を今さら。あなたを巻き込んだのは彼らです。これから命がけで、敵にハメられた責任を取ってくれるそうですよ」
ガルヴィンは処刑されました。
気に病む必要はありません。真偽はさておき、彼は処刑されても仕方のないことをしたのです。
家老ら家臣たちは、罪滅ぼしに全ての情報を地獄に持って行くと約束してくれました。
そうでもしないと、あの世で先代公爵に顔向け出来ないからだそうで。まったく、バカな方たちです。
「ベレトさん、本当に、本当に、墜ちたりしないですよね……!?」
「検証してあると言ったでしょう。まあ、もしかしたら敵軍のど真ん中に不時着するかもしれませんが、その時はわたしが責任持って、血路を開きますのでご安心を」
「聞かなければ良かった……。そんなこと言われたって、おかげで余計に不安が増してしまいましたよ!」
「フフフ……大丈夫です。最近わたし絶好調なんです」
大事なのは突破速度です。
ふんわりとちんたら浮かぶのではなく、斜めに落ちるのが滑空です。
本当のことを言ってしまうと、安全など後回しにする他ありませんでした。敵兵に追いつかれてはいけないのですから。
「今だ、行ってくれベレトート! レアル様の忘れ形見をどうか頼む!」
「はい、そちらもどうかご武運を、レアルにもよろしく」
「家老! 今は逃げるけど必ず復興させる! アルマド公しゃ――」
その言葉は言わせたくありませんでした。
「行きますよリード! アンチグラビティ!」
「えっ、待ってっ、やっぱり怖いっ、僕まだ覚悟が、ひっひやぁぁぁぁーっっ?!!」
今は逃げるがアルマド公爵家を必ず復興させる。
その言葉を発音すれば最後、彼は一生誓いに縛られ、最終的に破滅を選ぶはめになるかもしれない。
だからネコヒトはリード公爵を引っぱり、見張り塔の頂上より飛び立ちました。
浮力を持ったグライダーにつかまり、わたしたちは斜めに斜めに空を落ちる。
加速は上々、眼下では決死隊が正統派の軍勢に襲いかかり、足止めの奮闘を見せている。
「ま、前ッ、敵!」
「大丈夫です、レアルは偉大な公爵でした。しくじりましたがその家臣団もです」
鳥タイプの魔族が進路をふさぎました。わたしはグライダーを操り、航路を左手にそらす。
それと同時に敵飛行兵に向かって、味方の飛行兵が突撃しました。無事に足止めに成功したようです。
こうして決死の援護を受けながら、わたしとリードは空を滑り翔け、さながら撃ち放たれた矢となって敵の前線を突破しました。
「あ、あれは……ッ」
「ヤツのようですね。手でも振っておきましょうか、書とグライダーでふさがっておりますがね」
「心臓に悪い冗談は止めて下さいよっ!」
リードが敵本陣に正統派の魔将アガレスの姿を見つけました。
彼は気づいていない、まさか空を強行突破するなど予想もしていなかったのでしょう。
それにリードもわたしも紫のフードローブを深くかぶり、空にとけ込んでおりました。
見られたところでそれがリード公爵と、殺したはずの古いネコヒトだとは断定できません。
ところで余談となりますが、それが魔将アガレス本人かは定かではありませんでした。
アガレスには影武者がおりましたし、外に出るときは禍々しい黒の甲冑で全身を固めてしまうことで有名だったのです。
「ひっ、こっち見たっ!?」
「フフフ、そのようで。ですがもう手遅れです、彼らはわたしたちに追いつけません。それにアレは、虎の威を借りたタヌキ野郎ですから」
速度の乗ったグライダーは飛行兵の追撃をぶっちぎりました。
期待以上の高度を保ちながらグライダーは平野を抜け、その遙か先に広がる樹海の奥地へと、わたしたちは世にも荒っぽい着陸をすることになるのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
樹海に下りるとわたしたちは東に進みました。
しばらく進むと前方に目当てのものが現れてわたしは安堵しました。
それに忍び寄って大胆に背にまたがり、素早くたづなを巻き付けたのです。
「リード、次の乗り物が見つかりましたよ。さ、どうぞ後ろに」
「の、乗り物って……それ、魔獣バイコーンではありませんか……?!」
馬より少し小柄な馬型のモンスター、二角魔獣バイコーンです。
身体の大きな種族には小さいものの、ネコヒトには実にちょうどいい乗り物でした。
「おや若いのに博学ですね」
「バイコーンって、乗れるんですかっ?!」
「乗れますよ。さ、驚いてないでスタコラサッサと逃げましょう」
気性が荒いのと小柄な体躯もあって、あまりコレに乗ろうとする者を見かけませんがね。
「ベレトさん、頼もしい……。で、では、よろしくお願いします!」
「あ、ですがお気を付け下さい、この通り暴れん坊ですので、後ろ足に蹴られないように」
「む、無理言わないで下さいよっ?!」
「アガレスに捕まるよりマシでしょう、さ、お早く」
リードが後ろに騎乗するのを待つと、わたしはバイコーンという暴れ馬をどうにか制御して、追っ手が現れる前に魔界中央深部から走り去りました。
心配はありません。
「は、早っ、早すぎますよぉっ!? いたっ、お、お尻痛いっ、こんなの乗り物じゃありませんよっ?!」
「男の子なんですから我慢を。あまり喋ると舌をやりますよ」
天馬ピッコロよろしく、アンチグラビティをかけられたバイコーンは、他の追随を許さぬ圧倒的速度で魔界の黒い大地を駆けてゆきます。
「もう噛んでます!」
「それは結構、奇遇にもわたしもですよ」
暴れ馬とアンチグラビティの相性は、最高にして最悪を極めるようでした。




