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19-2 前略、公爵様。あなたをさらいに来ました - 忠臣と逆臣の定義 -

 わたしの態度がよっぽど気に入らなかったのでしょうか。デーモンの重臣の方が怒りの歯ぎしりを立てたかと思えば、殺気にも等しい威圧をわたしに向けてきました。

 直感頼りですみませんがね、はて、どうも妙な感じがします。


「お前……。処刑されたと聞いたが、まさか生きていたとはな……」

「フフフ……ミゴーに崖から突き落とされましてね。いやはや自分でも、今生きているのが不思議なくらいですよ」


 確かめるのもかねて、わざとミゴーの名を出しました。すると彼らの顔つきがまた一変します。

 彼らレアル・アルマドの家臣たちにとって、ミゴーは主君の仇そのものでした。


 ところがデーモン種の方だけは違いました。

 ミゴーへの憎悪の顔付きではなく、わたしへの敵意を崩さなかったのです。


「さて皆様よくお聞きを。このわたしならばリード公爵を城の外へと連れ出せます」

「ぇ……」


「どうか先代の友たるわたしと、ヘンリー男爵を信じて、彼をこちらに任せては下さいませんか?」


 愛らしいリード少年がえもいえぬ半笑いを浮かべました。

 この包囲網から抜け出し、自分を安全な別の場所へと連れてゆくなどと言われても、それは現実感のない夢のまた夢、信じる方が難しいところです。


「そのために単身ここに乗り込んで来たというのか、ベレト、お前はまだ先代を……」


 老いたイヌヒトは感慨のあまりか言葉をふるわせました。

 友であるレアル公爵のために、その忘れ形見をわたしが救いにきたのだと。ま、間違ってはいませんがね……。


「騙されるな、敵の罠かもしれんぞ! 貴様っ、アガレスと繋がっているなっ!」

「はて……。ああ、なるほど、そういうこと(・・・・・・)ですか」


 アガレスと繋がっている者がいるとするならば、それはもっとリード新公爵に近い存在でしょう。

 勝てぬ戦争を焚きつけた者がいるはずなのですから。


「お前は信用できん、拘束させてもらうぞ!」

「待てガルヴィン! 我々にもう勝ち目がないことはわかっている。若様がここから落ち延びる方法があるというなら、聞くべきだ!」


 デーモン種のガルヴィン、そういえばそんな名前だったかもしれません。

 そいつが己のバトルアックスに手をかけて、わたしに憎悪を向けている。


「ダメだ! リード殿下、ここで逃げたら歴史は貴方を、永久に臆病者と評しますぞ! 潔い玉砕を!」

「ッ……で、でも、それじゃ父上の仇は……」


 わたしの記憶の限りでは、老いたイヌヒトの方が家老で、デーモンのガルヴィンよりも位が上だったはずです。

 それを理解してか、ヤツはわたしへと獰猛に牙をむき出しにする。やはり不自然でした。


「ソイツはアガレスの間者だ! この場で俺が処刑する!」

「待て止めんか、血迷ったかガルヴィン!」

「何で味方同士で戦うんだっ! わ、ワシの命令だ、止めてくれ軍団長!」


 ヤツは主君の命令に背き、バトルアックスをわたしに構える。

 そこに忠誠心らしきものは見えない。はなから存在していないかのような、無礼な態度でした。


「きっと、味方同士ではないから戦うのですよ。そうでしょう?」

「開き直ったな、魔将アガレスの間者めッ!」


「フフ……それはあなたの方でしょう?」

「んなっ……な、なんだと貴様……ッッ!」


「考えてもみて下さい。あなたのやってきたことは全て、正統派のアガレスの得にしかなっていないのではありませんか?」


 むしろこのデーモンのガルヴィンが、アガレスと繋がっていると推理した方が自然です。

 そこでそのままの疑惑を口にして、彼本人の反応をうかがいました。


「まさかそんな、最初から……軍団長は、そのつもりで戦を……?」


 家老は押し黙り、リード公爵は信じられないと顔を横に振りながら、ガルヴィンにかすかな疑惑を向ける。


「黙れ雑魚種族がッッ!」


 それが始まりの合図です。ヤツは都合の悪い乱入者の口を封じるために、自供という名の斧をわたしに振り下ろす。


「止めんかガルヴィンッ!」

「リード・アルマドとして命じるっ、矛を収めろ!」


 主君や家老の命令にも聞く耳持たないようでした。


「おやおや、その雑魚も倒せぬほどもうろくしたようですね。おっと危ない……」

「ちょこまか飛ぶ野郎だッ、俺と正々堂々と戦え!」


「ミゴーみたいなこと言わないで下さいよ。わたしあなたに都合の悪いことでも言いましたか?」

「黙れと言っているッ! おとなしく俺にッ、殺されろッ、雑魚のネコヒトごときがッッ!」


 うちのバカ弟子と比べればかわいいものです。

 破壊力だけの鈍重なバトルアックスをかわし、体術をすり抜けて、ヤツの膝を新調したレイピアで突く。


「ウッッ?! 貴様ッ、雑魚がデーモンに勝てるなんて、思い上がるんじゃ――ガッ、ウッ、ウガァァァッッ?!!」


 年寄り同士の痴話ゲンカのようなものです、ナコトの書は使っておりません。

 膝の一発では止まろうとしなかったので、鎧の隙間から肩と二の腕、わき腹の端を貫いて戦闘不能にさせました。


「申し訳ありません殿下、あなたの寝室を汚い血で汚してしまいました」

「いや……全部、彼が悪いと、ワシは思う……。それに貴方の推理がもし本当なら……」


 真実などわたしにはどうでもいい。レイピアより青い血を払い、無骨なさやへと戻す。

 逆上してわたしを消そうとしたというこの状況証拠、これだけで十分でした。


「若様、戦を焚き付けたのはこの男です。貴方を廃して、縁戚を立ててようと言い出したのも、今振り返ってみれば全て、こやつが、始めたことです……」

「おい家老っ、俺よりそこの下等種を信じるのか?! うっ、くそ……立てねぇ……おい誰か手を貸せ!」


 兵たちはガルヴィンの要求に応じようとしませんでした。

 命をかがり火にするだけの理不尽な戦に付き合わされてきたのです。根底を覆す説と状況証拠に、身動きすら忘れていました。


「裁判をしている暇はありません。家老、リード公爵の替え玉を用意して下さい。最後は追い詰められて、自害するシナリオでお願いします」

「簡単に残酷なことを言ってくれるな……わかった……。だがベレトート、どうやってこの城から若様を安全に連れ出す。いくらお前が潜伏魔法の達人でも、とても無理だ」


「はい、それはこうするのですよ。ナコトの書よ、アンチグラビティ」


 そこでわたしはリード殿下のベッドシーツを握り、それを軽量化させて振り上げました。

 それは魔界の蜘蛛が生み出すスパイダーシルクです。

 通気性が悪いのが難点ですが、強度と肌触りは最高級ともうしましょう。


「う、浮いた……?! なぜ、信じられない……」

「何だその書は……重力魔法(グラビティ)だと……?!」


 すると絹布がふわりと空を飛びました。

 シーツの大きさにもかかわらず、羽毛のように浮かび上がってゆっくりと落ちていったのです。


「昔、空を飛びたがっていた研究者がいましてね……わたしに教えて下さったんですよ。空を飛ぶことは出来ないが、空を滑ることはできると」


 彼は無事夢を叶えました。オークでも飛べることを証明したのです。


 ところが不幸にも魔界は力でごり押す社会、せっかくの技術はその後も普及などしませんでした。

 技術の価値を上が理解しなかったのです。


「これからグライダーと呼ばれる乗り物を作ります。それをわたしの術の力を使って、全てを極限まで軽量化すれば、それは空気をつかむ翼、必ず飛べます」

「バカ言え、飛べるわけねぇ、落っこちるに決まってる!」


 難癖を付けてきたのはガルヴィンです。

 どうも自分の状況を理解していないようですね。己の命運が既に尽きていることすらわかっていません。


「リード公爵、どうかわたしを信じて下さい。このグライダーで城の見張り塔より飛び立ち、あなたを連れて空を滑空、敵飛行兵の防衛網を強行突破し、安全地帯に着陸してみせます」

「わかった、どうか貴方にお願いしたい。敵の狙い通りにここで果てるなんて嫌だ、外へとワシを連れ出してくれ!」


「はい、どうかこのわたしにお任せを。ご一緒に優雅なる空の旅としゃれ込みましょう」


 わたしがリード・アルマドを連れ去ったと敵に情報が渡ってはなりません。それは家老たちからしても同じことです。

 だから裏切り者の命運もここまで、彼にはいちべつも向けずにわたしはグライダー作りに入ることにしました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



その頃、里では―― 


 その日、リックは森を駆け回ってベリーを集めていたそうです。うちの娘と一緒に。


「ないしょだぞー、うしおねーたん」

「ああ、内緒だ。みんなには悪いが、二人だけの秘密にしよう」


 カゴに十分な量が集まると、二人は森の湖に移りました。

 そこで木の器に移し替えたベリーに、パティアの氷結乾燥魔法をかけたそうです。またたく間に果実は甘い粉末へと変わりました。


 そこに澄んだ湖水を少し足して、再び凍らせれば二人の好物の完成というわけです。


「しゃーべと、かんせー!」

「ああ、完成だ。独り占めが悪いことなのはわかっている、だが、こればかりは、譲れない……」


 何のことはありません。

 2人は己の食い意地に従っただけだと、わたしからも擁護しておきましょう。


「うーうん、パティアといっしょだからー、ひとりじめ、じゃないぞー? うしおねーたんと! パティアの、ふたりじめー、えへへー♪」

「ぅ……かわいい……。ぁ、いや……何でもない、何も言ってないぞ」


 ご安心を、パティアに抱きつかれてそう思わない者がいたとしたら、そいつは頭がおかしいです。

 生物としての正常な感性を失っていると言い切りましょう。


「うしおねーたん、どうしたのー? かわいいとりさん、いたー?」

「な、何でもない……忘れてくれ……」


 娘はリックの引き締まった腹にしがみついて、胸の谷間から彼女を不思議そうに見上げていたそうでした。


「あ、それよりたべよっ! ……はい、うしおねーたん、あーん♪」

「え、ちょっと待ってくれ、それは、何だか恥ずかしい……」


「へへへー、でもね、あーんしてくれなきゃー、あげない」

「ぅ……」


 後でリックがわたしにつぶやいていました。

 パティアには敵わないな、と。


「ぜんぶ、パティアがたべちゃうよー?」

「わかった、努力する……。あ、あ~ん……」


「おねーたん、あーん♪」

「……あっ、甘い。それに冷たくて、美味しい……」


 はい、ときどきわたしも思うのです。

 将来うちの娘は、とんでもない女ったらしに育ったりはしないかと……。


「やぱ、うまいなー、しゃーべと!」

「やっぱり少し悪い気がする」


「でもー、みんなでたべたらー、ちょっとしかー、なくなっちゃうしー。はー、うまぁー、つめたくてー、あまあまだ」


 こっそり楽しむ分には良いと思います。

 何でもかんでも平等に分け合っていては、それこそ息苦しいなんてもんじゃありません。


「さいごのひとくち……うしおねーたんにあげるっ!」

「いいのか……?」


「うん、おねーたんのごはんなー、パティアのいきがいだ。はい、おねーたん、あーん♪」

「あ、あーん……」


 リックの幸運はパティアと出会ったことでしょう。

 この子の存在が不器用な武人を根底から変えてしまいました。


「じゃっ、もっとあつめるー?」

「そうしよう。だがそうだな……結界の外、行ってみる?」


「おおー、それはめいあんだなー。でも、ねこたんにないしょで、いいのー?」

「2人だけの内緒にしよう。バニーにも言うな、相手がオレでも、きっとバニーは怒る」


 この話はかなり後で知ったことでしたが、リックがこんなことを言うなんてわたしには意外でした。

 それだけパティアが成長してきて、かつ単純に氷菓の味わいに夢中だったのでしょうか。


「わかった! それじゃ、パティアがいいとこ、おしえてあげるねー」

「ああ、野暮なことは言わない。案内してくれ」


「あいあいさー! うしたんたんけんたい、はっしーん!」

「舌を噛みそうな名前だ……」


 その後もリックとパティアはこそこそと、残り少ない秋の実りを氷菓に変えて、周辺の森中を漁り回ったそうでした。


 しかしパティア、まさかあなた普段から、結界の外に抜け出していたりしませんよね……?


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